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「…一体何ですかこの状況は」


今日はHAYATOの仕事もなく、貴重な一日オフだった。夏休みの課題もあらかた終わらせており、ゆっくり読書でもして一人の時間を堪能しようと…そう思った矢先、朝一番で蜂谷さんからメッセージが届いた。



【朝8時半に駅前集合。大事な用事だから必ず来て】


とあるメンバー宛に、一斉に送信されたそのメッセージにすぐに無視を決め込んだ。いっそ電源でも切ってやろうかと思った時、追い打ちをかけるようにレンからの着信が鳴った。



「もちろん来るよね、イッチー。Sクラスの一大事件だからね」
「一大事件?」


何事かと思い、渋々待ち合わせ場所へ向かい…そして強引に連れて来られたのは、

まさかの、大型テーマパーク。


これが大事な用事?一大事件?疑問は深まるばかりだ。




「あの…」
「ターゲットは…前方だな。よし、このまま俺達も中に入るぞ!」
「良いねぇ、入ろう入ろう」
「あらあら香織ったら…あんなにはしゃいじゃって…」
「あの、すみません。…あの!私の質問に答えて頂けますかっ…!?」
「うるせーなトキヤ!騒ぐと気付かれるだろ!」


変装のつもりなのか伊達眼鏡をかけ、何故か手に双眼鏡を持った直希が振り向きざまに声を荒らげた。よくよく見るとサングラスをかけたレンと、バケットハットを被った蜂谷さんの姿。そして「気付かれる」という直希の言葉に、何となくだが置かれた状況を察した。


この場にいない二人といえば…そう、恐らく香織と翔に、何かあったのだろう。




「翔と香織がデート…ですか?」
「そうそう。それでこうして追跡しようって訳よ」
「そんなもの、放っておけば…」


気が付けば何故かパーク内のジェットコースターの列に、強引に並ばされた。私の横に立つ蜂谷さんが事の流れを説明してくれるが、そのくだらなさに溜息を吐いた。

並んでいる最中も双眼鏡を使い、前方に並ぶ香織と翔の姿を観察する直希を一瞥すると、私の視線を感じたのか目から双眼鏡を離す。しかし直希の目線は、遠くに居る香織にあった。



「…心配なんだよ」
「……」
「仕方ないだろ」


想像よりも遥かに真剣な声で放たれたその言葉に、少し驚くもいつものポーカーフェイスを保った。また一つ息を吐くと、ムッとした直希が真後ろに並んでいた私の方を振り向く。


「まったく過保護な…」
「うるせ!どうせ一人っ子でわがままで、好き放題に育てられたトキヤには分かんねーよ!」
「あなたねぇ…!」
「え?一ノ瀬にも居るじゃない、HAYATOっていう双子の兄貴」


蜂谷さんが冷静にそう指摘すると、直希は小さく「あ…」と声を漏らした。不思議そうな顔を浮かべる二人に対して「そうだったっけ?」と誤魔化してこっそり私にアイコンタクトを送る。キッと睨むと「ごめん!」と目がそう言っている様だった。



「大体、レンと蜂谷さんまで何故ここに居るのです?」
「え?そんなの決まってるじゃない、ねぇハッチー」
「えぇ」
「「面白そうだから」」
「はぁ……」


額に手を当てながら、本日何度目か分からない溜息を漏らした。


「尾行がバレたらすぐに帰りますからね」
「分かってるよ」













───



「翔ちゃん!」


遊園地の一番人気アトラクションであるジェットコースター。はしゃぐ私が横に座っていた翔ちゃんの異変に気が付いたのは、コースターから降りた直後だった。顔を真っ青にして、冷や汗をかいている翔ちゃん見て、今度は私が青ざめる番だった。



「オレンジジュース買ってきたよ。飲める?」
「あ、あぁ。ごめん、今払うから…」
「そんなの良いよ!それよりも、具合…どう?」


ベンチにもたれて青い空を仰ぐ翔ちゃんは、先程よりは顔色が回復している。紙カップに入ったオレンジジュースを受け取って、ストローでそれを吸った翔ちゃんは一つ息を吐いて「ごめんな」と呟いた。


「すげぇかっこわりぃな、俺…」
「私の方こそごめん…翔ちゃんが絶叫系苦手だって、知らなくって…」
「いや、絶叫系と言うより…高いとこが無理っつーか…はぁ、本当ダメだな」


せっかくの遊園地デートなのに、苦手なものに強引に乗せてしまった。私のせいだ…私が、ろくに翔ちゃんの意見を聞かないで無理矢理ジェットコースターに並んだから…。



「(ダメなのは私の方だよ…)」


翔ちゃんの横のベンチに座ったまま、肩を落として翔ちゃんと同じようにオレンジジュースのストローを吸った。いつもは美味しいその味も、今は甘さより酸味が勝つ。

せっかく、楽しもうと決めたのに。翔ちゃんにこんな思いをさせたら元も子もないよ。



「香織…」
「……」
「あのさ香織、俺もう平気だからさ!だからまた別の乗り物行こうぜ!…だから」
「翔ちゃん…」
「そんな、泣きそうな顔…すんなよ」


ぐすっと鼻を吸って顔を上げたら、そこにはいつも通りの翔ちゃんがいた。


…翔ちゃんの笑顔は不思議だ。翔ちゃんが笑ってくれるだけで、こんなにも嬉しくなる。私も、自然と笑顔になれる。



「…うん」


それは私が翔ちゃんが好きだから。だけどきっとそれだけじゃない、翔ちゃんには…人を元気にする、特別な力がある。

そう、確信出来る。



「せっかく来たんだから楽しまなきゃ損だろ!ほら、行こうぜ」


立ち上がって手を差し伸べた翔ちゃんに、私は笑顔を浮かべてその手を取った。


握った手は温かくて、私より少しだけ大きくて。ドキドキする気持ちを隠すように大きく深呼吸をしてその手に力を入れた。



「なんかお腹空いてきちゃった!」
「ま、まだ朝だろ!?」
「おやつおやつ!何か食べに行こ!」
「…ったく。しょうがねぇな、それでこそ香織だ!」


呆れつつも「行くか!」とニカッと笑ってくれた翔ちゃんに手を引かれ、私たちはスナックが売っているワゴンへと足を急かした。


幸せで、楽しくて。うきうきして、でもドキドキして。こんな時間がいつまでも続けば良いのなんて、夢のような世界で、夢のようなことを思った。





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