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「んーっ!合宿さいこー!」
「つい昨日までしょんぼりしてた奴がよく言うよ」
「うぅ…何も言い返せない」
「まったく、心配したんだからな」

勢いよくオレンジジュースを飲んでからグラスを掲げる私の横で、なおくんが呆れ顔で言った。
心配をかけたのは自覚している。けれど翔ちゃんやみんなのおかげで私はなんとか乗り越えることが出来て…今はとにかく達成感でいっぱいだ。


今の状況はというと…合宿はまだ5日目だけど、アイドルコースは今日の発表を終え大きな山場を越えた。作曲家コースも同様に大きな課題が終わって一段落したよう。このタイミングでリフレッシュも兼ねて…ということで、学園長がバーベキュー大会を開催してくれた、という訳だ!

美味しいお肉にお野菜…みんなと過ごす楽しいバーベキューの時間は本当に幸せ。お腹も満たされて大満足だ。



「直希ー!こっちに焼きそばあるよー!」
「麺!?行く!」
「あなたは炭水化物ばかりですね…」
「はいはいトキヤの分も取ってくるよ」
「ちょっ…待ちなさい!頼んでませんよ!」


一ノ瀬くんの制止も聞かず、軽い足取りでなおくんが一十木くんの所へ向かう。一ノ瀬くんがその後ろを追いかけているのがおかしくて、こっそり笑ってしまった。よし!私ももっと食べよう!と思いお箸を持った途端、空いた私の隣の席にお皿を持ってやって来くる人影。翔ちゃんだ。


「香織、ちゃんと食べてるか?」
「うん!もういっぱい食べてる。もっと食べる予定」
「まぁ楽しいけどさ…アイドル志望にこの量の肉と炭水化物はキツイよな」
「明日から絞るから良いの」


そもそも私達はアイドル志望である前に、いち学生だ。このくらいの楽しみは許されるだろう、許して欲しい。そう心の中で葛藤してから、目の前のお肉を口の中へと運んだ。


咀嚼して飲み込んでから、私ははっとして翔ちゃんの方に向き直る。ずっと翔ちゃんに言おうといていたことを思い出したのだ。


「そうだ翔ちゃん!何か欲しい物ない?」
「ん?どした突然」
「ダンスの練習付き合ってくれたでしょう?何かお礼したいなって思ってて」
「な…要らねぇよ礼なんて」
「だ、だめ…!私がしたいの」


何度も遠慮する翔ちゃんと、食い下がる私。だってあんなにお世話してくれたのに何も返せないなんて嫌。何でも良いからお礼をしたいのに。


同じやり取りを繰り返したあと、翔ちゃんは観念したかのように「んー…」と腕を組んで考え始めた。よし!何でも来い!私は答えを待つかのように、翔ちゃんに顔を近づけてじっと固まった。



「…じゃあさ」
「うん!」
「今度、休みの日に…出掛けたいかな。二人で」
「…へ?」
「一日、俺と香織の二人で過ごす権利が欲しい。ダメか?」


頬を掻きながら翔ちゃんは目を逸らした。洋服でも何でも欲しいものを買ってあげるつもりだったから…予想外の答えに驚く。しばらく瞬きを繰り返すと、ちらりと私の顔を見た翔ちゃんと目が合った。


「そ、そんなので良いの?」
「…ん」
「い、良いよ!全然OK!お出掛け!一緒にしよう!」


身を乗り出してそう言うと、翔ちゃんの顔が嬉しそうに輝いた。そんなので喜んでくれるなんて申し訳ない気がするけど…ちゃんとお礼になるのかな?むしろ、私へのご褒美になっちゃってるんじゃないかと思う。

