お泊まり!




『お見合い結婚なんてありえない』
『まだ若いのにそんなに早く人生を決めて良いの?』

周りはそう、言いたい放題言う。
そう嫌味を言えるのは、あなたがまだ本当に好きな人に出会っていないからでしょう?って言い返したくなる。

私はお見合い婚に後悔なんてない。だって、そのおかげで真斗さんと出会えたんだもん。


初めて写真でお顔を拝見した時、なんて綺麗な人なんだろうって思った。心臓を鷲掴みにされる感覚…私は一気に真斗さんに恋に落ちた。



順調に事は進んで無事に今日、結納を終えた。真斗さんと二人で暮らす夢の日々まで、あと数ヶ月という所まで来た。布団の中でゴソゴソと動き、身体を真斗さんの方にこっそりと向ける。仰向けの姿勢で眠っている真斗さんからは小さな寝息が聞こえていて。この瞬間に、私は一人幸せを噛み締めるのだ。



「(…大人なキスだった)」


自分の指で唇をなぞる。あんなキス、生まれて初めて。すっごくドキドキして、でも嫌なんかじゃない。もっとしたい、って…欲張りになる。

私は真斗さんの事が本当に大好きだ。だけど時々不安に駆られる。真斗さんは、私と結婚して後悔していないのかなって。本当は私の他に、結婚したい女性が居たんじゃないかって。




『…昔に、少しな』


そう、切ない表情を浮かべた真斗さんに、胸がぎゅっと締め付けられた。


分かってる、過去の話だと。だけど自分から話を振ったくせにこんなにも苦しくなる。

昔の話なんて聞きたくなかった。他の女の人の事なんて思い出して欲しくなかった。

真斗さんの思い出を、私が全部上書き出来たら良いのに。



「おやすみなさい」

そっと呟いてから私は、すすすと真斗さんに身体を寄せた。布団越しに真斗さんの温もりを感じながら、そっと目を瞑る。





「(……ん?)」 

眠りにつくその前に、ふと感じた違和感。隣の真斗さんがもそもそと身体を動かし始めた。え…起きちゃうかな。とりあえず起きる事はなく、寝たフリを決め込んで息を潜める。


すると次の瞬間──



「いだっ」

横向きに寝ていた私の頬を、何かが掠めた。もう何…と思いその正体を確認すると…


「(真斗さんの、う、腕?)」

真斗さんから伸びる長くてしなやかな腕。それが私の首下に乗っかっている。く、くるし…!


何とか退けようと試みるけど、中々の強い力だ。やっとの思いで真斗さんの腕を元の位置に戻す。寝苦しかったのかな、大丈夫かな。そう心配になるけど、当の本人は落ち着いた様子で眠っている。寝ぼけてたのかもしれない。

ふふ、意外。ちょっと可愛いかも。
そんな一面を知れて嬉しいな…なんて。


この時の私は、呑気そのものでした。



今度こそ眠ろうとしたら──隣の真斗さんが身体を捩って動いているのが分かり、再び目を開けた。そして、


「んっ、あ!?」

真斗さんが私の方向に、勢いよく寝返りをする。私にのしかかってくる、大きな身体。

お、重い!ていうか、そういう問題じゃなくて…!距離!距離が近すぎるの…!


「真斗さ、あの…!」

真斗さんの身体を押し退けようと、必死に力を入れるのに、全然動いてくれない。それどころか真斗さんの腕は私の背中に回って、ぎゅっと抱き締められる形になってしまった。


「ん…」
「(ああああ)」

もぞもぞと動く真斗さん、はだけていく浴衣。目の前には素肌が晒された、真斗さんの胸板がある。更には私の足に真斗さんの両足まで絡んできた。どんどんと、私の浴衣も捲れ上がってきて…足元と胸元がスースーしてくる。


完全に密着し、直に感じる真斗さんの体温。身動きが取れない身体に、耳元に感じる吐息。

だ、だめっ…これはもう…!


「(心臓、爆発しそう…!)」


バクバクと心臓を鳴らす私の事など露知らず、穏やかに眠る真斗さん。だけどその寝相だけは穏やかなんてものじゃなくて、しかも力は強くて…あ、あわわわわ…!

隣で感じる真斗さんの熱と、パニックになる私。


「(こ、子作り前にこんなのダメだってばーっ!)」


そして夜は更けていって────








───


い、


いっ…


一睡も出来なかった…!


何とか私が無事に真斗さんから脱出した頃には、もう朝日が昇っていた。当の真斗さんは元の位置で(私が無理矢理戻したんだけれども!)、眠りについたまま。


真斗さんはまだ眠っているけど、先に起きなくちゃ…と思い、むくりと起き上がる。髪はボサボサ、目の下は多分くっきりクマが残っているだろう。

こんな顔、真斗さんに見せたら幻滅されちゃう。とりあえず髪を整えて、BBクリームでクマだけでも隠そう…。



「…ん」

立ち上がろうとしたら、真斗さんの声がうっすら聞こえた気がした。真斗さんの顔をじっと見つめて少しの時間待っていると、綺麗に閉じていた瞳がぱちっと開いた。そして寝ぼける様子もなく、真斗さんは驚く程すんなりと身体を起こした。


「おはよう、旅子」

朝一番とは思えない、爽やかな笑顔にずぎゅーんと心臓を打たれてしまう。寝起きでこんなにかっこいいとか…ずるいと思うんです、真斗さん。


「おはよう、ございます」

ていうか!目覚め良すぎないですか!?
昨日あんな寝方をしていた方と、本当に同一人物ですか…!


「よく眠れたか?」
「は、はい…大丈夫です」
「ははっ、嘘だな」

真斗さんは笑って私の顔に手を添えた。右手の親指でなぞられるのは、目の下のライン。や、やっぱり…クマが残っていたのだろうか。恥ずかしい…!


「慣れない環境だと落ち着かなかったろう」
「そ、そんな事ありません!」

あなたのせいです──とは言えず。優しく微笑む真斗さんに朝からきゅんとしてしまった事に加え、寝不足で頭が働かない私。乱れた浴衣をサッと直す真斗さんに見惚れながらも…これからの新婚生活にほんの少し、ほんの少しだけ不安を覚えるのだった。





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