那月くんと、




「段々日が暮れて来ましたね」
「うん。それにしても、風がきもちー!」

緑が生い茂る山の中、自然に囲まれたそのリゾート施設は休日という事もあり賑わいを見せている。街中よりも、大きく視界に広がる空。日が暮れてきたオレンジのその空の下で旅子ちゃんは両腕をめいいっぱいに広げた。


「二人で星を見に行きませんか?」


数日前に僕からした提案に、旅子ちゃんは元々大きな瞳をさらに大きく開いて、キラキラと輝かせた。

せっかくなら遠出をして、よく見えるであろう自然の中に飛び込みたいというのは旅子ちゃんの希望だった。だけど…北海道生まれで自然に慣れ親しんでいる僕と違い、彼女は東京生まれ東京育ちの生粋の都会っ子。キャンプをしたいと話した旅子ちゃんとよく相談をして室内施設が充実しているグランピングを選んだ。


「グランピング!?今流行りのやつ!」
「夜まで一緒に居られるの、嬉しいね」

そう、純粋に喜ぶ旅子ちゃんを見て少しだけ複雑になった。

だって星を見に行こう、なんて言うのは…


「(ただの口実なんです)」


恋人同士になって、ゆっくり、そしてのんびりと交際を続けてきた僕たち。数ヶ月経過するのに、中々それらしい雰囲気とは程遠くて…
少しでも、関係が進展したらと。そう可愛くない企みを抱いているのは、旅子ちゃんには内緒だ。



「ちょっとお腹空いてきたなぁ」

旅子ちゃんの言葉で意識を現実に戻す。夏に吹く風がだいぶ涼しくなり、夜の訪れを告げようとしていた。


「ではそろそろ夕食の準備をしましょう!」
「えっ」
「ふふふ!実はとっておきのレシピを考えてきたんです!」

ダンボールに入った大量の食材をどんと置いて、持参したスキレットを両手に持って掲げた。これから楽しいお料理の時間と言うのに、何故か真っ青になった旅子ちゃんは、慌てて僕の両手掴んで止める。


「な、那月くん!お料理はさ、私がやるから!」
「どうしてですか?僕、旅子ちゃんの為に作りたいです」
「う…。えっと…わ、分かった!じゃあ一緒に!一緒にやろ!」
「?」

何故そんなに必死なんだろう。僕がやるのに…作りたかったなぁ、イカの塩辛さんと納豆さんが入ったキャンプご飯。

そう思いつつ旅子ちゃんと並んで料理をするのは楽しい。外で作るのはまた格別だった。肝心の味付けの部分は全て旅子ちゃんに任せきりになってしまった事だけが心残りだったけれど。


二人でのんびりと食事に手を伸ばしながら、他愛のない話を繰り返す。自然の中でゆったりと流れる時間…旅子ちゃんと一緒に過ごす瞬間は、いつだって心地良いのだ。






───

「わっ!本当に綺麗…!」


日が完全に落ちて、外が真っ暗な闇に包まれる頃…二人で芝生に寝転んで空を見上げた。
街中では中々見られない満点の星空は、うっとりするくらい美しい。嫌なことや辛いことも全て忘れてしまいそうなくらいに。

輝く星空の下、暗がりの中旅子ちゃんの横顔を盗み見る。すると同じように僕に視線を向けていた旅子ちゃんと、ばっちり目が合った。


「…あ」
「ご、ごめん!盗み見なんて気持ち悪いよね」
「ふふ、僕も一緒ですよ。つい、旅子ちゃんの様子が気になってしまいました」

自然に触れた旅子ちゃんの手は、すべすべでなめらかで心地良い。少し力を入れて握ると、同じくらいの力で握り返してくれた。自然に見つめ合い、流れる沈黙。寝そべった状態の旅子ちゃんの長い髪が、芝生に広がっている。その髪を一房掬いながら自分の身体を起き上がらせ、旅子ちゃんに覆い被さる形になった。


「那月、くん…」

旅子ちゃんの大きな瞳に、星空と僕の顔が映った。とろんとしたその視線に吸い込まれるよう顔を近づけていく。自然に目を閉じた旅子ちゃんに、彼女も同じ気持ちだったのだと思い安心し、そっとキスを落とした。


一度なんかじゃ足りなくて、もう一度同じように口付ける。足りないと思うともう止まらず、何度も何度もそれを繰り返した。

耳に届くのは虫のさえずりとリップ音、旅子ちゃんの小さな息遣いだけ。外とは言っても暗闇だから幸い誰にも気付かれない。まるでこの世界には僕と旅子ちゃんしか居ないみたいだ。


唇を離し、上目遣いで僕をじっと見る旅子ちゃんの表情に、なんとも言えない気持ちが湧き上がってくる。



「(なんだか、むらむらします)」


旅子ちゃんの両膝の裏に手を回して、そのまま抱き上げた。「へっ!?」と声を上げた旅子ちゃんは、焦ったように足をバタバタと動かす。


びっくりするくらい軽いその身体を抱え、テントの中へと移動した。しっかりと整備されている室内には、大きなベッドが設置されていて、二人で寝ても十分なスペースが確保されている。


「あ…」

室内に入り、本当に二人だけの空間になる。あくまで自然を装いながらベッドまで誘導し、シーツの上に組み敷いたところで、旅子ちゃんも覚悟を決めたように見えた。

ほっぺを赤くして僕を見上げる旅子ちゃんの顔に、ドキドキと、心臓が音を立てる。【あわよくば】なんて思っていたくせに、いざ場面に直面するとこんなにも緊張してしまうだなんて。


じっと見下ろしたまま動かない僕を不審に思ってか、旅子ちゃんが「あの…」と声を漏らしながら身じろいだ。


「強引な僕は、嫌いですか?」
「ううん、そうじゃなくて…」
「…良かった。旅子ちゃんに嫌われたら僕、生きていけないです」
「それは、私も同じだよ」


静かな空間に、ただ僕達二人だけの声が響く。少しの沈黙の後、静寂を破ったのは旅子ちゃんだった。


「いや、あのね。なんか…」
「?」
「那月君も、ちゃんと男の子なんだなって」
「ふふ、当たり前ですよ」


二人で自然に笑い合って、額をこつんとくっつける。

ぐっと近付いた距離。眼鏡を外そうと伸ばした旅子ちゃんの両手を、そっと掴んで止めた。少しだけ不満げに変わった表情は、暗闇の中でもはっきり見えた。


「どうして?」
「見えなくなっちゃうから、嫌なんです」
「ど、どうせ暗いのに」
「良いんです、僕がそうしたいから」


その後に続く言葉を遮るように塞いだキスは強引だったかもしれない。そう不安に思う間もなく、背中に回った旅子ちゃんの腕が、力強く僕の身体を引き寄せた。





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