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ようこそ三日月堂へ!

むかしむかしあるところに、から始まる素敵な物語。

第10話

騒ぐだけ騒いだあと、銀さんは唐突に大事な話があると言ってきた。え?いま?お腹すいたし、本も読みたいのに…と思いながら、自分で淹れたお茶を飲む。さっき叫びすぎて喉が痛い。



「名前ちゃんよー、探して欲しい本があるって言ったら、探してくれる?」

「え?あ、はい、取り寄せ依頼なら大丈夫ですよ。どこの版元、」

「いえ、販売されてる本じゃないんですけど…」

「ようしょアル!」

「洋書?え、洋書?(あれ?洋書ってこの世界にもあるの?)」



お茶菓子として出したお饅頭を幸せそうに食べながら神楽ちゃんは、もう一度、"ようしょ"と確かに言った。だけど、私の世界でいう外国が、この世界では異星であり、外国人は天人というものに当てはまる。つまり、この世界には洋書というものはなく、異星の人だか何だか分からない人が書いた本は、異星書と呼ばれているはずだが。



「(ということは…)ようしょ、ってどんな字を書くものですか?」

「えーっとー…新八ィー、どう書くアルか?」

「…その、妖怪の書物、で、妖書、です…。」



なるほど!洋書ではなく、妖書か!と、妙に感心してから、私はすぐさま可笑しなことに気付いた。妖怪の書物?妖怪?…妖怪って、なんですか。



「すいませんよくわからないです無理ですごめんなさい…っ!」

「そ、そう言わずに話を!って、名前さん手が震えてお茶こぼしてます!!まずはその湯のみ置いて落ち着いて下さい!!」

「なんだァ?名前ちゃん、今日はえらく取り乱すじゃねェーか。」

「誰のせいですか!!妖怪って…祟りある系ですか?!怪奇系ですか?!」

「そ、それがですね?」

「哀しい人間と妖怪のお話アル。」

「え?」



話長くなるんですけどいいですか?といって、新八くんは眼鏡を正した。そして昔々あるところに…といって、おとぎ話の最初に入ってしまった。



昔々、とある人里の離れにひっそりと佇む祠があり、そこには妖怪が祀られていると言い伝えられていた。なぜその祠に妖怪が祀られているのか、どんな妖怪なのか。里のものは誰も知らなかったが、里のものみなしてその祠を大切に奉っていた。しかしある年、今までに経験したことのない台風が里を襲い、祠はあっという間に壊れてしまった。そして、無残に壊れた祠の傍には、一冊の書物が置かれていた。



「祠の中に祀られていたのが、その妖書っていうやつですか?」

「はい。それで、その中にはこういうことが書かれていたそうです。」



昔、この里には人に悪さをする妖怪がおり、これを征伐する狩人がいたそうだ。幾度となく、妖怪と人間が戦い傷つき合ったが、いつまでたっても決着はつかなかった。これでは里に平穏は訪れない。そこで狩人はある決意をした。それは、妖怪と戦い殺すのではなく、妖怪と話をし、共存することだった。狩人はそれから何度も辛抱強く、妖怪に問いかけ続けた。どうしてこのようなことをするのだ。何か人間に言いたいことがあるのではないか。私はお前を傷つけたくはない。人間と妖怪だって手を取り合うことはできるはずだ、と。そして、ある時。妖怪は、初めて口を開いたのだ。たった一言、寂しいんだと。



「なんだか話がいい感じになってきましたけど、やっぱり妖怪っていうと恐怖の先入観が邪魔をしますね…そうです、妖怪っていうのやめませんか?なにか別の名前、」

「妖怪の妖ちゃんなんてどうアルか?」

「神楽ちゃん天才です!そうです、妖ちゃんにしましょう!新八くん、妖ちゃんでお願いします!」

「あ、はい…。(名前さんって怖がりなんだな。)」



狩人は妖怪…じゃなくて妖ちゃんの一言に驚いた。そうか、人間は"妖怪"というだけで一方的に嫌い、怯え、蔑み、傷つけてきたのだ。それはずっと、妖ちゃんが悪さをするからという理由で討伐してきてきたことが過ちだったことに気付いた瞬間でもあった。悪いのは、人間のほうだったのだ。この妖ちゃんは、ずっと寂しくて人間にかまってほしかったのだ。



「私、定春のことを思い浮かべたネ。とってもいい子なのに、最初はその大きさで町のみんな驚いて怯えてた。ガキんちょなんか石っころ投げてきたヨ。なにも、なにも知らないくせに。どれだけ定春がいい子なのか、知らないくせに。」



