ストライカーに恋した

「…あ、またサッカーしてる」


早乙女学園の放課後は早い。
生徒たちの自主性を重んじている校風から、自由な時間をたくさん与えてもらっているのだ。

その分課題も多く、放課後は遊びに出かけて羽を伸ばしたり、早めに寮に帰って課題に取り組んだり。アイドルコースの生徒は練習室を借りてレッスンをしたりと、その過ごし方は様々。


かく言う作曲家コースの私は、特に目立った趣味もなく友達も少ないから、こうして一人で過ごすことが多かったりする。



「音也ー!そっちボール行ったぞー!」
「任せて!」


ちょうど校庭がよく見える、小さな木のベンチ。ここが私のお気に入りスポットだ。


ここに座ってイヤホンで音楽を聴きながら、日が暮れるまで過ごす。本を読んだり今日の授業の復習をしたり。傍から見たらなんて地味な過ごし方なんだろう。


それに比べ、彼らはいつも充実した表情を見せて今日もボールを蹴っている。同じクラスの、一十木音也くん。クラスの、いやきっと学園中の人気者の彼と私の住む世界は、こんなにも違うのだ。


あぁ、一十木くんは今日も眩しく輝いている。




「馬鹿なこと言ってないで、課題やろ」

ペラペラとテキストのページを捲り、膝の上に広げた。うーん、この単語の意味なんだっけ…。早速つまづいた私は、隣に置いたバッグを漁って辞書を探す。あ、あれ?見つからない…。教室に置きっぱなしだっけ?いや、ちゃんと持ってきたはず──。


そう、つまりは余所見をしていたのだ。





「危ない!!」
「へっ?」


大きな声が聞こえて、咄嗟に顔を上げた瞬間、顔面に強烈な衝撃が襲った。反動で後ろに倒れ込む。


いっ…痛っ…痛ぁぁぁい!


あまりに痛くて朦朧とする意識の中、コロコロとサッカーボールが転がっているのがかろうじて見えた。鼻がヒリヒリする。そっか、サッカーボールが顔に当たったのか…にしても痛い…!


すぐに大層慌てた一十木くんと来栖くんが私の元に走ってくる。


「おい!大丈夫か!?」
「ゴメン!!コントロールがバグっちゃって…!」


青ざめた顔の一十木くんが私の両肩を掴んだ。間近で見ると本当に綺麗な顔…って、こんな時に私は何を考えてるんだ!


「だ、大丈夫です!私も余所見してたから──」


鼻を抑えていた手をぱっと離して、両手を顔の前で振って平気なことを伝える。その瞬間、

たらり、と鼻から何かが垂れる感覚がした。



「……!」
「みょうじさん!ちょっ…鼻血が…!」
「俺ティッシュ持ってるから!ほら──」


親切に来栖くんがポケットティッシュを差し出してくれる。その厚意を受け取る余裕もなく、ぽかんと固まってしまう私。


すると驚いたように、同じく一十木くんと来栖くんの動きも止まった。

その理由は多分、私が涙を流して泣き出したから。



「…ふっ、うぅ…えー…」
「わー!泣くほど痛かった!?いや痛いよね!ど、どどどうしよう翔!」
「おまっ…本当に最悪だぞ音也!と、とりあえず保健室に…!」


情けないことに、一度スイッチが入ったら涙は止まらない。泣きじゃくる私に、大慌ての一十木くんと来栖くん。


そして私は謝罪を続ける一十木くんに連れられ、保健室へと向かうのだった。








────

「ほんっとーにゴメン!!」
「あの…もう、本当に気にしないで良いので…」
「気にするよ!女の子の顔にボールぶつけるなんて、最低だ俺」
「ほら、私アイドルコースじゃないので…」


両膝に手をついて頭を下げる一十木くんに、さすがに申し訳なくなる。保健室の先生が不在だったから、一十木くんが私の鼻の頭に貼ってくれた絆創膏、そして鼻に詰められたティッシュ。この顔を見られたくなくて、ハンドタオルで抑えて鼻から下を隠した。


「…泣き止んだ?痛かったよね」

眉を下げて、上目でちらりと私を見上げるその姿は、まるで叱られた子犬のよう。うっ…だからそんな顔で見つめないで…!


そもそも泣いた理由はボールがぶつかって痛かったからじゃないの。一十木くんの目の前で…鼻血を出したことがとにかく恥ずかしかったから、それが理由。さらに泣きわめくなんて、情けないことこの上ない。


こっそり憧れてた一十木くんに、こんな醜態を晒すなんて。



「お詫びに何か奢るよ、いや奢らせて!そんなので許されるとも思ってないけど」
「だ、大丈夫です!その、ほんとに…」
「やだ!俺の気が済まない!マックとかで良い?…あ、女の子だからカロリー気にする?」


とんとん、と話を進めていく一十木くんに言われるがまま、この後二人で街へ繰り出すことになってしまった。一十木くんの貴重な時間を、私なんかがご一緒して良いのだろうか…と、何度も遠慮するけど一十木くんも引いてくれないから私は潔く諦めることにした。


「あの、それなら…」
「うん」
「クレープが、良いです」
「クレープ?」
「甘いもの、好きなので…」

一十木くんと一緒ならば、どこでも良い。だけど
せっかくなら、と自分の好物をリクエストしてみる。図々しいのは百も承知だ。


私の言葉を聞いた瞬間、ぱあっと一十木くんの大きな瞳が輝く。今度は餌を与えてもらって喜んでしっぽを振る子犬みたい。


「へー!知らなかった!ねぇ、他にも色々教えてよ」

身を乗り出してまるで興味津々、と言わんばかりの一十木くんの反応に、どう返したら良いか分からなくなる。まさかそこに食いつくとは思わなかった。



「な、何かまずかった?」
「い、いえ…その。一十木くんのような陽キャは、私みたいなのには関心がないかと…」
「ははっ、何それ!そんなの関係ないよ」


さすが学園イチの人気者(私調べ)は、誰に対しても優しい。このコミュニケーション能力の高さが、彼が人気者たるゆえんなのだろう。あまり男の子に親切にされた事がない私は、容易くきゅんとしちゃう。



「俺、みょうじさんともっと仲良くなりたいって思ってた」
「…は」
「ほらせっかく同じクラスだけど、ほとんど話したことなかったし。思いがけずだけど、こうして話せたのはちょっと嬉しい」


ほんの少し、照れたように頬をかいた一十木くんの顔は、私の想像していた彼の姿とはちょっと違っていた。
キラキラ輝く、アイドルの卵で…遠い存在の人気者って言うより、

等身大の、年頃の男の子って感じだ。



あ、ボールのことは本当にごめんね!と慌てたように弁解する一十木くんに、妙な親近感が湧いてしまった。ふふっ、と笑みが自然に零れて、顔を隠していたハンカチもいつの間にか自然に仕舞っていた。


「私も嬉しいです」
「ほんと!?」


ほんわかするこの気持ちは、きっと憧れだけで終わるとは思えなくて。
だって、「じゃあ行こ!」って笑う一十木くんにこんなにもドキドキしてるんだから。


保健室を出るこの一歩目が、恋へと踏み出す第一歩になると良いな。



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