07
寮に入ってから、初めての朝。
まだ起きるには早い時間帯なのに、なんとなく目が覚めてしまったから、よく眠る那月を起こさないようにそっと部屋を出た。
ジャージに着替えて、外をランニングする。
これからアイドルを目指すんだから、基礎体力はつけておかなくちゃな。俺自身の身体のこともあるし。
寮の周りをひたすら走っていく。さすがにこんな朝早い時間帯、誰かと遭遇することはないだろうと思っていると、どこからともなく声が聞こえた。
その声は、心地よくメロディーを奏でている。
誰か、歌ってんのか。
朝から歌の練習だなんて、熱心な奴がいたもんだ。まぁ俺も似たようなものだけどな。
声を辿って走っていくと、中庭の桜の木の下に人影が見えた。
あれは、
「香織…」
花びらが舞う中、目を閉じながら歌う香織の姿。その歌声に釣られてか、小鳥やら猫やらが香織の周りに集まっている。
なんでそんな動物が学園内にいるのか…というツッコミは、さておき。
声をかけようにも、かけられない。
そのくらい透き通ったその歌声に魅了されてしまった。
それに、桜の花びらと風に包まれてい香織の姿が、あまりにも綺麗だったから。
「あれ?翔ちゃん?」
俺が話しかけるより先に、香織が先にこっちに気が付いた。
ジャージ姿の俺と違い、すでに制服に着替えている香織は、にっこりと笑っておはよう!と手を振ってくれた。
「お、おはよう香織!」
「朝早い時間からどうしたの?」
「あー…なんか目が覚めちまってさ」
「分かる!私もなんだ」
それでここで少し歌って時間を潰していたらしい。朝からこうして香織と会えるなんて、今日はツイてる気がする。
そういえばこうして二人きりになるのは初めてだ。そう思うとなんだか急に緊張してきてしまった。
「その、今歌ってた曲ってオリジナル?」
「うん、なおくんが昔作ってくれた曲なんだ」
驚いた。聞いたことのない曲だったからなんだろうとは思ったけど。アイツ、素人なのにこんな曲書けるのかよ。
「直希と香織はなんか音楽習ってたりとかしてたのか?」
「お父さんがピアノとヴァイオリンをやっていてそれで少し教えてもらったくらいかな。ちゃんとしたレッスンは受けたことないよ。歌はお母さんが教えたくれたんだ」
「へぇ」
「音楽の才能は私よりなおくんの方がずっと上だけどね」
「そんな事ねーよ!その、今の歌もすげぇ良かった」
「ふふ、ありがとう翔ちゃん」
話しながら木の下に腰掛けた香織の横に、俺も一緒に座る。
風がそよそよと吹いている。気持ち良さそうに風を受けながら髪を抑える仕草が可愛らしい。
って、何言ってんだ俺は。
「あ、」
「ん?どうしたの翔ちゃん」
「髪に花びらついてる、ちょっと動くなよ」
香織の前髪についていた桜の花びらに気付き、手を伸ばす。
そっと花びらを払うと、香織の大きな瞳がすぐ近くにあって。目が合うとまたドクンと心臓が鳴るのが分かった。
「あり、がとう」
「いや、あっ…そういえばさ、」
赤くなったのを悟られないよう、顔を逸らしながら話題を変える。
「俺にも双子の弟がいるんだ」
「えっ!そうなの?」
「あぁ。今は違う学校に通ってるし、中々会えてないけど」
「そっか、寂しいね」
俺が早乙女学園に入るのを心配しながらも、応援してくれている双子の弟。
薫、今頃何してんのかな。
直希と香織の二人を見ていると、どうしても思い出してしまうから。
「小さな頃からずっと一緒だったからな」
「うん…翔ちゃんの弟さんどんな子なんだろう。会ってみたいなぁ」
「そうだな、アイツも結構過保護でさ。直希に少し似てるかも」
そんな話をしている内に、あっという間に時間は過ぎてく。そろそろ部屋に戻ろうか、という香織の声にそうだな、と返事をして立ち上がった。
ゆっくり横を歩く香織を見るだけで、温かい気持ちになる。こんな気持ちになるのは、初めてだ。
あぁ、一目惚れなんてありえないはずだったのに。
俺はやっぱり香織のことが、どうしようもなく気になっているらしい。
[ 8/49 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]