目が覚めたらキスのお返しを

スマホの画面を点灯させると3月14日の日付が目に付いた。時刻は19時過ぎを指している。


衣装から私服へ着替えを終え、メッセージアプリから愛しの彼女へと連絡を入れた。レストランの予約は20時だから、今から迎えに行けば充分間に合うだろう。



「ごめんね、お先に失礼するよ」
「おう!お疲れ〜」


楽屋でくつろいでいるメンバーに別れを告げ、スタジオを後にする。自然と駆け足になってしまうのだから、自分でもつい笑ってしまった。




「良いよなぁレンは…本命がいてさ」
「けどレンの誕生日がバレンタインで、彼女の誕生日がホワイトデーだなんて、なんか運命的だよね」





1ヶ月前の2月14日、オレの誕生日でもあったバレンタインデーに、なまえはとびきりのもてなしをしてくれた。

「高級なお店、とはいかなかったけど」なんて笑っていたけど、家に呼んでくれて手料理を振舞ってくれて。十分過ぎるくらい幸せな時間をプレゼントしてくれたんだ。


今日は本来のお返しをするホワイトデーに加えて、なまえの誕生日でもある。柄にもなく、1ヶ月前からどうしようかと悩みに悩んで、念入りに準備をしてきたつもりだ。プレゼントも、喜んでくれると良いけど。



冬のコートから衣替えをした、春のトレンチコートを羽織りなまえの家へと向かう。横断歩道の信号で立ち止まった時、ポケットに入れていたスマホの音が鳴る。なまえからのメッセージかと思い、人通りの邪魔にならないよう歩道の端に移動し、スマホの画面を確認した。



「子羊ちゃん?」

それはちょっと意外な相手からだった。七海春歌の名前と表示されたメッセージを読んですぐに、返信を送る。なまえの自宅へと向かっていた足を翻し、来た道をまた戻ろうと歩みを進めた。










────


「神宮寺さん!すみませんわざわざ来て頂いて…」
「大丈夫だよ、気にしないで」


ここは事務所の作業室。ドアをノックすると中から開かれ、眉を下げた彼女が姿を現した。


無造作にテーブルに広げられた楽譜たち。その中央で、自分の腕を枕にして眠りこけるなまえの姿があった。


声をかけようと肩にそっと触れると、すーすーと寝息が聞こえる。穏やかで可愛らしい寝顔…随分と深く寝入っているようだ。これは、子羊ちゃんも起こすに起こせない訳だ。



「…私、仕事が立て込んでいて今日の締切に間に合わなそうだったんです。そしたらなまえちゃんが手伝ってくれて」
「うん」
「なまえちゃん自分も忙しいのに…それに今日、予定ありましたよね…?それなのに大丈夫だからって…」
「うん、分かってる。なまえはそういう子だよね」


困っている人がいたら見て見ぬふりが出来ないタイプ。悪く言えばお人好し過ぎる、のかもしれない。だけど間違いなく、この性格は彼女の魅力そのもので自分もそんななまえを好きになった。だからたとえ人助けでデートが中止になったとしても、責めるつもりは1ミリもない。むしろ、そんな彼女を誇らしく思うくらいだ。


子羊ちゃんが掛けてくれたであろうブランケットをそっと避けて、両腕にその身体を抱きかかえた。身体を浮かせた瞬間、なまえが一瞬幸せそうに微笑んだ気がして、それすらも愛おしい。



「タクシー呼びましょうか?」
「いや、オレの自宅の方が近いしそっちに帰るから大丈夫だよ」


何度も頭を下げて詫びを入れる子羊ちゃんにお礼を言って、事務所を出た。

3月になったとは言え、夜になると外はそれなりに冷え込む。なまえの服装を改めて見ると、新品のニットのワンピースにヒールの高い靴。仕事を終えてから、まっすぐ待ち合わせ場所に向かおうとしたのだろう。いつもに増して御粧しこんだなまえは本当に美しくて、どこかの国のお姫様みたいだ。



「(なんて、ね)」


自分の家に到着して、すぐにベッドの上になまえを下ろした。軽く身じろいだなまえの姿を見るだけで、こんなにも愛おしい。


「…レン」
「なまえ?」
「んー…んぅ」
「寝言かな?」





「へへ、おたんじょうび…おめでと…」





「…ははっ」


1ヶ月前の夢でも見ているのだろうか。幸せそうに口角を上げたなまえは、すぐに安心したようにまた寝息を立てた。


目が覚めたらなまえは、さぞかし焦って今日のことを詫びるだろう。そんな言葉を遮るように、起きた途端にとびきりの甘いキスをプレゼントしてあげようか──そう決め込んで、今だ眠るなまえの前髪を分けて、額にそっとキスを落とした。







「…レン、あの」
「おはようなまえ」
「昨日は本当にごめんなさい。けど、朝起きてすぐに…ちゅーは、その」
「うん…」
「恥ずかしいしびっくりするし、臭いとか…気になるし…ご、ごめん!そんな悲しそうな顔しないで…!」


今朝、有言実行をしたオレに対してひどく驚いたなまえは、「ぎゃー!」と叫んでベッドから転がり落ちた。そのリアクションがあまりに可笑しくて、可愛らしくて、笑いを堪えるのに必死だった。キスを喜んでくれなかったのは若干不服だが、まぁそんな所も恥ずかしがり屋の彼女らしい。


「レンごめんね?昨日のことも…怒ってる?」
「ふふ、大丈夫。だけど代わりに、今日──なまえの一日をオレにくれる?」
「え?」
「昨日のデートの仕切り直し。レストランはもう予約を取り直してあるから」


お返しはきっとキスだけじゃ足りない、何よりオレは満足しないから。とびきりの特別な日を、二人で過ごしたい──そう伝えれば、なまえは目を細めて嬉しそうに笑った。




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