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ようこそ三日月堂へ!


いつだって腹が立つ



第96話



目が覚めてケータイを見るとメールの受信はゼロ。そういえば自分から送るのは初めてだなと思いながら、メール文を打つ。送信ボタンを押す手が一瞬躊躇したが、息を大きく吸って、吐くのと同時にボタンを押した。



ゆっくり話がしたいから、お互いの仕事終わりに時間もらえないかな?



相手から返事がきたのは昼過ぎだった。昨日は夜勤で今まで寝ていたらしい。つまり今日は明け番なので、三日月堂の閉店時間くらいにこっちに来てくれることになった。どこかお店でよりかは、たしかに家の方がありがたい。私は、ありがとう、夕飯は用意するねと返事をした。





「…また雨か。」



昨日は朝から夕方まで雨で、夜には少しやんだのに、今朝になってまた雨が降ってきた。おかげで客足も遠い。



「あ、…いらっしゃいませ。」

「暇そうじゃん。」

「…否定はできないですね。」



雨の中ガラッと店のドアが開き、大きな傘を閉じて入ってきたのは、いつもの気怠そうな銀さんだった。会うのは、あの夜の日以来。



「…雨、強いですか?」

「強くなってきたなー。風もちょっと出てっし。でもまた夜には止むんじゃね?」

「あー…ちょっと待っててくださいね。」



銀さんの肩が少し濡れているのに気付いた私は、家から急いでタオルを持ってきて、銀さんに手渡した。そういえば天気予報でそんなこと言ってましたねと言いながら、温かいお茶でもいれようかと、踵を返そうとしたが腕を掴まれた。



「拭いてくんねーの?」

「こっ…!こどもじゃないんですから!!ご自分でどうぞ!!お茶持ってきますから!!」



そう言って振り払うように銀さんの手を離し、家に戻る。掴まれた腕を無意識に押さえながら、動悸をおさえようと頭の中で必死に平常心、平常心の言葉を繰り返した。



「…そ、そういえば、神楽ちゃんのお腹の具合はどうですか?」

「寝たらよくなったとよ。ガキがいい肉なんか食いすぎるから、んなことになんだよ。」

「待ちきれず半生の肉を食べちゃったのかも…。もし熱とか出たらすぐ教えてくださいね。」



昨日、土方さんがお店から出て行った後、新八くんから、神楽ちゃんが寝込んでいるという連絡をもらった。ただしくは、新八くんのケータイ借りて連絡をくれた神楽ちゃんからだけど。そのメールをみてすぐにお見舞いに行くと伝えたが、腹痛は昨夜の晩がひどかったらしく、今は平気だといわれた。



「あいつ、布団でずっとカチカチカチカチやってたけど、名前ちゃんもずっと返事してたの?」

「雨でお客さんも来ませんでしたし、店が暇な時間だけですよ。夕方にはおしまいねってしましたから。」



見舞いよりも神楽ちゃんはどうやらメールをしたかったらしく、そのままメールで他愛もない会話を楽しんだ。もちろんお客さんがいない、自分の手が空いてる時間だけ。たまたま昨日は雨で荷物も少なく、やることもなかったので、彼女にしっかりと付き合えたのがよかった。



「あいつもケータイが欲しいんだとー。」

「年頃の女の子ですし、そりゃあ欲しいですよね…。新八くんも貸してる間は使えませんし、不便ですよ。」

「人に頼む前に、自分の金で買えっつーの。」

「お給料あげてるんですか?ちゃんと。」

「…。」



あ、この人本当にダメだな。知らぬ顔で口笛吹きながら売り場を歩く銀さんをみて思う。



「神楽ちゃんのお父さまに頼んでみては?」

「…近いうち返事があるんじゃねーの。」



…驚いた。なんだ、もうしっかり神楽ちゃんのお願い事、聞いてるんじゃないですか。そういって笑う私に、銀さんは、俺も欲ーしーいーなんて間抜けた声を出している。…まぁまぁうるさい。



「中古で良ければ本体は安く買えますよ。プランも、そんなに使わないなら安いのありますし。光熱費と一緒で毎月引かれる分のお金が工面できるなら、銀さんも持てばいいのに。」

「名前ちゃんとも連絡とれるし?」

「そうですね、わたしとしても銀さんと連絡が取れたら嬉しいです。」



新八くんかスナックお登勢に連絡するかでは、いつも不便さを感じていた。できれば銀さんもケータイを持っていてほしいところだが、お金の面を考えると強くはいえない。



「…買うか。」

「え?お金大丈夫です?」

「借金すりゃ家だって買えるんだ、ケータイくらい簡単に買えるってーもんよ。」

「ダメじゃないですか、バカですか。」



ローンは借金と一緒だ。返せれる見込みがなけりゃ、借りてはいけない。社会人として常識だ。クレジットカードすら持てないこの男に、ローンなど組めるはずもないし、組めたとしても万事屋の破滅が目にみえている。



「銀さんに一番足りないものはお金ですけど、むしろ足りなくてよかったかもしれませんね。お金持ってたら銀さん色々とヤバそう。」



そしてそんなヤバい銀さんに、外でお金を借りるくらいなら、私が…と言いそうになった自分もヤバい。怖い。



「ま、借金は冗談だけど、ケータイはマジで買うわ。だからついてきてくんない?」

「え?本当に?お金は?」

「金金うるせーよ!銀さんにだってそれくらいはあるってーの!!で?ついてきてくれんの?」

「も、もちろん!」



あ、でも私よりも新八くんの方が絶対に詳しいですよと付け加えると、銀さんは流れるように名前ちゃんと出掛けたいから誘ってんのと言った。…官能小説を手にしながら。



「……はぁ。」

「で?俺のことは、考えてくれた?」

「っ!!!」



何でこの人は残念な時はとことん残念なんだろうとため息をついた矢先、まさかしれっとそんなこと聞かれるとは思っておらず、思わず仕事の資料を床に落としてしまった。



「ちょ、あの…、その…答えというか…気持ちをちゃんと伝えないとって思ってて、でもあの、」

「狼狽すぎ。」



銀さんはそう言っニヤニヤしながらこっちに近寄ってきた。



「んじゃ、次のデートのときにでも。」

「つ、ぎって…」

「またな。」



そう言って銀さんは手のひらをひらひらさせて店を出て行った。なんだかその姿は上機嫌?余裕?とにかく、私一人が慌てふためいていて、自分がなぜだかバカみたいに思えた。

…癪に触るとはこのことだ。



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