トキヤくんと、




「慌ただしいスケジュールですみません、一ノ瀬さん」
「いえ。ですが、良い所ですねここは」
「はい!もう少し時間があれば観光できたんですけどね」


タクシーを降りて到着した空港の前で、私はパタンとスケジュール帳を閉じる。ST☆RISHのマネージャーとして働き始めて早数年、仕事にもすっかり慣れた。

ST☆RISHの、と言ってもスケジュールびっしりで毎日忙しい彼らのマネージャーは、事務所の何人かで持ち回りしている。最近は自然な流れでほぼ一ノ瀬さんの専属マネージャーみたいになってしまっている…んだけど。それが実はすごく嬉しかったりするのだ。


…元々はHAYATO様の追っかけをするほど大ファンだった私。一ノ瀬さんの事を知って、もっともっと魅せられてファンになって、その気持ちはいつの間にか特別な物になってしまって。…そう、ただいま絶賛片想い中。

マネージャーなのにファンだなんて、しかも個人的に好意を抱いているだなんて可笑しな話だ。絶対に一ノ瀬さん本人に知られてはいけない、秘密の片想いなのである。


「雨、酷くなってきましたが…飛行機は大丈夫でしょうか」
「へっ!?…あ、すみません。確認してきます」


解説が長くなってしまいました、ごめんなさい。
仕事は仕事!私情は持ち込まず一ノ瀬さんとも一定の距離を保たなければ。二人きりの出張、しかも遠方だからと浮かれてはいけない。


今日は一ノ瀬さんの地方ロケに同行し、収録が終わったところだ。夜遅くなってしまったけど、一ノ瀬さんは明日朝イチで別の仕事が入っている。本当なら一泊したかったけどそれも叶わず、トンボ帰りで東京へ戻るスケジュールだ。
一ノ瀬さんには待合室に待機してもらい、私は一人空港の掲示板を確認すると、



「う、嘘でしょ…飛行機止まってる…!?」


知らぬ間にとんでもないピンチに陥っていた。







───

「満室ですか…」
「申し訳ございません」
「大丈夫です、ありがとうございます」


台風の影響で荒れた天候、まさかの乗る予定だった飛行機が欠航という、突然のハプニングに襲われた私と一ノ瀬さん。

とりあえず事務所にいる日向さんに相談して、明日の朝のラジオは別のメンバーに代理出演をお願いすることになった。


「適当に現地で一泊して、朝一番の便で帰ってこい」
なんてケロッと言う日向さんを心の中で恨んだ。

緊急事態とはいえ、一ノ瀬さんと外泊(け、決して変な意味じゃないから!)だなんて…!


「(簡単に言わないでよー…)」
「空港周りのホテルは次が最後ですね」
「あ…そ、そうですね。空いてると良いんですけど…」


泊まる場所を求めて歩き回るも、皆考えることは同じようでどこのホテルも空きがない。とにかく一ノ瀬さんの分だけでも部屋を確保しないと…最後の望みを賭けて、残り一つとなってしまったホテルのフロントへと向かった。




「二名様ですね…はい、空いてますよ」
「本当ですか!?」


よ、良かったー!これで野宿は避けられる!ほっとしたのも束の間、フロントのホテルマンから驚きの言葉が飛び出た。



「ダブルの部屋、一部屋でよろしいでしょうか?」
「…へ?」


だ、ダブル?一部屋?
情けなくポカーンと口を開けて固まる私を見兼ねて、今まで黙っていた一ノ瀬さんが口を開いた。

「二部屋は空いていませんか?」
「申し訳ございません、この天気で…どうしても」


ダブルの部屋しかご案内が出来ません。そのセリフがサーっと私の耳を通り抜けていく。
ダブル…ダブルってベッド一つだっけ?二つだっけ?あれ?ツイン?ダブル?ツインとダブルの違いってなんだっけ…。ぐるぐると頭が混乱していく。

「分かりました。手続きをお願いします」
「え…」
「かしこまりました。こちらにご記入を──」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」


サッとボールペンを走らせる一ノ瀬さんの腕を咄嗟に掴む。やば、触れちゃった…なんて!今はそんな事考えてる場合じゃない!
いくらなんでも、それはまずい。違う部屋ならともかく同じ部屋なんて、マネージャーと言えど異性なのだから色々と問題がありすぎる。何より…

朝まで一ノ瀬さんと一緒の部屋なんて、私の心臓が持たない…!


「星のさんはこちらに宿泊して下さい。私は別のホテルを探します」
「けっ、けど…もうどこのホテルもいっぱいですし…。一ノ瀬さんがここに泊まって下さい」
「いけません、あなたが泊まるべきです。空港から離れたホテルなら空きがあるかもしれませんし、最悪空港のロビーで寝泊まりしますから」
「そんな事させられません!」


こ、この方は自分の立場を分かっていらっしゃるのだろうか!?犯罪にでも巻き込まれたらどうするんですか!もう!
一ノ瀬さんを置いて私だけぬくぬくホテルの休む訳にはいかない。けど…けど!


「星のさん」
「……」
「心配して下さってありがとうございます。しっかりされてますが、あなたは女性なんです。それこそ何かあれば私にだって責任がある」
「けど…」
「こまめに連絡は入れますから。では──」


立ち去ろうとした一ノ瀬さんの腕を、私はさっきよりも強い力で引いた。


「い、一ノ瀬さん!あの──!」








───


「……」
「……」
「ベッド、いっこだけデスネ…」
「ダブルはそういう部屋ですよ」


入口で動けずにいる私を置いて、一ノ瀬さんはスタスタと部屋の奥へと入っていく。しばらくしてからようやく置いていかれている事に気が付いた私も、後に続いた。

中は典型的なビジネスホテルって感じのお部屋だ。小型のテレビ、二人がけの小さめのソファに冷蔵庫と、最低限の物は揃っている。
落ち着かずその場でキョロキョロする私とは違い、一ノ瀬さんはいたって落ち着いていて、部屋の中を物色していた。


「化粧水は…ありますね。星のさん、私は下のコンビニで必要な物を買ってきます」
「あ…はい、私も行きます」


私とは正反対に、ひっじょーに落ち着いている一ノ瀬さん。私の事など、一ノ瀬さんは全く意識してないって事だろうか。そうか…そうだよね。

部屋を出てエレベーターに乗って、下の階へ向かう途中もドキドキして堪らない私のこの気持ちを、一ノ瀬さんは何も知らないんだろうな。そう思うと少しだけ複雑になって、一ノ瀬さんの綺麗な横顔をそっと盗み見る事しか出来なかった。





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