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バックに愉快な音楽が流れる中で、漂う甘い香り。それに誘われるように私と翔ちゃんは今、お店の前に並んでいた。


メニューの一覧が書かれている看板の前で、腕を組んで考え込む。スタッフ一番のオススメはイチゴスペシャル…だけど今の私の気分は、チョコバナナだ。


「んー…」
「香織、決まったか?」
「もうちょっとー…」


こういう時に優柔不断なところ、本当に直したい。翔ちゃんを待たせるのも申し訳ないし、お腹もいい具合に空いている。だけど…うーん…。


頭の中をイチゴとバナナがぐるぐると回る。
そんな私をじっと見ている、翔ちゃんの視線に気が付いた。目が合うとニカッと笑う翔ちゃんに、私は首を傾げる。



「じゃあ俺はチョコバナナにすっか!香織はイチゴな」
「えっ?」
「そしたら両方食えるだろ?」


まるで私の心を読んだよう。私が驚いて瞬きを繰り返しいる合間に、気付けば目の前には二つのクレープが差し出された。

ふんわり漂う生地の甘い香り、フルーツの鮮やかな色…たくさん巻かれたホイップクリームに思わず目が輝いた。



「んーっ、おいしー!」
「ほらよ」


私がイチゴのクレープにかじりついて、もぐもぐと口を動かしていると、翔ちゃんがまだ綺麗な状態のチョコバナナのクレープを私の口元に運んだ。「良いの?」ともう一度確認すると、「そういう約束だろ?」と翔ちゃんは笑う。


イチゴのクレープを飲み込んでから、翔ちゃんのチョコバナナクレープを一口。また違う味が口に広がって、幸せでいっぱいになった。



「美味しすぎる〜…」
「ははっ、マジで幸せそうな顔だな」


一口かじったクレープを返すと、満足そうな翔ちゃんがそれを受け取って、私と同じように大きくクレープにかじりついた。もぐもぐと動く、翔ちゃんの口元を凝視していることに気付き、恥ずかしくなって咄嗟に自分のイチゴクレープを口に含んだ。




「(間接キス…)」


多分翔ちゃんは気付いていないか、もしくは気付いていても気にしてないんだろう。だけど私の頭の中はたったこれだけのことでドキドキでいっぱいになる。たかが、これくらいのことで照れるなんて。



「(中学生じゃないんだから…)」


私だけ意識しちゃって、なんだか馬鹿みたいだなぁって思う。それに一生懸命にクレープを頬張る翔ちゃんが可愛くって、その姿を見てるだけでキュンってしちゃう。これが世間一般的に言う、【惚れた弱み】ってやつなのかもしれない。



「香織?」
「へっ!?」
「ちょっと疲れたか?早めに帰っても…」
「大丈夫大丈夫!ぜんぜん!全然元気だから」


私を気遣ってくれる翔ちゃんだけど、元気なのは本当だ。何より…早めに帰ったりなんてしたくない、せっかくの翔ちゃんとの二人の時間だ。ちゃんと、終わりの時間が来るまで楽しみたいの。

「そうか?」と聞く翔ちゃんにもう一度頷いてから、目の前のクレープを食べ進めた。美味しいとあっという間に終わっちゃう、まるで…好きな人と過ごす時間みたい。



「んじゃ、次どこ行くか?」
「えっとね、そしたら──」

「オレはティラミス味にしようかな。レディはどうする?」
「私甘いもの苦手だし、パス。アンタは?」
「博多とんこつラーメン味」
「また悪趣味な…」


歩みを進めたらクレープの看板の前に佇む4人組とすれ違った。同時に足を止めて、私と翔ちゃんは顔を見合わせた。
だってだって、それはものすごーく聞き覚えのある声だったから。


ま、まさか……


恐る恐る翔ちゃんと一緒に、その顔を覗き込むと──






「……なおくん!?」
「レンに蜂谷、トキヤまで…!何してんだお前ら!」
「げっ!」


肩を揺らして振り返ったのは、何故か伊達眼鏡をかけたなおくんだった。その後ろにはみんなが勢揃いしていて…頭がぐるぐると混乱する。どうしてみんなが…!


「何でここにいるの!?」
「あー…うん、それは」
「このシスコンがデートの話を聞きつけて、心配でつけて来たんですよ一方的に」
「トーキーヤー!」
「…ったく!」


翔ちゃんは腰に両手を当てて、呆れたようにふぅっと溜息を吐いた。とにかく驚いたけど、だんだん可笑しくなってきて。翔ちゃんも同じだったのか二人で顔をまた見合わせてにこりと笑う。だって、休日だって言うのにこんな場所で勢揃いしちゃうんだもん。

まぁ……私が男の子と出掛けるとなればあのなおくんが心配するのは想像は出来た。ここまでついて来るのはさすがに予想外ではあったけど、それほど大切に思われてる…ってことにしておこうかな、そうしよう。


「もう…まぁ良いよ、特に迷惑かけられた訳じゃないし。それと訂正はしておくけどデートでは無いから!お出かけだから」
「似たようなもんだろ…」
「それにしても二人とも、とっても楽しそうに見えたよ」
「うるせぇな、レン」
「ふふふっ」


微笑むレンくんの顔を見上げて、釣られたように私も笑った。



…ん?ちょっと待って
ふと冷静に考えると、朝からずっと尾行していたってことは…


浮かれて翔ちゃんと手を繋いでる姿とか、
クレープ一口貰ってニヤけてるところとか…

全部全部、みんなに見られてたってこと!?



「やっぱり、全然よくなーいっ!!」


にぎやかな遊園地に、私の悲痛な叫び声が響いた。










──


「てかそもそもだよ!?私、今日の話優子にしか言ってないんだけど!」
「あーごめん…水谷が香織の様子が変だ変だって何度も問い詰めるから…つい」
「ついって…!もうっ。それになおくん!私もう子どもじゃないんだからね!?」
「心配で…つい」
「もーうっ!!」
「まぁまぁ香織、その辺にしておこうぜ」


プンプン怒る私を翔ちゃんは苦笑いでなだめた。翔ちゃんには分からないよ、浮かれてる姿を身内に見られるこの恥ずかしさが…!



「お邪魔して申し訳ありませんでした。直希、帰りますよ」
「ちょ、なんで!」
「バレたら帰る約束でしょう!全く…では香織、翔、また」
「う、うん!またね」
「夜、雨が降るみたいだから帰り気を付けるのよ」
「おう!」


一ノ瀬くんに引き摺られるようになおくんが、それを呑気に笑うレンくんと優子がみんな揃って帰って行く。その後ろ姿を手を振って見送ると、何だかどっと疲れが出た気がした。


「ふぅー…お騒がせしてごめんね翔ちゃん」
「いや、香織が謝ることじゃねぇよ。でもちょっと、疲れたな」



辺りも薄暗くなってきた。優子が言っていたように、今日の予報はこれから雨模様だから、早めに帰宅した方が良さそうだ。まだ閉園の時間では無いけれど、そろそろ私達も帰る流れなんだろうなと思いチラリと翔ちゃんの横顔を盗み見た。


綺麗なその横顔……ずっと眺めたくなってじっと見つめていると、思っていたよりも早く私の方を振り向いた翔ちゃんと目が合ってしまった。



「香織」
「な、なに?」
「最後にさ、あれだけ乗って帰らねぇか?」




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