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「はい、バニラとチョコどっちが良い?」
「…チョコ」
「だと思った」


ビーチから少し離れた場所にあるアイス屋さん。初日に来た時からずっと気になっていて、私がことある事に「行きたい!」と言っていて…なおくんは当たり前のように覚えていてくれたみたいだ。


「翔と何かあった?」

近くのコンクリートの上に座ったなおくんに続いて、私もその隣に腰を下ろした。チョコレートのアイスをスプーンで掬って口に運ぶ。冷たくて甘くて…ちょっとだけ、苦かった。


「な、何もないもん」
「嘘つけ、何もない訳ないだろ。喧嘩でもしたか?」

なおくんは昔からそうだ。私に何かあった時に真っ先に気が付く。双子だからこそのテレパシーでもあるのだろうか。

だからきっと、誤魔化しはきかないんだろうな…そう確信して、ちょっとだけ溜息を吐いてから私は重い口を開いた。そしてなおくんに、翔ちゃんと田中さんの事を話した。田中さんには申し訳ない事をしている自覚はあったけど、とにかく今はなおくんに気持ちを吐き出したかった。



「あー…そっか。そうだとは思ってたけど、マジで告白するとはな…」
「翔ちゃん、私のこと…ただの友達って言ったの」
「……」
「何も間違ったこと言ってないはずなのに…なんかモヤモヤしちゃって…田中さんが翔ちゃんに告白したことも、やだなぁって…思っちゃって…」


中身が減ったアイスの紙カップを持つ手に、力が入る。ヤケになって、一気にアイスを口の中に運ぶと、涙が出そうなくらい、冷たかった。


「こんな自分、嫌になるよー…」


体育座りしていた膝に、自分の顔を埋めた。
しばらくすると、ぽんぽんと頭を優しく叩かれる感触。なおくんの手だ、安心する。


「よく耐えたな、偉い偉い」
「ねぇなおくん…私、どうしたら良いんだろう」
「んー…そうだな」

少し考えた様子のなおくんの顔をじっと見つめる。なおくんなら私が欲しい言葉をくれる、明確な答えを教えてくれる。そう思っていたのだけど…。


「まずは香織が、自分の気持ちに素直になること」
「自分の気持ちに、素直に…?」
「そうすれば、自ずと答えは見えてくるんじゃないか?」
「それが分からないから悩んでるのにー…」


なおくんがくれた返答は曖昧なものだった。
自分の気持ち…優子にも似たようなことを言われて今一度考えてみる。自分の気持ち、自分の気持ちってなんだろう。


翔ちゃんにとって私は、ただの友達。
じゃあ私にとっての、翔ちゃんの存在は…?




「…そろそろ行くか!Aクラスの奴らに勝ったらラーメン奢ってもらう約束になっててさ」
「う、うん」


立ち上がったなおくんはいつの間にかアイスを完食していて、私も続いて立ち上がった。あんまりのんびりしていると、みんなにも心配かけちゃうもんね。


結局、答えは分からないままだ。…ううん、なおくんの言う通り、自分で見つけなきゃ意味がないのかもしれない。だって自分の気持ちなんだもん、本当に分かるのはきっと私だけだから。


「なおくん」
「ん?」
「ありがとう」


なおくんと話して、少しだけ心が軽くなった気がする。先を歩くなおくんを駆け足で追いかけて、みんなが待っているビーチへと急いだ。











───


「合宿の最後は!」
「みんなで花火大会よ〜!それぞれ好きな花火を選んでねっ」


夜も更けて、辺りも暗くなってきた最終日の今日…合宿最後のイベントと言うことで、先生達が企画してくれたのは花火大会だった。

沢山広げられた手持ち花火の中から、各々好きな物を選んで火を付けていく。夜の闇にカラフルな光が灯って…すごく綺麗だ。それと共に、ほんの少しだけ切なさを感じさせる。


合宿が終わってしまうという寂しさが、そんな気持ちにさせるのだろう。


「翔ちゃーんっ」
「那月おまっ…花火こっち向けんな!」

みんなでワイワイしながら花火を見て、夏のひとときを過ごす。楽しそうに笑うみんなを見ながら、私は線香花火に手を伸ばした。


なんだか妙に感傷に浸りたくなって、輪から外れて一人で暗闇の中にしゃがみ込む。



「香織」
「あっ、翔ちゃん…四ノ宮くんは大丈夫なの?」
「何とか撒いてきたぜ。…俺にも1本くれるか?」
「う、うん。どうぞ」


突然二人きりになったことに、妙に緊張しちゃう。嬉しそうに「サンキュ」と線香花火を受け取った翔ちゃんが、それに火を灯す。2本の線香花火がパチパチパチと音を立てて並んだ。


