ハロウィン☆ナイト

10月31日の夜は、危険がいっぱいである。



「やば…出る時間遅くなっちゃった…!」

人でごった返す渋谷のスクランブル交差点を見て、私は絶望に近い感情を抱いた。見渡す限りの人、人、人。何を隠そう今日は10月の月末、いわゆるハロウィンの夜である。


「(これ、私駅まで辿り着ける?)」


奇しくも渋谷区に在中する私の勤務先、そして今日に限って深夜まで残業になってしまい、結果この人混みに鉢合わせる羽目になってしまった訳で。ツイてない、せっかくの夜なのに本当にツイてない。だけど家には早く帰りたい。

何より時間に厳しい彼への連絡が遅くなればなるほど、こっぴどく怒られるのが目に見えているのだ。
ふぅっと息を勢い良く吐いてから、私は激しい人混みの中に突撃して最寄り駅を目指した。



良かった…人数こそ凄いけれど先に進めない程ではない。辺りを見渡せば思い思いに仮装している若者たちが楽しそうに声を上げてはしゃいでいた。それにしても、


「増えたなぁ、シャイニング事務所のアイドルの仮装…」


もはや国民的アイドルとなった彼らを模して、街を堂々と歩く多くの人々。何と言っても、今年は彼らが出演する映画が公開された年だもんね。


黒い刑事服にボディスーツ、海賊の格好もいるけど一番多いのはやっぱり…



「(吸血鬼だらけ…)」

白や黒のシャツに、暗い色の長ズボン、そして長いマント。

4つの映画の中でも異彩を放ち、大変話題になったBLOODY SHADOWSの仮装だ。ハロウィンとの親和性も高いもんね、あの衣装…。
うわ、正面から歩いてくるあの人クオリティ高い…!



「こんばんはお姉さん」
「へっ?」

前髪をオールバックにした背の高い男性にニッコリと微笑まれる。まさか声を掛けられるとは思いもしなかった私は、つい素っ頓狂な声を出して立ち止まった。

先程は気が付かなかったけど、その男性の後ろにはさらに二人の男性がいて…三人ともほぼ完璧に衣装や髪型をコピーしていて、様になっている。


だけど…空気で察する、ちょっとだけ嫌な予感。



「お姉さん、可愛いね。スーツ着て、OLのコスプレ?」
「こっ…これはれっきとした仕事服です」
「ねぇ、良かったら一緒に写真撮らない?」
「自分で言うのも何だけど、結構イケてるでしょ?俺ら」
「何なら本人達より似合ってるんじゃね!?なんてね〜」


な、何この人達!?面倒くさい!

咄嗟に逃げようとしても前を塞がれ、人混みもすごく退路もない。助けを求めようにも、皆自分に酔いしれているのか周りなんて一切気にしていない様子だ。もう嫌!私は早く帰りたいだけなのに!


目の前の男性達に適当に愛想を振りまいて誤魔化す。そして適当に逃げる、そのつもりだったのに。



「本人達より、とか何様ですか?」
「…あ?」
「聖川さんと神宮寺さんと藍…くんの方が数百倍、いや数億倍カッコイイですけど」
「「……」」
「なっ…!なんてー…あはは…」


こ れ は 、 ま ず い 。

一瞬で冷たい目になる三人の男。サーッと顔を青ざめる私。
どうやら心の声が、無意識に漏れてしまったようである。



「…なんだよこのアマ!」
「マジでムカつく!ちょっとこっちに来い!」
「痛っ!や、離してください!」

一人の男に力強く腕を掴まれる。痛いにくらいに握られ引っ張られ、ヒールのせいで足元も踏ん張れず連れて行かれそうになる。

どうしよう、どうしよう…!とにかく誰かに助けを…大声を出せば警備の人が気付いてくれるかもしれない。

こんな非常事態にやけに冷静な自分に感謝する。これも彼氏の影響か。まぁ良いか、とにかく今はこの事態を切り抜けないと!助けを求めるべく、私は息を大きく吸った。その時──