だって…私だって、翔ちゃんとのお出掛け、嬉しいもん。


「うっしゃ!約束な!絶対だからな」
「う、うん!絶対ね!」
「行きたい所考えとく。合宿終わったら日にち相談しようぜ」


私がもう一度大きく頷くと、翔ちゃんは目を細めて小さくガッツポーズをしていた。そして「肉でも食うか!」と宣言して、お箸を持つ。それに釣られて私もお皿に乗ったお肉と野菜に手を伸ばした。


白いご飯片手にお肉をたくさん頬張っている翔ちゃん。ハムスターみたいになってて、ちょっと可愛い。やっぱり男の子だからたくさん食べるんだなぁ…私じゃ全然食べる量が追いつかないや。



「あ、翔ちゃん」
「ん?」
「口の横、お肉のタレが…」
「来栖くん」


私が翔ちゃんの口元に手を伸ばそうとした時、後ろから聞こえた女の子の声。咄嗟に手を引っ込めて膝の上で握った。

その子はよく見知った顔で…そう、同じクラスの田中さんという、作曲家コースの女の子だった。クラスメイトだけど、話したことはあまりない。



「田中か、どうした?」
「少し来栖くんとお話したいなって思って…良いかな?」
「お、おー…もちろん良いぜ!」
「ありがとう」


そうニッコリと笑った田中さんに少しだけ違和感を覚えた。なんだか、よく分からないけど…こう、本能的に。

すると田中さんは今度は私に視線を合わせて、先程翔ちゃんに向けた笑顔を私に見せる。


「ごめんね水谷さん。少し外してくれる?」
「…う、うん」


な、なんか…圧を感じる。気のせいかな?

田中さんに言われるがまま、私はお皿を持って席を立つ。そのままトコトコ移動して、少し離れた場所に座っていたなおくんと優子の間の席にちょこんと座った。正面には一ノ瀬くんが座っているけど、その向こうには楽しそうに話す翔ちゃんと田中さんの姿が視界に入る。



「……」
「…女って怖」
「同感ね」
「へ?なに?どういうこと?」
「気付かないの?牽制されてるのよ、香織」


ウーロン茶を飲みながら言った優子の言葉に、私はしばらく固まった後、唇を尖らせた。


「(牽制って…)」

そういうの、なんか嫌だなぁ。別に私と翔ちゃんは普通に仲良くしているだけなのに、田中さんは何が気に入らないんだろう。翔ちゃんは田中さんの態度、どう思ったのかな。笑顔で田中さんと楽しそうに話す翔ちゃんが目に入り、なんだかモヤモヤする。


「まぁ気にする事ないわよ、チビも人が良いから」
「ほら香織、野菜もちゃんと食べろよ?トキヤは肉な」
「いえ私は遠慮します。なっ…誰ですか脂身を勝手に私の皿に乗せたのは!」


プリプリ怒る一ノ瀬くんに笑いながらも気になるのは翔ちゃんのこと。

せっかく楽しいはずのバーベキューの時間なのに、翔ちゃんが少し遠く感じてしまう。


「(私、二人で今度お出掛けする約束したもん)」

ふつふつと湧く謎の対抗心。今この時間、翔ちゃんと楽しそうに話す田中さんが、ずるいとさえ思ってしまう。



「………」
「お前ら食べ終わったかー?そろそろ片付けの時間だぞ」

もぐもぐ口を動かしていると日向先生が私達に大声で呼びかけた。あっという間に数時間が経過していたようで…食材もほとんど食べ尽くされている。気が付けばお腹もいっぱいだ。


合宿も5日目が終わる。残すところ、あと2日…最終日は朝にはすぐここを出て帰路に着くから、実質はあと1日だ。

明日はいよいよ…優子と取り組んできたペア課題の発表日でもある。


「香織、明日は頑張りましょ」
「もちろん!気合十分だよ!」
「俺達も負けないからなー」
「ほら片付けですよ、早く行きましょう」


優子となおくん、一ノ瀬くんの後を追って、私も片付けに参加すべく席を立つ。
もやもやが残る、この感情の正体には気が付かないまま。




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