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「すごい!綺麗だね、翔ちゃん」


ゴンドラの窓に手を着いてじっと外を眺めると、建物がどんどん小さくなっていく。辺りが暗くなっていくに連れ、園内はカラフルに彩られた電飾が灯って…キラキラと輝いている。本当に、夢の世界に来たみたい。


「……だな」

私と同じように、翔ちゃんも窓枠に手を掛けて外を眺めた。


そろそろ帰ろう、というタイミングで翔ちゃんが最後に私を誘ってくれたのが──この、観覧車だった。


本当はずっと乗りたいと思っていた。だけど中々言い出せずにいた。



「翔ちゃん…高い所怖いでしょ?」
「ん…でも良いんだよ、今日は」
「?」
「今日だけは、特別」


理由は翔ちゃんが高い所が苦手だってことが分かっていたからだ。けど、理由はそれだけじゃない。
観覧車って…友達同士で乗るべきものでは無い気がして。なんだか、神聖な場所な気がして。



「(嬉しいな…)」


考えすぎだって分かってる。だから翔ちゃんが誘ってくれた時は本当に嬉しかったんだ。翔ちゃんが私と乗りたいって思ってくれたことが…たまらなく幸せで。

せっかくの観覧車なのに、雲行きが少し怪しくなってきたのだけが残念だ。外から眺める美しい景色が、湿った空気のせいかほんの少し霞んで見える。



「雨、降りそうだねー」
「だな。多分早めに降り出しそうだぜ」
「そうなの?」
「気圧も下がってきてるしな」

本当に?という意味を込めて首を傾げたら翔ちゃんが「俺、意外とそういうの敏感なんだぜ!」と得意気に話した。その笑顔に自然と、私も笑みが零れる。




「翔ちゃん」
「ん?」
「そっち、行ってもいい…?」


向かい合わせに座っていた翔ちゃんとの距離が、突然妙に遠くに感じてしまったのだ。観覧車のゴンドラという密室の中、決して遠いはずはないのに。


もっと近くに居たい…だなんて。




「な、なんて!冗談冗談!ごめんね急に」
「…良いよ」
「えっ」
「ほら」


翔ちゃんが自分の身体をずらして、ひと一人分のスペースを空けてくれた。少し迷ったけど…お言葉に甘えてゆっくり立ち上がり、翔ちゃんの隣に腰を下ろした。二人の身体が横並びになった瞬間、ゴンドラが小さく揺れる。間もなく、てっぺんに到着しそうだ。



「……」
「……」


綺麗な景色を眺めながら、私は今日一日を振り返っていた。

朝から頑張ってとびきりのお洒落をして、翔ちゃんと成り行きで手なんて繋いじゃって…途中、なおくん達に邪魔はされたけどそんな時も二人で笑い合って。


「(楽しかったなぁ)」


楽しかったからこそ、今日が終わるのが余計に寂しかった。膝の上できゅっと両手を握っていると…予想外にそこにもうひとつ、私より大きな手が落ちた。翔ちゃんの、手だ。


「そんな顔するなよ、香織」
「だって、すっごく…楽しかったから」
「うん、だから余計寂しいんだよな。分かるぜ」


私の両手が、翔ちゃんの手に包まれる。ぽっとする、温かい手…まるで翔ちゃんの心のよう。無意識に握った手に力が入る。



「だったらさ、また来ようぜ!んー…今度は直希達が一緒でも楽しそうだし…」
「──が、いい」
「香織?」
「また、翔ちゃんと…ふたりが、いい」



つい零れた本音に、翔ちゃんは驚いて目を丸くした。翔ちゃんのその表情に、ようやく自分がとんでもないことを口走ったことに気付く。


訂正しなきゃ、変な意味に誤解される──そう口を開こうとした瞬間、無常にもゴンドラは地上に到着してしまった。



「あの、その…」
「と、とりあえず帰るか!雨も降りそうだしな」


その反応を見て翔ちゃんが困っていることを察した。そりゃそうだ、私達はアイドルを目指している立場──恋愛は御法度だって、散々先生にも言われてるじゃない。


私と翔ちゃんは友達、それはきっと……これからもずっと変わらない。十分にわかっているのに、

こんなにも胸が苦しい──「香織」



遊園地を出て寮へと向かう帰り道、私達はずっと黙りこくっていた。だけど突然、翔ちゃんが私の名を呼ぶ。


二人で自然に立ち止まって見つめ合った。翔ちゃんの真っ直ぐな瞳に何も言えないでいると、ぽつりと水滴が一粒、翔ちゃんの頬に落ちた。



「あっ…」
「やべっ!降り出しちまった…香織、こっち!」


突然の雨は予想以上に大降りで、すぐに私と翔ちゃんの全身を濡らした。すぐさま私の腕を引いた翔ちゃんに連れられ、軒下に避難する。それにしても、すごい雨……しばらくは止まなそうだ。



「本当に急に降り出しちゃったね」
「しばらくここで待つしかねぇな…」


前髪をかき上げながら、空を見つめる翔ちゃんの横で、私はドキドキが鳴り止まない胸をそっと抑えた。


「ねぇ、翔ちゃん」
「ん?」
「さっき、何か言おうとした…?」



二人の間に沈黙が流れた。激しい雨の音だけが、私の耳に届く。

じっと翔ちゃんを見つめていると、翔ちゃんの前髪からぽつりと水滴が垂れた。そして同時に、翔ちゃんがゆっくりと笑みを浮かべる。



「んーん、何でもねぇよ」
「……そっか」


やっぱり…私と翔ちゃんはただの友達だ。これ以上何かあるとか、関係が進展することはない。翔ちゃんの微笑みが、そう、私に訴えているような気がした。


本当のところは分からない。本当は、翔ちゃんのちゃんとした気持ちが知りたい…けど。仕方ないよね。これ以上深入りするのはやめよう。



「あー!まだ雨止まないね。なおくん達、心配してるかなぁ」
「……」
「翔ちゃん?」


空を見上げながらわざと明るくそう声を掛けた。だけどいつもと違い、翔ちゃんからの返答が無いのが気になった。


それに、視界の端に映っていたはずの翔ちゃんがいつの間にか見えなくなっていたから。



「……え?」



視線を慌てて横に向けると、翔ちゃんは


胸を強く抑えて、その場に座り込んでいて───。



「え?しょ、翔ちゃん…大丈夫?」
「はぁっ…はっ…!だ…だいじょぶ、だから…」
「ぜ、全然大丈夫じゃなさそうだよ!どうした──」


どうしたの?と私が尋ねるより先に、翔ちゃんの身体が地面に倒れ込んだのを見て…

まるで心臓が止まったように、私も動けなくなった。





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