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ようこそ三日月堂へ!

爆弾爆発



第91話



一旦休憩にしようか!といった近藤さんの一言で、それまで緊張していた身体が少し解けた。部屋の隅に用意されていたお盆に近藤さんが手を伸ばし、局長自らお茶を淹れてくれた。



「…なァ、もう少しつっこんだこと聞いてもいいか?」



近藤さんからお茶を受け取り、一口つけたところで、目の前に座る土方さんにそう尋ねられた。さっきも、聞きたいことは山ほどあると言っていたのだ。もちろん、話がこれで終わりだとは思っていなかったので、私は力強く頷いた。何を聞かれても構わないという意思表示だ。



「…前の世界…ってーとこでは、お前はなにをしていたんだ?」

「今と同じです。書店員をしていました。」



そうか。といって土方さんもお茶に口をつける。総悟は、だから馴染みのある今の仕事をこっちでも選んだのか?と聞いてきたが、私は首を横に振った。



「たまたま。本屋を営んでいる深月さんたちに助けてもらって、一度は出て行こうとしたんだけど…おふたりが、手伝ってくれたらって…声をかけてくれたから、こっちでも同じ仕事になっただけ。…結果的にそれがわたしにとって、よかったとは思うけど、…選んだわけじゃ、…ないよ。」



むしろあの時、深月さんたちに出会ってなかったら、もしくは一人でやっていくために出て行ってたら、自分で本屋という仕事は選ばなかっただろう。そう過去の自分を振り返って苦笑していると、今度は近藤さんが、俺からもいい?といった。



「どうしてこっちの世界に来たかは、覚えていないんだね?」



改めて聞かれたことに少し驚くと、近藤さんはいやなに、普通の女の子が普通に働いてるだけの生活をしていたのに、突然こんな場所にワープするなんて不思議で…と言った。たしかにそれは、自分でも不思議に思う。



「…あの、…ちょっといいですか?」

「どうした?」

「…そこ、銀さん、いますよね。」



近藤さんの問いに答える前に、私はずっと気になっていた部屋の外を指差した。土方さんが、はァ?といって立ち上がり、乱暴に襖を開けると、そこには、やっぱり縁側に座ってお茶を飲んでいる銀さんがいた。



「…てめぇなにしてやがる。」

「こちらとら何億年ぶりかの焼肉に気分アゲアゲなのに、なんでこんなに話長ェの?」



そう、今日は近藤さんのお誘いでこのあと焼肉を食べに行く予定で、万事屋のみんなも一緒だ。だから、その食事会の時に自分のことを話そうと思っていたが、もしものことも考え、食事会の前にこうして時間をもらうことにした。そして、それが終わり次第、万事屋のみんなと合流する予定だったのだが…。



「まぁまぁ、万事屋待て。予約の時間まではまだあるし、名前ちゃんの話をちゃんと聞いてからでもいいだろ。」



それにどうせ肉より名前ちゃんが心配できたんだろと近藤さんが指摘すると、銀さんは聞こえてないふりをして、部屋に入ってきた。私も、馬鹿な自惚れだとは思うが、さっき襖の向こうに影をみつけたとき、銀さんだろうなって妙に自信があった。…銀さんは、そういう人だ。



「もう少し…ちゃんと話そうと思うので、銀さんも聞いてくれますか?」



銀さんは相変わらず怠そうな顔だけど、小声で整理できたのか?と、私を気遣ってくれた。私は小さく頷き、銀さんには少し話したんですが、と前置きをしてから、再び真選組の三人に向き合った。



「わたし、数年ほど充実感のない、仕事ばかりの日々を過ごしていたんです。あの日も仕事で、もちろん次の日も仕事で…ふと、

……死にたくなりました。」



包み隠さないストレートな言葉に、一瞬場が凍ったのがわかった。銀さんには”ぷつんとイトがきれた”と言ったが、つまりはそういうことだ。



「好きだったはずの本が嫌いになって、楽しかった仕事が苦痛になって、家族とはうまくいってなくて、…友人は、…自分から信頼できる人って、いなくて。…自分は、ずっと空っぽだと思ってたんです。」



何もかもがうまくいかない、そんな自分は悲劇のヒロイン。当時はそんなこと考える余裕もなかったけど、自分を助けようと動かなかった自分は、まさしくヒロインぶっていたと、今ならわかる。



「生きてる意味を考えたら、つかれて。朝を迎えるために寝るのが億劫で、そしたら…もういいかなって、…だからあの時、次に目を覚ましたら、終わらせたいなって、思ってたんです。」



その時の空っぽの気持ちは今でも鮮明に覚えている。当たり前に生きてきた昨日までを、なんの躊躇もなく明日で終わらせようとした自分。ただ、思っただけで、実行したわけではない。明日がきたときにはもう、この世界にいたのだから。