「昔やんなかったか?玉が落ちる前に願い事をすると叶うってやつ」
「えー?私やらなかったよ?」
「うわマジ!?俺だけか」

声を出して笑う翔ちゃんの横顔が、線香花火の小さな光に照らされてとても綺麗で。ドキドキする心臓を誤魔化すように、私はじっと自分の花火を見つめながら口を開いた。


「翔ちゃんの願い事って、なに?」
「んー…そうだな」

翔ちゃんの顔をそっと盗み見る。口を結んで考え込んでいた翔ちゃんの答えを、私はじっと待った。


「立派なアイドルになること」
「翔ちゃん…」
「今は、それが一番だな!」


歯を出して笑った翔ちゃんと目が合う。

その笑顔にきゅうっと締め付けられているのが分かって。
顔が一気に熱くなる。規則正しく音を立てていた心臓の鼓動が、どんどん速くなる。


…そっか。私──









「トキヤトキヤー!見てコレ、赤くて派手で俺みたいじゃない!?」
「あなたまで…!花火を人に向けないでもらえますか!」


ようやく長かった合宿も終わるというのに、最後の最後までろくに気も抜けなかった。だが…それなりに楽しんでいたのも事実。少しだけ寂しいなど、この私が思うはずないと…予測していたのですが。


「(あっという間の夏でしたね)」

合宿が終われば、また日常に戻る。勉学に励みながら、HAYATOの仕事とも両立して…また忙しない毎日がやって来る。

合宿に参加出来ただけでも、ありがたいと思わなければ。頭を過ぎるのは明後日からのスケジュールばかりだ。


「音也くん〜!翔ちゃんとかおちゃんどこにいるか知りませんか?」
「えっ?翔と香織?確かあっちに…」


相も変わらず騒がしい音也に、走り寄ってきた四ノ宮さん。

彼の言葉でようやく気付いたが、いつもならば輪の中心に居るはずの翔の姿が見当たらない。いつも傍にいるはずの香織の姿も。


「あっ、いたいた!おーい!香織──」
「邪魔、しない方が良いんじゃない」


大声で香織の名を呼ぼうとした音也の声を遮った主を、その場に居た全員が一斉に見る。

音を立ててバケツに花火を捨てた直希は、平然とした様子で新しい花火を手に取って火をつけた。離れた場所では、二人でしゃがみ込み、身体を寄せ合いながら花火を楽しむ翔と香織の姿がある。


「「……」」
「え?俺、何か変なこと言った?」

さすがに突き刺さる視線に違和感を覚えたのか、直希が驚いた顔をしてこちらを振り返る。至っていつも通りの直希だ、落ち着いていて…動揺している様子もない。


「だっ…だって!いつもなら真っ先に邪魔しに行きそうなのに!」

両手で拳を握った音也が、焦ったように言った。恐らく、全員が思ったことを代表して言葉にしてくれた。だが、直希は表情を変えることなく「んー…」と呟く。


「…まぁ、良いんじゃない」


そう言って背を向けた直希に私はそっと近付き、彼の持つ花火に自分の花火を近づけた。

その声色が酷く寂しそうなのが、気になって。


「トキヤ…」
「本当に良いのですか?」


私の花火に直希の花火の火が移り、音を立てて勢い良く光り始めた。横をちらりと見ると小さく微笑みながら直希は花火の明かりを、ただじっと見つめていた。


「香織が良いなら、俺はそれで良いよ」










「来年はさ、一緒に花火大会とか行けたら良いよな。今年は無理そうだけど」


線香花火はまだ音を立てて灯ったままなのに、私は翔ちゃんの綺麗な横顔から目が離せなくなった。翔ちゃんは私の視線に気づく気配はない。



「来年も」
「ん?」
「来年も一緒にいてくれるの…?」


私の問いに、翔ちゃんが顔を上げて…私と翔ちゃんの視線が絡み合った。


「当たり前だろ?約束だ」


そう言って翔ちゃんは、私に優しく笑ってくれた。ドキドキして、だけどぽかぽか温かくて…もっともっと、翔ちゃんの傍に居たい、離れたくないって思う。


なおくん、優子。

私…自分の気持ち、分かったよ。



「香織は?願いごと何かねぇのか?」
「わ、私!?私は…」


田中さんに醜い感情を抱いてしまったのも、友達だと断言されてショックだったのも。



「(この時間がずっと続きますように、だなんて)」


こんなにドキドキするのも、来年の約束が出来て嬉しいのも。


「し、翔ちゃんには秘密!」



それは、私が翔ちゃんのことが好きだからだ。



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