キミの本命は誰のもの?

「おはよう。もう楽屋入っても平気?」
「美風さん、おはようございます。どうぞ」


楽屋のテーブルを拭き終わり、セッティングも完了した所で、美風さんがドアを開けて現れた。

2月中旬──真冬の寒さに私は鼻と耳まで真っ赤にして出勤したというのに、いつも通り飄々としている。



QUARTET NIGHTのマネージャーとして事務所に雇用され数ヶ月。本人たちが現場入りする時間もばっちり覚えた。


「いつも早すぎるかな?ごめんね」
「いえ!遅れて来られるより全然良いです」

そう言いながら紙カップに常温のお茶を入れた。これも、美風さんが好んでいるもの。


ちなみにいつも一番に現場入りするのは決まって美風さんで、集合時間ピッタリ20分前。次に10分前に来るのが黒崎さん、5分前がカミュさんでギリギリに来るのが寿さんだ。




「…はよ」
「おはようございます、黒崎さん」

ほらね?私の言った通りでしょう?


「腹減った。何か食わせろ」

この発言もいつも同じ。だから私はマネージャーとして、いつも万全の体制で臨んでいるのだ!
私はドヤ顔で自分のバッグから予め用意した物を取り出した。


「はい黒崎さん!バナナです!」
「……」
「ちなみにエクアドル産です!」
「きょ、今日に限って言えばそれじゃねーだろ!」
「え!?ご、ごめんなさい!」


喜んでくれると思ったのに、急に怒られてしまった。な、なんで!?フィリピン産の方が良かった!?

「期待したじゃねーかよ…」とブツブツ言う黒崎さんを見て申し訳ないような、突然怒られ理不尽なような複雑な感情になる。



すると後ろからドアを開く音。振り返ると予想通りカミュさんが現れた。


「…おはよう」
「おはようございます、カミュさん」

カミュさんには糖分補給が必須だ。猫型ロボットのポケットのように何でも出てくる私のマイバッグから、今度は例のスイーツを取り出す。わざわざお店の下調べまでして買ってきたものだ。


「今日のスイーツは…ギモーヴです!行列に並んで買ったんですよ」
「……」
「あれ…?お気に召しませんでした?」
「今日は違うだろう!」
「え?え?なんで!?」
「…いや、何でもない」


まさかの反応に呆気に取られる。甘い物なら何でも喜んでくれる、あのカミュさんが「違う」ってどういうこと!?ぎ、行列に並んでまで買ったのに!?


「(私の努力って一体…)」


なんだか今日は空回りしてばかりだ。明らかにしょんぼりして、私が「落ち込んでます」アピールをしても、黒崎さんもカミュさんも慰めるどころかイライラしている。



「なまえ」
「なんですか、美風さんまで私にダメ出しですか…」
「そうじゃなくて、多分…あの二人が言いたいこと」
「分かるんですか?」
「だって今日はバレ──」
「藍!何も言うんじゃねぇ!」


……バレー?
何か言いかけた美風さんの口を黒崎さんが慌てて塞いだ。二人で何かコソコソ話していて、いつの間にかカミュさんもその会話に加わっていた。今日の黒崎さんとカミュさんは一層様子がおかしい。メンバー同士、仲が良いのは良いことだけど。



「バレンタインだからチョコレートが欲しいんでしょ?素直に言えば良いのに」
「ばっ…!そんなんじゃ、ねーし」
「嘘ついてるの、バレバレだけど」
「…自分から言うの、カッコわりぃだろ」
「珍しく黒崎の意見に同意する」

「おっはよーん!」


集合時間までまもなく、という所で大きくドアが再び開いた。今日も元気いっぱいなのは寿さんだ。寿さんは、いつもと変わらない様子で妙に安心してしまう。「おはようございます」と挨拶すれば「おはようみょうじちゃん!」と倍以上の大きな声で返してくれた。



「ところでみょうじちゃん、僕たちに何か渡すものない?」
「え?」
「嶺二!」
「寿!」

ニコニコと私に手の平を差し出す寿さんに、黒崎さんとカミュさんが同時に詰め寄った。きょとんとする私と寿さんに、なんだかバツが悪そうに口をモゴモゴとする二人。


「え?ランランもミューちゃんも欲しくないの?」
「いや、それは…だな」
「…む」
「あの寿さん、渡すものとは?」
「またまたー!だって今日はバレンタインでしょ?僕たちみんな、みょうじちゃんからのチョコレートが欲しいんだよ!」