「…だけど、深月さんたちは、教えてくれました。生きてるだけでもうけもんだって。どんな状況であろうと、生きること、生きていくことの大切さを教えてくれて…甘かった自分を叱ってくれました。だから、もう一度頑張ろうって。ここでやり直してみようと思ったんです。…なんの因果か、また書店員として。」



総悟に話したように、本屋で働くことを選んだわけじゃない。たまたま、目の前にあった自分に今できることが、深月さんたちを手伝うことだった。だけど、三日月堂は忘れていた書店員としてあるべき姿や、本への愛情を、深月さんたちは、自分を好きになることを教えてくれた。



「…だから、自分が楽しんで仕事をしていることに気付いたときびっくりした。わたし、嫌じゃなかったんだって。やっぱり、本が好きで、本屋で働くことが好きだったんだなって。だから…結果的には、いまこうしてまた本屋さんで働いている自分でよかったと思ってます。」



一度は投げ出そうとした自分のことを、もう一度好きになって大切にしようと思わせてくれた深月さんたち。その人たちの大切なお店、三日月堂を大切に守ろうとする理由はここにある。



「…家族とうまくいってねーってーのは?」



土方さんからの問いかけに、いつかの呉服屋の当主、村山さんに話したことを、もう少し詳しく話しておこうと思い、私は喉を慣らすために唾を飲み込んだ。



「両親は健在で、姉がひとりいます。歳の離れた姉妹で、よく比べられて育ちました。姉はできるのに、妹は出来損ないって。」

「…。」



出来損ないと、真正面から言われたわけじゃない。けど、いつだって「お姉ちゃんはこうなのに、どうして」と言葉が続いた。両親は何をするにも、私だけをみることはなく、いつだって姉越しに私を映していた。



「アルバイトでお金を貯めて、早々に家を出たので、ここ数年、親とは疎遠なんです。」



最後にきた連絡の内容は、姉が結婚するから今度の休みにでも顔を出せというものだった。仕事が忙しいからといって断ると、私の仕事のこと、結婚のことをひどく突っ込まれ、面倒になって一方的な電話を切った。



「…姉とも疎遠です。姉は、誰に何をすれば喜ぶか、よく分かっていたので、わたしに対してたくさん優しいフリをしてくれました。…なので、わたしから距離を取りました。」



何度も思い描いたことがある家族の光景は、私を苦しめるだけだった。だから、早々に捨てた。家族も実家も。村山さんと同じく、見返してやりたかった。自分自身が幸せになることで、捨てても平気だってことを。だけど、



「…幸せを、心から感じたのは、…この世界で、深月さんたちに出会ってからです。」



どこで何を間違えたのか、今もわからない。わからないことだらけだ。けど、だからこそ。ここでもう一度、やり直したい。生きたいと願う気持ちは強く、強く、今も芽吹いている。



「でも、深月さんたちのおかげで、少しだけ親に対して、後悔していることも、あるんです。もっと、親と向き合うべきだったな、って。」



村山さんとの会話を思い出す。初めて気付いた自分の過ち。親と向き合おうとはせず、逃げていたこと。あの時、しっかり立ち向かっていれば、何か変わっていたかもしれないのに。

私は、いつも逃げてばかりだ。



「…色んなことから逃げてばっかの自分の人生なんか、楽しいわけないんですよね。それを今更に痛感してて…、だからこれからは、もう逃げないように、わたしはしっかりと前を向きます。」



そういって改めて家族に関しては心配無用ですといって、笑ってみせた。無理をしているわけでもなく、心からそう思っているのがちゃんと伝わったのか、誰もそれ以上の質問はしてこなかった。



「俺からも。」



そういって次は総悟から挙手が上がった。私は、どうぞといって、総悟に向き合うと、思いもよらない質問が飛んできた。



「恋愛をしねーって言ってたのは、この世界の人間じゃねーからか?」

「え?」

「前、言ってただろ。焼肉んとき。」



突然すぎて一瞬思考がストップしたが、すぐに思い出した。そういえばそんな話をした。私は、改めてそうだねと頷き返すと、総悟は眉を顰めた。



「もともと恋愛に興味が薄い人間だし、今は周りに大切な人たちがたくさんいるから。別に、必要ないかな。」



そういうと私の後ろらへんで座っていた銀さんが突然、ゴンっといい音を立てて、思いっきり土下座の形で額を畳にぶつけた。



「えっ、銀さんなに?どうしました?」

「おまえ…」



銀さんを訝しげにみていると、総悟はそれならといって、なぜか笑った。



「遠慮なくいかせてもらいまさァ。」

「なにを?」



「俺ァ、名前のことが好きでさァ。」



……このひとは、いつだって笑顔でとんでもない爆弾を投げつけてくる。



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