I want to be special to you.
真斗君は、必ず皆を名字で呼ぶ。
音也君は一十木、なっちゃんは四ノ宮。ハルちゃんは七海。
ルームメイトのレン君のことさえも、神宮寺と呼んでいると聞いた。
「みょうじ、今度の課題のことだが、」
そして勿論、私の事も。
パートナーの私に対しても、真斗君は他の人と態度を全く変えない。
それは彼の良いところでもあるんだけど、勝手に真斗君に恋をしている身としては、やはり切ないものだ。
「みょうじ?…みょうじ!」
「え、な…何?」
「どうしたんだ、ずっと上の空だったぞ」
放課後の教室。真斗君と向かい合って課題に取り組んでいるところだった。
不思議そうにこちらを見てくる真斗君。
あなたのせいです、なんてもちろん言えなくて、大丈夫だよと微笑むのが精一杯だった。
「そうか…それならいいのだが、」
前に音也君に相談したことがある。
「名前で呼んで欲しいなら、直接そう言えばイイじゃん!」と笑われた。それが出来ないから悩んでるのに。音也君の馬鹿。
「あ、」
そんな風に考え事をしていたら、持っていたシャーペンを床に落としてしまった。
咄嗟に拾おうとする私と真斗君。
二人の指が、そっと触れ合った。
…いつもピアノを弾く真斗君の綺麗な指。
触れただけなのに、熱を持ったように、熱い。
ぱちりと目が合った。
真斗君の顔が真っ赤に染まってる。
多分私も同じぐらい、赤くなってる。
「す、すまんっ!つい、」
慌てて離そうとする真斗君の手を、咄嗟に両手で掴む。それを見て驚いたように、真斗君は私を見つめる。
どきどきする。心臓が壊れそうなくらい。
「あ、あの…」
なんとなく、今なら言える気がした。
ほんの少しだけ、勇気を出して。私は真斗君をじっと見つめ返した。
「真斗君はっ、私の下の名前知ってるの…?」
「な、…」
何やってんの私!今すごく変な聞き方した!
そりゃ名前くらい知ってるに決まってるじゃない!クラスメイトでパートナーなんだから。
あぁ、もうだめだ。変な空気になった。
私はただ、真斗君に名前で呼んで欲しいだけなのに。
ううん、嘘。
本当は真斗君の特別になりたいだけだ。
皆名字で呼ばれてる中、私だけ名前で呼ばれたら、それは特別になれる気がするから。
「…なまえ」
「え!」
沈黙を破ったのは、真斗君だった。
「もちろん把握している。パートナー、だからな」
違う、違うんだよ真斗君。私が言いたいのはそうじゃないの。
「…みょうじ、」
どうして、名前で呼んでってその一言が言えないんだろう。
「…何か気に障ったか…?泣きそうな顔、してるが」
「な、なんでもない!早く続きやろうか!」
すくっと立ち上がり、椅子に座る。
真斗君も私に続いた。
「なまえ」
「え…?」
「今後はっ…そう呼んでも構わないだろうか…?」
「ど、して…」
溢れそうになった涙が一気に引く。
真斗君の顔は真っ赤に染まっている。
「私の考えてること、どうして分かったの…?」
「分かるさ…俺はお前のことをいつも見てたからな」
優しく微笑む真斗君の顔が、相変わらず真っ赤だったから。
あ、私…期待してもいいのかな。
「もう一回呼んで…」
「なまえ、」
「もう一回」
「なまえ」
「あと一回!」
「もう良いだろ!何度も言わせるんじゃない…」
ねぇ、真斗君。
私はあなたに、近付けたかな?
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