2月14日…そういえば今日はバレンタインだ。
まっすぐな寿さんの要求に二人の顔をちらりと見ると、目を逸らしながら恥ずかしそうにしている。その顔がまた新鮮で、ふふっと小さく笑った。美風さんは横で腕を組んで呆れた顔をしている。



「そんな…忙しくてバレンタインなんて忘れてました…」
「うえぇー!?嘘でしょ!?」
「……なーんて!嘘でーす!ちゃんと持ってきましたよ!」


後ろに隠していた四つの小さな紙袋を、じゃーんと掲げた。有名な高級ブランドの限定チョコレート。たくさん悩んで、貴重なお給料を使って取っておきのものを購入してきたのだ。



「…んだよ」
「……」
「用意していない訳ないじゃないですか〜!お世話になっているんですから」


実は…本当はすぐに渡そうと思ったけど、黒崎さんとカミュさんがソワソワしているのが面白くて、気付かないフリをしていた。いつもイジられているから、ちょっぴり仕返し。
してやってり!と満面の笑みを浮かべると、悔しそうな顔をする黒崎さんと目が合って、今日だけは優越感に浸れた。



「どうぞ、【義理】チョコです!いつもありがとうございます」
「え!?」
「は?」
「…む」

そう言って渡したら、三人は呆気にとられたような顔をした。美風さんだけは唯一、「ありがとう」と紙袋をにこやかに受け取ってくれた。

ん?と思いながら首を傾げていると、三人は顔を見合わせてしばらく固まっていた。な、なんで?今日はよく疑問が浮かぶ日だ。


「あ、はは…義理ね、うん…」

苦笑いしながら受け取ってくれる寿さんに、あとの二人も続いた。素直にありがとうって受け取ってくれれば良いのに、ちょっとだけモヤモヤが残る。


「(別に、良いんだけどさ…)」

既製品なのが気に入らなかったのだろうか…。普段、自分では中々買えない高級チョコを奮発したのに!
実のところ、本当は手作りにしようと思ったけど、理由があって出来なかったんだ。だって…




「おー、今日は久々に共演だな。よろしく」
「あっ!龍也さん!」

微妙な空気の中、ドアがまたがガチャリと開いて事務所の取締役である日向龍也さんが顔を覗かせた。その姿を確認して、音を立てる心臓を誤魔化すようにピンと姿勢を正す。


そしてバッグから取り出したもうひとつの色の違う紙袋。その紐をぎゅっと握って、私は龍也さんに駆け寄った。



「あの、龍也さん…バレンタインチョコです。手作り、なんですけど…」
「おう、毎年ありがとな」

笑ってガシガシと頭を乱暴に撫でられる。
それが嬉しくてきゅんってして、頬が緩むのを止められない。



「【龍也さん】って…!?」
「毎年…!?」
「手作りだと…!?」

上のセリフから寿さん、黒崎さん、カミュさん。
わなわなと震える三人に軽く挨拶をした龍也さんに、笑顔で手を振って見送る。
ドアを閉める時、耳打ちで「また、後でな」なんて言われちゃうから胸のドキドキが止まらない。

…ふふ、やっぱり今日は良い日だ!


「ご愁傷様、三人とも」

楽屋に美風さんの静かな声が響いて後ろを振り返ると、何故だか三人はガックリと項垂れていた。頭にはてなマークを浮かべると、美風さんはいつもの冷静な表情で「気にしないで」と言う。


「僕ちん、今日帰ろうかな…」
「やる気失くした」
「珍しく二人に同意する」
「ちょ…!真面目に仕事してくださいよ!」



その後の収録は散々だった。
三人とも上の空で、全然スムーズに進まないせいで収録時間が1時間も押してしまったのだ。もう!せっかく、龍也さんとのデートが待ってるっていうのに…!


「まったく!龍也さんに迷惑かけるだなんて…!しっかりして下さい、そこの三人!」
「ばっ…おめーのせいだろうが!!」
「私のせいにしないで下さい!」


その原因がまさか自分にあろうとは、

この時の私は微塵も思わなかったのでした。



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