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ようこそ三日月堂へ!

前に進むために



第90話



とある晴天の休日。



紙袋をひとつ手に深呼吸。ゆっくり角を曲がって、右手にある真選組屯所に近づくと、門番の隊士たちが、私の存在に気がついた。私が軽く会釈をすると、門番の2人も返事をしてくれて、そのまま流れるように中へと案内してくれた。



「(…顔見知り感がすごい。)」



真選組隊士の数は知れず。顔と名前をほとんど知らない私に対し、隊士の中で私を知らない人はいないんじゃないかと思うくらい、顔が知られている。街中でいろんな隊士さんたちから挨拶をされるようになったのが証拠だ。



案内された屯所の一室では、すでに近藤さんと土方さん、総悟と山崎さんが待機していた。襖が開くなり、豪快な近藤さんの招く声が飛んできて、私は自然と表情が緩むのを感じながら、部屋へと入った。



「おつかれさまです、みなさん。今日はすみません、お時間をいただいてしまって。」

「いやいや、名前ちゃんとの約束は、俺たち真選組にとって、何よりも優先すべきことだ!」

「それは、ちょっと困りますね。」



近藤さんの発言に土方さんが頭を抱えるのをみて、私も苦笑していると、山崎さんがよかったら荷物預かりますよといって来てくれた。



「あ、ありがとうございます。これ、よかったらみなさんで。この間のほんのお礼です。」



そういって山崎さんに紙袋だけを渡すと、山崎さんは恐縮ですといって、両手で受け取ってくれた。近藤さんはそんなのいいのに!というが、これでもまだ感謝はしきれない。本当に、これはほんのお礼であって、ちゃんとしたお礼は後日何かしようと考えているが、これは内緒だ。



「こりゃあ、江戸一うめぇ、老舗の饅頭屋のやつじゃねーですかィ。」

「え?!あ、ほんとだ!こんな高級なもの俺までいただいていいんですか?!」



さすが総悟、めざとい。紙袋のロゴマークで購入先を特定できるなんて素晴らしい。どことなくその表情は嬉しそうで、また山崎さんの驚きと歓喜の様子からも、朝早くから並んで買えてよかったと思い、もちろんです!と笑顔を向けると、山崎さんは天使ィ…といって半ベソをかいた。…それが、普段どんな扱いをされているのかを想像させて、居た堪れない。



「ありがとうな。」

「いえ、こちらこそ本当にありがとうございました。おかげさまで、これまで通りの生活ができています。」



私の言葉に土方さんはそうかといって、少し笑みを浮かべた。それから、何か話があるってーのは?といって、私が今日ここにきたもう一つの理由を訊ねた。

そう。私は今日、自分のことを話す決意を持ってやってきた。



「……わたしのことを話したいんです。」



その言葉に土方さんは眉を顰め、近藤さんもなんのことだかわからないといった表情をしている。山崎さんは瞬時に大事な話だと察したのか、さっと部屋を出ていってしまった。



「…突然ごめんなさい。どうしても聞いてほしくて。…あの、わたしは一年前、深月さんたちに助けてもらいました。あの時、"なんで"三日月堂の前にいたのかは、…今も分かりません。けど、それまで"どこに"いたかは、…覚えています。」

「……記憶があるのか?」



覚えているといった瞬間、部屋の空気が変わった気がした。そして、土方さんの問いには、頷くべきか、首を横に振るべきか、難しい判断だと思った私は、どちらでもなく、口を一瞬結んでから、ふっと息を吐いた。



「記憶がある、ない、ではなくて。…知らない、が正しいです。警察で確認した戸籍をみても、わたしは自分の名前以外を知りませんでした。…そもそも、この世界の全て、見るもの全てがわたしには"初めて"で、私がそれまでいた世界ではなかったんです。」

「「…。」」



空気の重さに耐えかねたのか、近藤さんが、名前ちゃんの話はどうも難しいなー!と、しどろもどろになっているなか、土方さんと総悟はいたって冷静な様子だった。



「わたしは、…確かにここじゃない世界でこれまで生きてきました。家族もいます。…記憶喪失、じゃないです。…すいませんでした。」



部屋の中も外からも音が消えたのかと思うほどの静けさの中、私は自分の拳をぎゅっと握り締めながら、もう一度、嘘をついていてすいませんでしたと、頭を下げた。



「…わたしがいたのは、ここと似たようなとこです。言葉も日常生活のあらゆることがほとんど同じ…。けど、この世界の大半は、わたしの世界では数百年前の歴史上のことで、明らかに"違う世界"だということを理解しました。」



