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恋愛小説が読めない



第94話



最後に人を好きになったのはいつだろう。そんなことを考えながら、今流行りの恋愛小説のページをパラパラとめくる。…そもそも最初があっただろうか。



「…ないわ。」



パタンと小説を閉じる。そのまま目をぎゅっと瞑ってカウンターに伏せる。ああ、色んな意味で自己嫌悪がすごい。



「…そんなに面白くなかったのか。」

「?!?!」



突然上から降ってきた声に顔をあげると、怪訝な顔をした
土方さんが立っていた。



「ひ、ひじかたさん!」

「マガジン買いにきた。」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね!」



今日はあいにくの雨模様で朝から人も少なく、完全に気を抜いていた。だらしない姿を見られてしまったことに気が動転して、椅子から立ち上がる時に思いっきりカウンターで膝を打った。



「っ!!」

「…なにしてんだ。」

「ま、待ってくださいねっ…ほんとすぐっ…用意…」



涙目になりながら急いでカウンター後ろの戸棚をあける。土方さんの定期雑誌マガジンを手に取り、サッと書類に記入をしてから、レジに向かう。



「雨の中、ごくろうさまです!」

「あぁ。…昨日は、あんま寝れてねーのか。」



土方さんの言葉に手が止まる。なんて答えようかと悩んでいると、隈できてんぞ、とさらに追撃してきた。



「…さすがに、ぐぅすかとは…寝れなかったですね…爆弾2つはちょっと…処理しきれなかったです…。」

「爆弾?ふたつ?」



だんだん弱っていく私の声をきちんと拾い上げてくれた土方さんは、マガジン代ちょうどをカルトンの上に置きながら、なんだそりゃ。といって、ちょっと笑った。



「あ、土方さん、昨日言ってたお弁当ですけど、いつがいいですか?」

「…お前さえよければ、来週の今日がいい。またマガジン買いにくるから、その時に食わせてくれ。」

「それはいいですね!…あ、それなら!もしお口に合えば、毎週作りましょうか?」



そう提案すると、土方さんは何言ってんだといって、軽く私の頭を小突いた。



「お前のお礼は一生続くのかよ。」

「一生でもしきれないほどの感謝ですから!」



そういって笑いながらレジを打って、マガジンを袋に入れる。



「ほんと、冗談じゃなく、私がそうしたいだけなので、もし来週食べてみて、悪くないなって思ったら言ってください。喜んで作るので!」



はい!っといって袋を手渡すと、土方さんは何も言わず優しく笑ってくれた。…いつも思う。土方さんといえば、あの真選組の鬼の副長だ、冷徹非道だのなんだの、怖いイメージがついて回るが、本当はとっても優しくて、よく笑う。怒らせるともちろん怖いが、いつも仏頂面ってわけじゃない。



「(毎週マガジンを買う少年の心もあるし。)」



誰かに土方さんのよさを熱弁したいわけじゃないが、もしそういう機会があったら全力で名乗り出たい。



「…で、うまいこと話すり替えたつもりかもしれねェが、相手が悪かったな。爆弾ってーのは?」

「さ、さすがです、副長さま。」



話をうまくそらしたつもりが、やっぱりバレてた。私は苦笑しながら、まだ考えまとまっていないし、説明もしづらいことを正直に打ち明けると、土方さんは何やらケータイを確認し出した。



「…お前今晩予定あるか?」

「予定ですか?特には…。」

「なら飯食いに行くか。いつもんとこでよかったら、19時に来れるか?」

「お仕事はいいんですか?」

「早番だからな。仕事終えて直で行く。俺が遅かったら先にメニュー通しとけ。」



じゃあ、あとでな。そういって土方さんはマガジンの入った袋を手に店をあとにした。まだ外は雨がざざぶりだ。けど、夜には少しやむって言ってたっけ。19時にいつもの定食屋さん。心の中でそう唱えてから、私も仕事モードに切り替えた。





「悪ィ、遅れた。」



19時過ぎ、申し訳なさそうに土方さんがお店に入ってきた。仕事柄、多少の遅れは予想済み。私はおつかれさまですと声をかけた。



「そんなに待ってないので、気になさらず。あ、仕事終わりならビール呑みますか?」

「お前は?歩き?」

「はい!呑む気満々できました!!!」

「…じゃ、生2つ。他はお前に任せるわ。」



呑みます宣言が可笑しかったのか、土方さんは笑いながら上着を脱いぎ、椅子の背にかけた。そのまま隊服のスカーフも緩め、袖を捲りながら席につき、ふぅと息を吐いた。



「おつかれですね。また総悟ですか?」

「まぁな。今日はやたらと上機嫌でな。いつもより100倍鬱陶しかった。」

「不機嫌より上機嫌の方がたいへんですか?」

「…いや、どっちもだな。」



げんなりとした表情から、大変さが容易く想像できる。ビールがちょうどふたつ運ばれてきたので、ひとまず乾杯しましょ!とお互いグラスを合わせた。



「で、総悟が上機嫌だったってことは、お前返事したのか?」

「へ?ま、まさか!昨日の今日ですよ?!」

「…ま、そうだよな。あの顔だったしな。」



ビールのおつまみは何にしよう?と呑気にメニューを見ていた私は、慌てて否定をしてから、何品か食べたいものを、土方さんのお言葉に甘えて勝手に注文した。



「だから不機嫌だと思ったんですけど…、逆に、機嫌よかったんですね。」

「あぁ。」



総悟からは、昨日のことがなかったかのように、朝にメールが入っていた。いつものように他愛もないやりとりをして、お仕事行ってらっしゃいの返事で終わり、それ以降メールはない。



