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焼肉食べたい放題



第92話



「…ここはお通夜ですか?」

「おい肉はどこアルか、早く持ってこいネ!!」



神楽ちゃんの肉コールだけが個室に響き渡る。新八くんはこの大人たちのどんよりな雰囲気にいち早く気付き、見事な表現でツッコミをいれてくれた。…ほんと、それくらいどんよりしている。



「と、とりあえず、万事屋も遠慮なく食べてくれ!」



このどんよりとした空気に気を遣った近藤さんの一言で、またもや神楽ちゃんの歓喜が部屋に響く。新八くんも、少し悩んだ後、久しぶりのお肉の誘惑には逆らえず、眼鏡をくいっとあげて、神楽ちゃんと一緒にメニューの片っ端からお肉を頼みはじめた。…珍しくこの子も本気のようだ。



「…銀さん、あの子達だけで会計ものすごいことになりますよ。」

「ゴリラの奢りなんだから遠慮はいらねーだろ。それに新八なんか、普段迷惑掛けられまくってるしな。」



ああ、なるほど。それを考えると確かに遠慮はいらないかもしれない。神楽ちゃんと新八くんとは、ここ、真選組贔屓の焼肉屋さんの前で待ち合わせをして合流した。前にも近藤さんに連れてきてもらったことがある私が、ここのお肉は美味しいよ!と、前々から伝えていたこともあり、店に入る前からふたりの目はギラギラとしていた。



「(…肉に飢えた猛獣…。)」



そんなくだらない例えを考えていると、隣に座る神楽ちゃんが、名前はなに食べるアルかー?!と、楽しそうに聞いてきた。なんでもいいよと答えつつ、火が危ないから落ち着いてねと諭しながら、神楽ちゃんに紙エプロンをつけてあげた。



「なんだか名前も銀ちゃん、浮かない顔アルなぁ〜。せっかくの焼肉が不味くなるネ!もしかして銀ちゃん、フラれたアルか?」



神楽ちゃんの一言に、神楽ちゃんとは逆の私の隣に座る銀さんが、思いっきり口に含んでいた水を吹いた。思わず、きったな!!!と私が叫ぶと、神楽が変なこと言うからだろうがァァ!!と銀さんはキレながら立ち上がった。



「俺としては今ここで盛大にフラれてくれたほーが、いいんですけどねェ。」

「うるせェェ!!!誰のせいでこんな空気になってると思ってんだ!!!」

「え?俺ですかィ?」

「「お前以外誰がいんだよ!!!!!」」



銀さんと土方さんの叫びが重なる。私は銀さんが汚したところを拭きながら、顔を片手で隠してため息をついた。そう、この空気にしたのは、誰でもない。この、総悟だ。



「名前、酒はなに呑むんでィ。」

「えっ?!あ、いや、今日は、」



銀さんと土方さんが、お前何被ってきてんだよ云々で言い合いを始めると同時に、総悟はそっと私の方にきて、ドリンクメニューを見せてきた。人に爆弾投げつけておいて、呑む気満々だよ、この人。信じられない。



「日本酒にするか。」

「いやこの間それで吐いたの総悟でしょ!やめとこうよ!!」



そういって総悟の手からメニューを奪いとると、総悟はニヤッと笑い、私が持つメニューで周りからの視界を隠すように、自分でもメニューをもって、私の顔に近寄ってきた。



「心配か?」

「っ〜っ!!!」

「「おいいィィィ!!!」」



またもや銀さんと土方さんの叫びが重なる。けどおかげで、総悟はふたりに引っ張られて、私の向かいの席へと戻された。…助かった。



「キャッホォォォ!!!肉!!!!」

「いっただきまーすっ!!!」



そうこう騒いでるうちに頼んだ肉がどんどん運ばれてくる。神楽ちゃんに指名されて、近藤さんがどんどん肉を焼き、それを神楽ちゃんと新八くんが食い尽くしていく。その光景はまさしく圧巻で、本当に字の通り、肉に飢えていたんだなと思うと、ちょっと泣けてきた。



「…たまには、わたしの家ですき焼きしよ。ね、銀さ、」

「肉ゥゥゥぅぅぅぅ!!!!!