実はこの話、自分のことを、ほんの少し前に銀さんに、それから万事屋のみんなに打ち明けましたというと、初めて土方さんと総悟の表情が、一瞬動いた気がした。



「そのとき、こう言われました。…その話が本当だとして、お前は帰りたくないのかって。わたし、それまで一度も未練を口にしたことがなかったんです。…むしろ、ここで生きているわたしを本当にしたかった。」



けど、といって私は苦笑いを浮かべた。



「嘘を吐き続けるには、わたしは弱くて、周りが優しすぎました。…大切にしたいものがたくさん増えていくうちに、嘘が辛くなって…。だから、どう思われようと、ちゃんと本当のこと打ち明けようって、そう思ったんです。」



私はこの世界の人間じゃない。それは本当だ。そして、いつか元に戻ってしまうかもしれない。それも、可能性としてはゼロじゃない。だけど、



「…ここで生きていきたい。嘘はつかず、ちゃんと自分を誤魔化さず、どんな結末になろうと、悔いのないように受け入れたい。だから、…みなさんにも、話しておきたかったんです。大切だから、…大切に、想ってもらっているから。」



真選組のみなさんに、自分のことを話そうと決めたのは、これまで過ごした時間を信じたかったからだ。銀さんの時と同じく、話したいと、聞いて欲しいと思った。だから、話し終えた今、悔いはない。だけど、自信があるわけでもない。謝罪をしてからずっと下がりっぱなしの顔を上げられず、膝に乗っている自分の拳をじっと見ていると、近藤さんがわざとらしく咳払いをした。



「…なぁ、名前ちゃん。…君は、さぞ、辛かっただろう。」

「…!」

「そして、心細かっただろう。ずっとひとりで悩んで、抱え込んでいたんだ。だけど、生きていこうと思って、奮い立ち、ひとり頑張ってたんだな。」



すごいな、名前ちゃん。と言われ顔を上げると、おおらかな笑顔の近藤さんが目の前にいた。そして、ずっと強く握りしめていた私の掌をそっと近藤さんは握り、俺たちに話すことを決意してくれてありがとうと、いってくれた。



「…俺たちはこれまで通り、名前ちゃんが困っている時は助けになる。いま、ここに君がいる。その事実で十分だ。何も変わらない。…変わらないさ。」



そりゃあ驚きはしたけどね!と、近藤さんはいって今度は豪快に笑った。その姿に安堵から涙が滲む。



「……たしかに俄かに信じがてェし、…聞きてェことも山ほどある。…だが、まずは近藤さんのいう通り、その事実を知ったからといって、別に何も変わりゃしねーよ。」



土方さんはそういうと咥えていたタバコを消して、また新しいタバコに火つけた。それから、総悟はどうなんだ?と、相変わらず表情が読めない総悟に話を振ると、総悟は突然立ち上がり、近藤さんを押し退けて、私の目の前にしゃがみこんだ。



「…戻りたくねーんだな。」

「え、」

「お前のいう前にいた世界、そこに帰れる方法が見つかったらどーする。それどころか、強制的に戻らねーとってなったとしたら、お前はどうするんでィ。」



鋭い視線に思わず身体が固まる。そう、新八くんにも言われたように、私の意思に関係なく、戻らないといけない可能性だってあることは重々承知だ。だけど、総悟の問いかけに、私はしっかりと意思を持って答えた。これだけは、迷わない。

ずっと自分の中にあるたしかな答え。



「…たとえ方法が見つかったとしても、わたしは戻らない。わたしの意思に関係なく、戻らないといけなくなったとしても…」



私は一度大きく息を吸う。万事屋のみんなが言ってくれた言葉を信じて。



「戻りたくないって叫ぶよ。みんなに届くように、大きな声で叫ぶ。

…だから、…その時は、助けて。」



そういうと総悟は、両手で私の顔をパンっと挟んだ。必然とほっぺたが潰されて、ひょっとこみたいな顔にされる。…これ、前にもあった気がする。



「ひょっと、」

「上出来でさァ。」



そういって総悟はご機嫌そうに私のほっぺから手を退けて立ち上がると、後ろにいる近藤さんと土方さんが、私を見て笑っているのが見えた。



「あぁ、必ず。助けるさ。」

「そのかわり、ちゃんと叫べよ。」



近藤さんと土方さんの言葉に私は目を見開き、そして無意識にそっと胸に手を当てた。そうか、受け入れてもらえたのか。不確かな私の存在を。この人たちも、受け入れてくれた。そのことが嬉しくて胸がぎゅうっと締め付けられる。私は俯いてさっと涙をふいてから顔を上げ、笑顔で返事をした。



わたしはこの世界が大好き。
この町が、この町で出会った人たちが、大好きだ。

だから、私は強くなりたい。
この世界で強く生きていきたい。

この好きの気持ちを大切に、私は私のことも好きになって、これからも笑顔で

ここで、生きていくんだ。



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