ようこそ三日月堂へ! |
もう始まっているおわり 第98話 朝早くに電話が鳴っている。携帯ではなく、家の固定電話の音。まだカーテンからは陽がさしていない。こんな時間に一体…と、思ったところで、ガバッと布団から起きた。 「っ、!」 慌てて部屋を飛び出して階段を降りる。居間にある固定電話はまだ鳴っている。勢いよく受話器をあげて耳に当てれば、やっぱり聞こえてきた声は、深月さんのおばさんだった。 「ごめんなさいね、こんな朝早くから…。」 「おばさん!どうしたんですか?!」 もし仕事関係であれば、お店にある別の電話か、自分の携帯にかかってくる。この家の固定電話にかかってくるのは、しつこいセールスか、定期的に連絡をくれる深月さん夫婦たちしかない。でもこんな朝早くからセールスの電話なんてまずないし、深月さんたちだってこんな時間にかけてくることはこれまでなかった。 「名前ちゃん落ち着いて。」 うるさい心臓の音と、震える手を押さえる。だって、ありえないことが起きた時は、悪いことが起きたと思うのが当然だ。 「…こんな時間に…それも意味のわからない電話で申し訳ないのだけど。」 「え?」 「居間の引き出し箪笥にあった、わたしたちが大切にしていた石って、今もあるかしら?」 二度目のえ?に、深月さんが電話口で困っているのが分かった。私は訳がわからないまま、視線を引き出し箪笥に向ける。そこにはちゃんと深月さんたちが出て行った後も変わらずに石が置いてある。 「あ、ありますよ…?」 「…そう。それなら、今すぐその石を隠してくれないかしら?」 「隠す?」 引き出し箪笥の上にある石から、居間にある掛け時計に目を向けると、まだ朝の4時だった。こんな時間に、深月のおばさんは何を言っているのだろうか? 「深く土を掘って埋めるか…、いえ…万事屋ね、万事屋の旦那にしばらく持っていて欲しいって依頼してくれないかしら?」 「依頼って、」 「報酬はちゃんと払うわ。とにかく人目につかないように、隠し持っていて欲しい。私たちがそっちに帰るまでって、伝えて欲しいの。」 「ま、待っておばさん…状況が飲み込めない…なんで急に?それにあの石は、」 「時間がないわ。しばらく私たちとは連絡が取れないと思うの。でも、大丈夫。私たちから必ずまた連絡するから。お願いね、名前ちゃん。」 ツーツーと通話が切れた音。これは、夢?でも自分の意思で動ける。私はそっと受話器を置いて、意味もなくテレビをつける。日付は間違いなく今日で、時間は4時5分。 「石を隠してって…この石はなに?」 こんな朝早くからそれだけの要件で電話をかけてきた深月さん。この石がただの石とは思えず、また落ち着いてといったおばさんが、妙に焦っていた様子だったことも気にかかり、変な胸騒ぎを抱えながら、私はそのまま朝日が登るのを待った。 「ごめんくださーい。…銀さん、いますか?」 万事屋の扉を何度か叩くが、返事はない。スナックお登勢で少し待っていようと階段を降りようとした矢先、ちょうどある人がこちらに向かって歩いてきているのが目に入った。 「名前殿ではないか。」 「桂さん!」 小さくその名を呼び掛けよると、桂さんは少し嬉しそうに笑った。元気そうだなと言われ、ご無沙汰しておりますと挨拶をすると、隣にいたエリザベスからもカタンっと、久しぶりと言われた。 「桂さんも銀さんに?」 「ああ、ということは名前殿もか。その様子だと、銀時はいないのか?」 「ええ、なので少し待っていようかと…。」 「それなら俺も一緒に待とう。」 お誘いは嬉しいが、でもスナックお登勢に一緒に入るわけにはいかず、かといって町を一緒に歩くわけにもいかず、どこにしようかと悩んでいるのが分かったのか、桂さんは案ずることはないと言って、そのまま万事屋の階段を登った。 「俺を誰だと思っている。貴公子桂小太郎だぞ。」 「き、貴公子?」 「ほら、造作もない。」 何をするのかと後ろをつけば、桂さんは驚くほど早技で万事屋の扉をあけた。…ピッキングで。 「…いやいや、貴公子はピッキングしないですよ。」 「何をしている名前殿、早く入るぞ。」 「…。」 前から思っていたけど、桂さんには常識が通用しないし、会話が一方通行になることがある。でも、それらを全て仕方がない、だって桂さんだもの。で、納得してしまう自分もいる。 「誰もいないみたいだな、ソファーにでも座って待つとしよう。」 といいながら桂さんが座ったのは、いつも銀さんが座っているチェアー。その顔がどことなく満足そうで、社長席に座りたかったんだなと、白けた目で見ていると、隣にいたエリザベスがカタンっとプラカードを回した。 「え?あ、うん、依頼が、あって。」 「依頼?なんだ、名前殿の依頼とは。」 エリザベスに聞かれたのは、どうして私がここにいるかだった。桂さんも気になるらしく、私は銀さんに話す前に、雑談程度に今朝起きたことを桂さんとエリザベスに話した。 「それが、これなんですけど。」 「…。」 カバンの中にいれておいた巾着袋からそっと石を出す。それは、どこにでもありそうなグレーのごつごつした、楕円の石。だけど、よく見ると表面がキラキラしていて、あかりに照らすと綺麗に光る。 「大切なものだってことは、知ってたんです。毎朝あの二人はこの石の前で手を合わせるので。だけど、それをどうして隠せ、だなんて。」 「…これは、厄介だな。」 「え?」 何が?と聞こうとする前に、大きな音を立てて玄関の扉があいた。ギャアギャアと騒ぐ声は、万事屋の三人。帰ってきたんだ!とソファーから立ち上がると同時に、三人が部屋に入ってきた。 「名前ネ!」 「桂さんも?!」 「…てめェら、なに人の家に不法侵入してんだよ。」 嬉しそうな神楽ちゃんと、驚いている新八くん、それから心底桂さんを見て嫌そうな顔をしている銀さんに、私は勝手にあがってごめんねと謝った。 「名前チャン、誰と二人っきりでいんの?バカなの?」 「ばっ!バカじゃないです!」 何もそんな言い方をしなくても!と噛みつこうとしたが、桂さんになぜか制止され、桂さんは銀さんに向かいあうやいなや、大変なことが起きるぞ。と、深刻そうにつぶやいた。 「は?」 「…俺がここにきたのは、ただの暇つぶしだが、」 「暇潰しで人の家に来てんじゃねーよ、帰れ。」 「たったいま暇潰しではなくなった。銀時、名前殿が危ういかもしれん。」 危うい。 その一言に、私に抱きついて戯れていた神楽ちゃんも、律儀にお茶を出そうとしてくれていた新八くんも、動きが止まる。 「桂ァ、どういうことだよ。」 「今しがた名前殿からとある話を聞いた。その話と、俺が最近警戒している件が酷似していてな。」 「…名前、そういやなんでお前ここにいんの?」 「あ、…その、万事屋に依頼が、あって。」 深月さんたちからの依頼なんです。といって、私は3人にも桂さんに話したことと同じことを話した。桂さんには言わなかった、報酬の件もしっかりと。 「…それが、その石?」 「はい。」 「…で、お前はこの石について何か知ってんだな。」 銀さんはそういって、私の手を引いてそのまま一緒にソファーに座る。向かいに桂さんが座り、神楽ちゃんと新八くんは私と銀さん両方の隣に座って、話を真剣に聞く姿勢をとった。 「その石は…いま、とある天人たちが何がなんでも手に入れたいものだ。」 top | prev | next |