狼さん、こんにちは
「ねぇ!今日、俺の部屋で曲の打ち合わせしようよ!」
「嶺ちゃんもトキヤも帰って来ないからさ!」
そう話す音也の勢いがすごくて、う、うん……と小さな声で返事をするのがやっとだった。
子犬のようなキラキラした瞳で見つめられ、尻尾を振られたら(実際振ってないけど私には見えた)……そりゃ首を縦に振るしかないと思う。
音也とは早乙女学園時代からのパートナーだ。
こうしてマスターコースに進んでからも一緒に仕事をする機会は多く、今回の彼のソロ曲も私が手がけることになっている。
昔からよく知る仲──私は昔からずっと音也のことが好きだったけど、悲しいことに彼は私のことをこれっぽっちも女として意識していないようである。あくまで友達、なのだと思う。 そうじゃなかったらこんなに気軽に自分の部屋になんて誘わないもんね。
「だからと言って……部屋に上がるのはさすがにまずい気がする」
待ち合わせの時間になり悶々としながら見つめる、音也の部屋のドア。とりあえず部屋の前までは来てみたけど、いざとなるとやっぱり中に入る勇気は出ない。扉の前で行ったり来たりウロウロとする、まるで不審者かのように。
でも…きっと音也も待ってるよね。
実際新曲の打ち合わせもしなくてはいけないし。そう、打ち合わせをするだけ…あくまで、打ち合わせ。そう自分に何度も言い聞かせてから、意を決して目の前のドアノブに手をかけた。
───瞬間、
「……いっ、たぁぁぁぁ!」
「わっ!ご、ごめん!」
こちらから開くより先に、向こう側から開いたドアに思い切り顔をぶつけた。うずくまって真っ赤になっているであろう鼻を抑えてると、慌てた音也がしゃがみこんで何度も何度も謝ってきた。
「なまえ本っ当にゴメン!……まだ痛む?」
「うん……た、ぶん大丈夫かな……」
しゅんと耳を垂れさせて(私には確かに見える)、眉を下げる音也に、あんなに緊張していたのを忘れるくらい罪悪感が芽生えた。貸してくれた氷枕を返して、鏡を確認すればまだほんのり赤く色付く鼻。うぅ……好きな人の前でこんな顔、すっごく恥ずかしい。
「そんなに謝らないで?本当、平気だから」
「うん……」
「ほら!気を取り直してさ、打ち合わせしよ?いくつか作ってきたから見てもらっても良──」
そう言って楽譜を音也に手渡そうとした瞬間、音也は楽譜を受け取らずに私の手首を掴んだ。
そして、あっという間に反転する視界。
楽譜がパラパラと音を立てて、床に散らばった。
「お、とや…?」
天井と一緒に見えるのは、真剣な表情をした音也の顔……背中にはふかふかのベッドの感触。私が音也に押し倒されたと気が付くのに、時間はかからなかった。
「なまえは本当に無防備だよね」
突然の状況に頭がついていかず、どうしたら良いか分からなくなる。起き上がろうにも握られた手首の力は強くて、振り解けなくて。
「曲の打ち合わせなんて、口実に決まってるじゃん」
「そっ…だっ、て」
「本当に疑わないんだね、俺のこと。ビックリしちゃったよ、男として見られなさ過ぎて」
私を見下ろす音也は、今まで見た事のない表情をしていて──
怪しく笑う、オスの顔。
いつも可愛く尻尾を降ってくる音也は、今目の前にはいない。
犬なんて可愛いものじゃない、まるで飢えた狼だ。少しだけ、ほんの少しだけ怖いと思うくらいに。
どう言葉を返したら良いか分からず、オロオロと何も出来ない様子の私に、音也は顔を近づけて距離を縮めた。
「なまえ、俺本気だよ?」
「え、あ…」
「今すぐにでも抱きたいって、思ってる」
「んっ……」
「なまえのこと、マジで好きだから」
至近距離で放たれた言葉に、心臓がグッと掴まれる感覚がした。唇に触れられると思った音也の唇は、そのまま私の首筋に埋められた。
噛み付くように強く吸い付かれ、舌でなぞられて思わず背筋が震える。
「嫌だったら今すぐにでも殴って出て行って良いんだよ」
「そんなっ…こと…」
「抵抗しないなら止めないよ?良いの?」
私の手首を掴む音也の力が緩んだ。きっと、私に抵抗する隙を与えてくれてるんだと思った。そんな優しい音也らしさに、やっぱり惹かれてしまうのだから私は彼の事が本当に好きで仕方ないみたい。
「や、じゃない……」
唇を震わせて、ようやく発した言葉。
「私も、音也が好きだから…」
目を見てちゃんと伝えたくて、私は音也の顔を必死に見つめた。多分、顔は真っ赤だと思う。音也は少し驚いた顔をした後、すぐに目を細めて「嬉しい」と笑ってくれて、その顔ににまたきゅんってした。
唇にちゅっと軽くキスされた後に、ぺろりと舐められる。驚いて声を上げようと口を開けてしまったところで、
「あっ……!」
ぬるりと、侵入してくる舌。
そのまま音也はまるで食べちゃうかのように、私の唇を貪る。唾液が絡む音が、私と音也しかいない二人の空間に響く。私はただ、音也にされるがままだ。だけどそれが全く嫌じゃないのはこの状況を喜んでしまっているからなのだと思う。
「続きしてい?」
「ぁっ、」
口ではそう優しく聞きながらも、音也の手はすでに私の胸元に伸びていて、そのまま力強く胸を掴まれた。ゆっくりと揉んでくる手に、身体も少しずつ反応してしまう。
「うん…あの、ゆっくり、してほしい」
「分かった、なるべく努力するね」
優しくそう笑った顔に安心したのも束の間、お腹を手でなぞられながら、ブラごと服を捲り上げられる。露わになる胸元を腕で隠す前に、音也の顔が先に埋まるからもうどうしようも抵抗出来なかった。
「ひぅ、ぁ、」
口に含まれた胸の先端が、音也の舌で転がされる。ちゅっちゅっと何度も吸われる快感から逃れようと足をバタつかせるけど、太腿の間に手を差し込まれてしまい、そんな小さな抵抗すら出来なくなってしまった。
「やっ、ぁ……あっ、」
「ごめん、やっぱり無理かも」
そう、一言つぶやいた音也は顔を上げて、下に履いている私の下着を剥がすように脱がした。キスをして舌を絡ませながら、カチャカチャとベルトを外す音が聞こえる。唇を離さないまま両足を大きく開かれ、間に音也の身体が入った。
「やぁっ……!あ、んっ」
「あーたまんない……なまえ、ずっとこうしたかったよ」
「あっ、おとや……」
「めっちゃ、好き」
「んぁっ、ゃ、やっやっ……」
甘い言葉とは裏腹に、力強く腰を打ち付けられる。ただ、もう激しく。本当に狼みたいに首筋に歯を立てられて本能のままに求められて、私はひたすら、ただ音也にしがみついていた。
「───ただいま戻りました。音也?……おとっ……!何をしてるんですかあなたたち!!」
その後……疲れて乱れた衣服のまますっかり寝入ってしまった私達に一ノ瀬くんの雷が落ちたのは、
……言うまでもない。
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