「…前にもここで、土方さんに相談したことがあったじゃないですか。」

「…あったな。」



あれは藤堂馨に連絡先をもらい、距離感に悩んでいた時だ。あの時は自分の過去を話すことができず、ただ、なんとなく好意を感じているという話をした。



「何度か経験があって。あぁ、この人、私に好意を持ってるのかなっていうのが。その度に、藤堂さんの時のように逃げてました。…わたし、人の優しさに疑心暗鬼だったんです。」

「優しさに?」

「見返り、っていうんですかね。…姉の話を、したじゃないですか。私に優しくすれば親が優しくしてくれる。そういう見返りを求めて優しいフリをする姉を見てきたから、人の優しさには裏があるって思って生きてきたんです。」



我ながらこじらせているなとは思うが、思えば自分だって自己防衛のために、その場に馴染む"フリ"をして生きてきたのだから、一方に責めることはできない。



「…なのに、深月さんたちが繋いでくれた人との関わりの中で、わたし初めて見返りのない優しさを知ったんです。」

「…。」

「好きの気持ちがあると見返りなんてなくても、人ってこんなにも優しく付き合えるんだなって知って。これまで自分はなんて愚かだったんだろうって反省しました。」

「…。」



さっき注文を通したばかりなのに、すぐに揚げたての唐揚げに、熱々の鉄板にのった餃子。緑黄野菜がたっぷりのサラダに、だし巻き卵も。次々と頼んでいたものがテーブルに運ばれてくる。昨日あまり食べれなかった分、今日はとことん食べようと思っている私の意思の表れでもある。



「藤堂さんの気持ちには応えられなかったけど、気持ちそのものを拒否してはいけないって今回学びました。…あ、取り分けますね。」

「んなことしなくていい、自分でやるからお前も好きなもん食えよ。」

「…ありがとうございます!」



土方さんのこういうところ尊敬する。前も、私の気持ちを汲みとって奢らせてくれたし、藤堂馨の件で家に泊まってくれた時も、私のいらない気遣いをやんわりと断ってくれた。人との距離感が上手なのだ。



「だから、総悟に好きだって言われて、今も信じられないくらい驚きはしてるんですけど、嫌な気持ちはなくて。ちゃんと向き合おうとは思うんですけど…。」

「…けど?」

「…好きだと思ったんです。彼のこと。」



カシャンっと音を立てて土方さんのお箸が床に落ちる。気づいた店主さんが、なにしてんだいと笑いながら、替えのお箸をすぐに持ってきてくれた。



「大丈夫ですか?土方さん。」

「あぁ、…それで?」

「あのあと、銀さんにも聞かれたんです。」

「は?」

「俺のことどう思ってるのかって。」

「はぁぁ?!」

「…銀さんのことも…どう思ってるかって聞かれたら、…好きです。嫌いなわけがない。」

「あー…。」



土方さんは私が何に悩んでいるのか理解したのか、そういうことかといってビールを一口飲み、そのまま餃子にかぶりついた。



「これまで受けた好意全ては、自分の受け取り方に問題があったので、断るしか選択肢がなかったんですけど、今のわたしには、逆にそれができなくて。」

「…恋愛感情がわからねぇのか?」



どうだろうか?首を傾げながら、私もちまちまとサラダに手をつける。小説で読んだ、恋にときめく気持ち、あれが全く分からないわけじゃない。恋人関係がどんなものかも分かっているし、それを望まれていることも理解している。その関係を想像した上で、私の答えは



「やっぱり嫌ではないんですよね…。わたし、もしかして最低な人間でしょうか…。」



総悟の気持ちも、銀さんの気持ちも、これまで気付かなかった。それは私がきっと勘違いをしていたからだろう。けど、その勘違いを銀さんが教えてくれた。その上で、考えてみても、答えが見つからない。



「…なァ、もしもの話してもいいか。」

「はい。」

「俺も、お前を好いてるって言ったら、どうだ?」



カシャンっ。

今度は私がお箸を落としてしまった。お箸はどうやら土方さんの足元まで転がってしまったようで、土方さんが拾い上げてくれた。そしてそのまま店主さんに新しいお箸を頼んでくれた。



「どうなんだ?」



どうしよう、本当に私は最低な人間かもしれない。



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