…あぁ、ここにも大人気なく肉に飢えてる人がいた。

いつのまにか土方さんとの言い合いも終わり、箸を持って本気で焼肉合戦に参戦している。こどもたちに譲るという思考はないようだ。遠慮なく自分勝手に肉にくらいついていく銀さんを横目に、私はまた大きくため息をついた。



「名前も食えよ。」



目の前に座る土方さんはそういうと、こっち側の網でも肉を焼き始めてくれた。長テーブルに焼き場所が別であってよかった。ひとつだったら、一口もお肉にありつけないところだった。



「すいません…もうなんか色々…すいません…。」

「いや、…謝るのはこっちだ。」

「「……。」」



会話が続かない。どう話をしていいかわからない。そんな悩みの当人はわざと万事屋の肉合戦に参戦して、神楽ちゃんとまた喧嘩をしている。見るからに上機嫌。なんだか余計に、腹が立つ。



そう、あの時の総悟は、これまでにないほどの爆弾を私に投げつけてきた。





「俺ァ、名前のことが好きでさァ。」

「…は?」

「とぼけねーよーに言っておくが、女としてな。」

「ちょ、」

「女として名前が好きでさァ。」



「ちょォォっと待ってくれるかなァァァ?!?!?!」



私の心の声が漏れたのかと思うくらい、同じことを銀さんが全力で叫びながら、総悟の肩をガシッと掴み、グラグラと揺らしている。



「おっきたくんさァァァ?!なに言ってんの?どうしたの?疲れてんの?おい、お前らがこんな若い奴を好き勝手に働かせてるから、頭イカれてんじゃねーか!!」



可哀そうに!!そういって銀さんは額に汗をダラダラ垂らしながら、土方さんと近藤さんに、とばっちりの悪態をつくが、近藤さんは完全に思考がストップしていて反応がない。土方さんも珍しく銀さんに言い返さず、頭を抱えて項垂れていた。



「旦那は違ェんですか?」

「はいィィィ?!」

「俺ァ、何がなんでもこいつを逃すつもりはねーんでさァ。そのためには俺を意識してもらわねーと。まどろっこしいのはごめんなんで。」



そういって総悟は私の方を見て、覚悟しなせェといって笑った。その笑みがあまりにも自信に満ち溢れていて、色んな意味で総悟に敵うわけがないと不覚にも思ってしまった。

そして、その変な空気のまま焼肉屋さんの予約の時間になり、私たち一行は無言のまま、山崎さんの送迎で焼肉屋さんにきたのだった。





「「ごちそーさまでしたゴリラァ!」」

「おー!でも最後のゴリラはいらないかなー!」



焼肉屋のお店の前で近藤さんは財布をみながら泣きそうな顔で笑っていた。あえて会計金額は聞かない方がいいだろう。きっと聞いてしまったら、自分も泣きそうになってしまう。



「すいません、わたしまでご馳走になって…」

「いや、逆だろ。本当はお前の功績を労っての焼肉だったのに、ほとんど食えてねーじゃねーか。」

「あんな食べる人たちの横にいたら、不思議とお腹減らないですね…。」



確かになといって土方さんも苦笑した。



「……詫びに今度、また飯に連れていってやる。」

「え?あ、もうほんと十分ですよ!近藤さんにもどうか強く伝えておいてください!そもそも、あんな折菓子だけじゃなくて、ちゃんとお礼をしないといけないのは、わたしのほうなのに…。」



そう、これは総悟のお見合いを手伝ったことと、もうひとつ、藤堂馨とのことを気遣って招かれた食事会でもある。けど、藤堂馨の件に関しては、組織としてではなく個人として自分を助けてくれたみなさんに、私がもっとちゃんとお礼をしないといけない立場なのだ。



「なら今度、」

「はい?」

「お弁当作ってくれねーか。」

「…お弁当、ですか?」

「あぁ、お前のメシうまかったからな。今度、昼食の弁当作ってくれたら助かる。」

「!!」

「いつも見回り中、外食するかコンビニで済ませることが多いんだよ。…お願いできるか?」

「も、もちろんです!!たくさん作ります!マヨネーズもつけますね!」

「おー。」



思わぬ土方さんとの約束にテンションが上がる。もちろんお礼なのだから、しっかりとご希望に応えなければならない。けど、私のご飯をおいしいと言ってくれたことが、嬉しくて、これは逆にご褒美なんじゃないかと思えてきた。



「帰ェるぞー。」

「わっ!」



そんなふうに楽しく土方さんと話していると、銀さんが突然私の頭を掴んで、引っ張ってきた。先では神楽ちゃんと新八くんも上機嫌で帰ろー!と誘ってくれている。…飲んでないのに酔っ払いみたいだ。けど、万事屋のみんなの笑顔はとんでもなく私を幸せにしてくれる。



「じゃ、こいつは俺たちが送るんでー。ごちそーさん。」



そう一言、真選組の三人に残して、銀さんは私を掴んでいた手を頭から腕に変えて、その場から早々に立ち去ろうとするので、私は慌てて総悟!と叫んだ。



「「「?!??」」」



まさか、私がここで総悟を呼ぶとは誰もが思っていなかったようで、銀さんも、近藤さんも土方さんも、驚きの表情を浮かべている。



「は、話がしたいからまた連絡する!ちょっと、でも、あの、待ってほしい!!」

「…いつでも。」



総悟の返事にホッとしたのも束の間、また銀さんに強く腕を引かれ、今度こそ私は焼肉屋さんをあとにした。



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