何度か神楽ちゃんの口から出てくる定春とはいったい何なんだろう、町のみんなが驚く大きさのものってなんなんだろうと思いつつ、悲しそうな、泣き出してしまいそうな顔をする神楽ちゃんの頭を私はそっと撫でた。私は、確かに人は理解しがたいものがあると、理解よりもまず敬遠しがちなことに気付いた。それは、自分もしかりで、そうやって人は無意識に、差別をしているのだ。



「それから狩人は、」



それから狩人は妖ちゃんと分かり合おうと努めた。寂しいのなら、私と友達にならないかといって、手を差し伸べた。妖ちゃんは最初こそは人間を疑ったが、しだいに人間のやさしさに触れ、そして心を開いていった。その頃にはもう妖ちゃんは、里に悪さをすることはなく、狩人の傍で楽しく幸せに過ごしていた。しかし、その幸せはそう長くは続かなかった。里に被害がなくなったとはいえ、今まで悪さをしてきた妖ちゃんを許し、一緒に暮らしていくなんて考えられないと里のものは猛反発した。狩人は何度も何度も里のものに説得を試みた。妖ちゃんは悪いものではない、寂しくてかまってほしかっただけで、もう悪さはしない。それに、最初に傷つけたのは人間のほうだ、と。しかし、誰も狩人の言葉に耳を貸さなかった。そして、里のものの標的はいつしか妖ちゃんと、狩人になっていた。



「そんな…。」

「それから里のものは何度も狩人を追い出そうとし、妖ちゃんを殺そうとしました。狩人はいままで一緒に暮らしてきた里のものに刃を振るうわけにもいかないので、逃げに徹し、相変わらず説得に努めましたが…、ある日狩人は、妖ちゃんをかばい大怪我をしてしまいました。」



血を流す狩人をみて妖ちゃんは我を忘れ暴れまくりました。自分の寂しさに気付き手を差し伸べてくれた狩人。自分に楽しさ幸せをくれた狩人。自分の友人である狩人を傷つけるなんて、そんなことは、絶対に、



「ユ ル サ ナ イ … 。」

「新八イイィィィ!!!怪談話っぽく話すんじゃねェェ!!!」

「!?びびびびっくりした、急に叫ばないでくださいよ銀さん!!」



暴れる妖ちゃんを止めようと狩人は何度も声を張り上げたが、怒りに身を任している妖ちゃんを止める術はなく、狩人は里のものに頼み、神主を呼びつけた。そしてとある書を懐から取り出し、神主にこう頼んだ。私が甘かった。人間と妖怪が相容れようだなんて、無茶だったのだ。しかし、私はもうあの妖怪を怖いとは思わない。大切な友人として、傍にいたい。だから、頼む。ここに、あいつを封印してくれ、と。そうして神主は言霊で妖ちゃんを縛り付け、狩人の願い通り書に封印した。これで誰も傷つけることもなく、ずっと一緒にいれると狩人は安堵した。



「そうして狩人はもうこの里にはいられないと去り、違う里でその書と一緒に生涯を過ごしたそうです。その妖ちゃんを封印した書ですけど、もともと狩人が妖ちゃんと出会ってから毎日つけていた日記みたいなもので、それに後々、これまでの経緯を書き加えたそうです。これが書に綴られていた内容です。」

「なるっ…ほどっ…っ。」

「そして話は最後ですが、狩人は自らの死の間際に祠を建て、この書を祀ったそうです。ここには心優しい妖怪が眠っている。自分がいなくなったあとも寂しくないように、みながここに参り話しかけてやってほしいという願いを込めて。」

「なんてっ…いい話なんですかっ…!」

「神楽ァー、そこのティッシュとってやれ。」

「あいヨー!」

「そんな願いを込めた祠も台風で壊れてしまったと、最初にお話ししましたが、そのあとの書は狩人の家族が受け取って、今も一家が先祖代々家にわたって大切に祀っているみたいなんです。」



私は神楽ちゃんから渡されたティッシュで鼻をかみながら、その書が捨てられたり、無くなったりせず、ちゃんと今も、人間の元にあることに安堵した。とてもいい話で、いい本を一冊読んだような幸せな気持ちになりつつ、あれ?そもそもなんで急にこんないい話を聞かされていたのかを、私は思い出せずにいた。



「さてと。で、名前ちゃん。その妖書なんだけど、探してくんない?」

「はい!?」



そうでした、そういうお話でした。


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