愛のかたまり

【今、会社出た】
【遅かったじゃん。残業?】
【そんなとこ】
【寄り道しないでまっすぐ家に帰れよ】


相変わらず心配性な、そんな彼からのメッセージを確認してスマホをコートのポケットに入れた。会社を出る時と家に着いた時、その二回は必ず連絡するように言われている。

友達には面倒臭い、とかそれ束縛じゃない?とか言われるけど私は全く嫌じゃない。むしろこの歳になってもちゃんと「かよわい女の子」扱いをしてくれることが嬉しくなるの。



12月の夜遅くの時間帯は極寒だ。もう少し早く帰れば良かった、なんて今更思う。

人混みの中を、ポケットに手を入れて寒さをしのぎながら一人で寂しく歩く。前から歩いてくる楽しそうなカップルが視界に入って、何となく眺めながら。そのカップルとすれ違った時、



「翔ちゃん……?」


男の人から彼と同じ香りがして、思わず後ろを振り返る。

当然、相手は私に気付くことなく二人で楽しそうに歩いていく。きっと使っている香水が一緒だったのだろう。それだけで一瞬で体温が蘇って来て、寒さすら忘れてしまうくらいだから翔ちゃんのパワーはすごいな、なんて思った。…て、いけないいけない。危うく見ず知らずの男の人について行きたくなってしまった。



「翔ちゃんがここに居るはずないのにね」


芸能の仕事をしている彼とは休みが合うことは滅多にない。数日前からドラマだか映画だか何かの撮影で県外に居るから、顔すら見ていない。
あ、見てるか…テレビや雑誌越しだけど。うん、切ない。



「ママー!今日サンタさん来るかなー?」
「うん、きっと来るよ」


目の前の親子連れからそんな会話が聞こえて、今日がクリスマスイブなのだとようやく気付く。

街中のキラキラ光るイルミネーション。その中でも一際際立っているのが、大きなクリスマスツリーだ。ふと思い立ち、スマホのカメラでカシャリとシャッターを押した。


ツリーの根元に併設されている木のベンチを見つけ、そこに腰かける。
メッセージアプリを開いて、画像を翔ちゃんに送る。今、東京の街にいない翔ちゃんにこの景色を見せてあげたくて。



妙に感傷的になってしまった私は、メッセージアプリを閉じて、写真フォルダを開いた。私のデータのほとんどは、翔ちゃんとのもの、翔ちゃんとの思い出だ。上にスクロールしながら写真を遡って見ていくと段々二人が若返っていくのがなんだか笑えた。


「今日まで、色々あったなぁ」


歳も近く、お互いに頑固な性格なせいか喧嘩も多かった。もうダメかも、って思ったことも何度もあった。だけど必要な時はぶつかって、それでごめんねって謝って…私たちは今日までを二人で過ごしてきた。写真を眺める度に、翔ちゃんへの思いが募ってゆく。子供みたいに無邪気に笑うところも、急に男らしくなる顔も、私は翔ちゃんの全部が好きなんだ。


会いたい、会いたい。
写真やテレビの画面越しじゃなくて、ちゃんと直接顔を見たいよ、翔ちゃん。








「まっすぐ帰れって言っただろ?」



スマホをギュッと握りしめて俯いていた私の頭上から、雪のように降ってきた声。バッと勢いよく顔を上げると、そこにいたのは寒さで頬と鼻を赤くした翔ちゃんだった。

幻?かと思って、手袋をはめた手で自分の頬をつねってみたけど、寒さも相まって相当痛い。確かに現実だ。



「へへ、やっぱり会いに来ちまった」


こんな寒さの中だというのに、翔ちゃんはいつものように歯を出して笑った。


会いたいって気持ちが伝わったんだ。
そう思ったら愛おしさが溢れて止まらなくなって、たまらず立ち上がって勢いよく翔ちゃんに抱きついた。


「うおっ」と少し驚いた様子の翔ちゃんだったけど、しっかり受け止めてくれて、思い切りぎゅっと抱きしめてくれた。その温もりを感じると、好きになったのが翔ちゃんで良かったと、心が笑うんだ。


人目もはばからず抱きしめ合って、二人で顔を合わせて笑い合う。しばらくしてようやく寒さが身体に染みてきたから「帰ろっか」と言って、二人で手を繋いで指を絡めた。

もこもこの手袋をしている私に対してレザーの手袋をしている翔ちゃんが、おしゃれな翔ちゃんらしいな、なんて思った。



美しいイルミネーションが、寒空の下の私達を明るく照らす。翔ちゃんが隣にいるだけで、どうしてこんなに幸せなんだろう。



「私、翔ちゃんがいればクリスマスなんていらないや」
「いや、いるだろ!」


翔ちゃんはツッコミを入れてから、「だってあった方が楽しいじゃん?」と、ニカッと笑って言う。



「それくらい、毎日が充実してて楽しいってこと」


そう。私にとっては翔ちゃんと過ごす日々がただ幸せで。クリスマスなんて特別な日はいらないくらい、毎日愛情を感じることが出来ているから。



「分かるような分からないような…」
「えー、分かってよ」
「まぁいいや!俺もなまえが隣に居てくれりゃそれで良い。そういうことだな」


自分の中で納得した様子の翔ちゃんだったけど、「クリスマスケーキ買って帰ろうぜ!」なんて笑って言うから、やっぱりクリスマスの特別感が欲しかったみたいだ。そんなところも翔ちゃんらしいな、なんて思いながら大きく頷く。



寒い日も辛い毎日があったって、横に大好きな人がいる日々ならなんだって乗り越えられる──きっと翔ちゃんは私が好きになる最後の人で、そんな人に出会えた私は本当に幸せだなと噛み締めながら、私はもう一度勢いよく翔ちゃんに抱きついたんだ。



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