「いっ…!てぇ!」
「その汚い手、すぐに離してくれる?」
「あぁ!?何だ…って、は!?」
「マジ!?」

腕にかかった圧力から解放され、目の前の男はとんでもなく驚いた顔をしている。私を助けてくれたであろうその人影は、暗闇であることに加え後ろを向いていたため、どんな人なのかすぐには気が付けなかった。


「ねぇ!あれもしかして美風藍!?」
「まさかぁ!こんなところに本人が来るはずないでしょ」
「でもめっちゃアイレスに似てるよ〜」


その正体は、横を通り過ぎた女の子の声によって明かされた。

「行くよ」
「…っ!?あ、藍くん!?」


振り向いたその顔は、本当に美風藍くん本人だった。まさかのご本人様登場に動揺して、あわわと口が半開きになる。さすがに本人が登場する訳ないと思っているのか、周りの人々は藍くんだとは気が付いていないようだ。


そのまま今度は優しい力で手を握られ、私は藍くんに細い路地裏へと連れて行かれた。ひとまず、人混みを避けられたことに安堵して一息吐く。


「びっくりしたー…どうして藍くんがここに?あとその格好…」


目の前の藍くんは映画の役柄と同じく、髪を下ろし前髪もセンター分けにしている。さっきは気が付かなかったけど、赤いカラコンも入れてメイクも吸血鬼仕様。服装こそ私服だったけど、その姿は美風藍ではなく、本当にそこにアイレスが存在しているようだった。


「それはこっちのセリフ。これは撮影の後そのまま帰ってきただけ。ねぇ、今何時?」
「じ、じゅうにじです…」
「ここまで遅くなった理由は?今日は街が荒れるから早く帰るよう伝えたよね?」
「ざ、残業してました。ごめんなさい」


目の前の藍くんにまくし立てられ、私はぺこりと頭を下げる。藍くんがふぅ、と溜め息を吐いた気配がして顔を上げようとする前に、壁に背中が着いた。



身体の両側には藍くんの腕、完全に閉じ込められる。目の前には真剣な眼差しを向ける藍くんがいて、そのバックには輝く満月が見える。

その背景も相まって…まるで、本物の吸血鬼みたい。



「謝ればよろしい」
「は、はい」
「どうしたの?顔赤らめて」
「な、何でもない!」


ニヤリと笑った藍くんの口元から、差し歯と思われる長い八重歯が見えた。クラクラしてしまいそうな程美しいその笑顔に、心が奪われてしまいそう。

じっと見つめられるのが照れ臭く、ぷいっと顔だけ横に向けた。本当はこの拘束から一刻も早く逃れたいけど、藍くんの性格上中々解放してくれないことも、私はよく知っている。


「本物の吸血鬼みたいって思ってるでしょ」
「こ、心を読まないで…!」
「良いよ。キミの血…貰ってあげる」


顔を横に向けたせいで、藍くんの目の前に晒してしまった首筋…藍くんがそこにゆっくりと顔を埋めた。首筋に息がかかり、ゾクゾクする私の身体。耐えきれず彼の背中に腕を回してぎゅっとしがみついて目をきつく瞑った。




「う・そ」


だけど覚悟していた首筋への刺激は与えられず、耳元に届いたのは熱い吐息と艶っぽいソプラノの声。


「さすがに外ではしないよ。残念だったね」
「ざ、残念なんかじゃ、…ないもん」
「はいはい、じゃあ家に帰るとしようか」


やばい、耳が沸騰しそうなくらい熱い。
ようやく放してくれて自由の身になったと言うのに、それが本当に残念で仕方ないなんて。

こんなはしたないことを思うのは、特別な夜の異様な雰囲気のせいなのか、それともいつもに増してセクシーな藍くんのせいなのか。


「(きっと両方だ…)」


家に帰ったら飢えた吸血鬼のような藍くんに食べられてしまう展開だろう。だけど今日は、今日くらいは浮かれてそのまま美味しく召し上がられたい。


ドキドキと鳴り止まない胸を抑えた私は藍くんの手に引かれるがまま、怪しい夜の闇に消えていった。




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