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「…お」
「おっ…!」
「「終わったー!!」」


翔ちゃんと一緒に大きく叫びながら両手で伸びをした。合宿はついに6日目。朝一番でペア課題の披露を無事終えた私達は、これにて合宿の全カリキュラムを完遂した。今はとにかくやり切った達成感でいっぱいだ!

私達のペアは私のせいで十分な練習時間も取れなかったと思う。それでも合格がもらえたのは優子がアレンジを頑張ってくれて、私に協力もしてくれたからだ。


「優子、本当にありがとう」
「まだ礼を言うのは早いわ。むしろ、これからが本番でしょ?」
「…うん!そうだね!」


優子の言う通りだ。本番はこれから…!
卒業オーディションでは絶対に迷惑をかけない。そう心に誓って、私はぎゅっと優子に抱き着いた。



「今回はランキング制ではなかったけど…オーディション本番は負けねぇからな、香織!」
「私も負けないよ翔ちゃん!」


私は翔ちゃんと違ってダンスだってまだ苦手だし課題は山程ある。乗り越えなきゃいけないこともたくさんあるだろう。

私は翔ちゃんにもレンくんにも、一ノ瀬くんにも負けない、負けたくない。絶対にアイドルになるんだって気持ちが、合宿を通して一層強くなった。



「お前らよく頑張ったな」
「午後は自由時間にするわ〜!各自、思い切り楽しんでちょうだい!」
「やったー!」


両手を広げて喜ぶ私を、なおくんと翔ちゃんが呆れ顔で見る。けどすぐに二人も笑った。だってせっかく南の島…しかもリゾートアイランドに来たんだもん!楽しまないともったいないよ!








───


「香織ー!行くよ、それ!」
「ひぎゃっ」
「おーい、平気か香織ー」
「ご、ごめん…」


そして先生達からのご褒美である、束の間の自由時間。私達は海辺でビーチバレーをして過ごしていた。一十木くんが打ったボールを受け止められず、砂場でこてんと転倒する私に、「大丈夫?」と笑いながらレンくんが手を差し伸べてくれた。


「まったく…本当に鈍臭い人ですね」
「そう言うなら一ノ瀬くんが代わりに入ってくれたら良いのに」
「私は日焼けしたくありませんから」


ビーチのパラソルから一歩も出ず、遠くからそう言う一ノ瀬くんは意地悪だ!ビーチバレーに参加しないなら小言を言わないで欲しい、もう。

こんな時翔ちゃんが居れば「ドンマイ香織!」って励ましてくれるのに。…って、あれ?



「ねぇ一十木くん、翔ちゃんは?」
「飲み物買ってくるって言ってたよ。そういえば、帰ってくるの遅いね」


同じチームのはずの翔ちゃんの姿が見えない事に、今更気付く。一十木くんの話によると、もう10分程経ったけど翔ちゃんが戻ってくる様子はない。何か、あったのかな。


「私、ちょっと探してくるね!」
「気を付けろよ」
「うん!」



なおくんやみんなに見送られ、私はビーチを出て翔ちゃんを探した。ホテル内のコンビニか自販機かな…と思いホテルの入口をくぐると、予想通り佇む翔ちゃんの後ろ姿が視界に入った。




「翔ちゃ──」
「ごめんね来栖君、話に付き合ってもらっちゃって」


聞き覚えのあるその声に咄嗟に壁に隠れる。よく見えなかったから気が付かなかったけど…翔ちゃんの前にはもう一人誰かが立っていて、その姿の正体に少しだけもやっとした気持ちになる。


…田中さんだ。
どうしたんだろう、二人でこんなところで。



どう考えても翔ちゃんを呼びに行ける空気ではくて。私はそのまますすす…と身体を動かして、バレない程度の距離まで二人に近付いた。

そのおかげで、会話の内容がはっきりと聞こえる。



「いや、別に気にすんなよ!…そうだ、田中も一緒にやらね?今、香織達とビーチバレーしてんだ」
「ううん、良い。運動苦手だから」
「…そっか。それで、大事な話って?」


「(…私、何してるんだろう)」



立ち聞きだなんて、趣味が悪い。気付かないフリをして帰れば良かったのに、どうも気になって私はその場を動けずにいた。



「来栖君」


【大事な話】…何となく、田中さんの話の内容が想像出来てしまって。





「私、来栖君の事が好き」
「(や、やっぱりぃぃ!)」


こ、告白の場面に遭遇するのなんて初めて…!
自分には関係ないはずなのにドキドキと心臓の鼓動が速くなる。ちらりと壁から顔を覗かせて、翔ちゃんの表情を確認したかったけど…後ろを向いていて、どういう顔をしているのかは分からなかった。



「…ごめん。今は、アイドルを目指す事に集中してぇんだ。田中の気持ちは、嬉しいけど…」
「……」
「そ、そもそもココ…恋愛禁止だしな!まぁその、田中も分かってて伝えてくれたんだろうけど…さ」
「水谷さんが好きだから?」
「え?」


突如自分の名前が出た事にドキッとして、壁に添えていた手に力が入った。


どうして私…?私の疑問に答えるかのように田中さんは言葉を続けた。


「皆言ってるよ。いつも一緒にいるし…来栖君、水谷さんには特別優しいって…好きなんじゃないかって」
「そっ…んなんじゃ、ねぇよ!」


勢い良く否定する翔ちゃんに、私の心臓の鼓動が速さを増す。



「香織は…」




どくん、どくん…




「ただの、友達だから」



静かなホテルのロビーに、翔ちゃんの声だけが響いた。そのまま、何かに取り憑かれたように…


私はそこを、一歩も動けなくなった。



それから翔ちゃんと田中さんは、まだ何か会話をしている様子だったけれど、その声は私の耳には届かない。




「…早く行かなくちゃ」

そろそろ動かないと、田中さんとも鉢合わせちゃう。この気まずい空気の中で、それだけは避けたい。とにかくホテルを出ようと、私は重い足を辛うじて動かした。



ホテルの自動ドアをくぐって、ビーチへ向かうべく、とぼとぼと歩いていく。上手く足が動いていない、気がする。早く戻らなきゃ…なおくんやみんなも心配してる。


ビーチバレーが終わったらみんなでアイスでも食べたいな。そうだ、合宿初日から気になっていたアイス屋さんがあったな。翔ちゃんも誘って…そう、みんなで楽しく──。




『香織は…ただの、友達だから』


ふと頭の中でリピートするのは、先程の翔ちゃんの言葉だった。




「……」


…あれ?


私、どうしてこんなにショックを受けているんだろう。



「(何も、間違ってないじゃん)」


そう。私と翔ちゃんは仲の良い友達。それ以上でも、それ以下でもない。

翔ちゃんの言葉はおかしいところなんて、何もない。それは分かっているはずなのに


胸が、ズキズキと激しく痛んだ。





「あっ、香織おかえり!翔と会えた?」
「…ぁ、ううん!どこ行っちゃったのかなー?はは…」

ビーチに戻った私に真っ先に気付いた一十木くんが話しかけてくれるけど、ちゃんと笑えている自信はあまりなかった。



「香織?」

特に何も言わないみんなの中で唯一、なおくんだけが私の異変に気付いたのか、怪訝な表情を浮かべていて…目が合って思わずギクリとする。


あ、やばい。ちょっと、泣きそう──。



「香織、アイスでも食べ行くか」
「え?けど…」
「ごめん、俺と香織ちょっと抜けるからトキヤ代わりによろしくな」


何か言っている一ノ瀬くんの声を遠くに聞きながら、なおくんに連れて行かれるがまま、私はその場を後にした。




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