ピュアピュア
※瑛二視点
「はい、どちら様でしょうか」
『突然申し訳ございません。私、ナギくんのクラスメイトのみょうじなまえと申します』
「そ、そうですか…。生憎ナギは仕事で不在にしてまして…」
「上がってもらえ、瑛二」
インターホン越しの会話を聞いていた兄さんが、読んでいた台本から目線を上げて俺にそう伝えた。その場にいた全員が興味津々と言った顔をしている。
だ、大丈夫かなコレ…面倒なことになりそうな香りがするんだけど…。けど兄さんが言うなら仕方ない、全員の視線を浴びながら俺はインターホンのロック解除のボタンを押した。
「分かりました。お上がり下さい」
今日は仕事が入っているナギを除いて、メンバー全員が家に揃っていた。こうして集合するのはかなり珍しい。せっかくのオフなのに誰も外へ出掛けることなく、家でのんびりしているなんて…何日ぶり?いや何ヶ月ぶりかレベルだ。
そんな日に、我が家にやって来たのは
「お邪魔致します」
とっても可愛いらしい小さな女の子だった。
「なんや、随分キュートなお嬢さんやなぁ」
「礼儀正しい…」
「ナギのように小さい…小動物のようだ」
「えっと、コーヒー…はまだ早いのかな?オレンジジュースで良い?」
「は、はい。ありがとうございます」
見慣れた制服を着たその女の子は緊張したように背筋をぴんと伸ばしている。そりゃそうだよね…大の大人がぐるりと取り囲んでソファに座ってるんだもの。
オレンジジュースと、昨日の差し入れで貰ったクッキーをお皿に盛り付け、みょうじさんの前にコト、と置いた。丁寧にお礼を繰り返してくれる彼女からは育ちの良さが滲み出ている。
「大和、ナギに連絡を入れておけ」
「はぁ?何で俺が」
「ちょうどスマホを持っているだろう」
「パズドラやってたんだよ!…ったく、別に良いけどさ」
ブツブツ言いながら大和がスマホを操作してナギに電話をかけた。時計を見ると夕方の5時。聞いていたスケジュールだともう仕事も終わっているはずだ。
「…あぁ、ナギか?いや、お前に客。えっと…みょうじさん?つって…おー、すぐに帰ってこい」
「なまえちゃんはナギちゃんと学校で仲良いん?」
「はい!座席が隣なんです。いつも勉強とか分からないところ教えてくれて…お弁当もよく一緒に食べてます」
「ナギはあんまり学校の話を聞かせてくれないからね」
苦笑いしながら、俺も彼女の前の席に腰掛けた。
「ナギくんはすごいんです!誰よりも忙しいはずなのにちゃんと授業聞いてて成績も良くて…私なんてすぐ寝ちゃうんですけど」
「あ、それ分かるぜ!俺もいつも寝てた」
「大和は、寝ていそうだ」
「シオンも寝ちゃってそうだよね」
「そんな事は…ある」
「あるんかい!」
「…けどナギくん、私が寝てて当てられそうになったらちゃんと起こしてくれるんですよ」
「天草は誰も起こしてはくれなかった…」
「悲しいこと言わんといて…」
「ふふふ」
ヴァンが両手を目に当てて泣き真似をすると、みょうじさんはコロコロと楽しそうに笑った。ナギの話をする彼女は本当に嬉しそうだ。ほんわかと、柔らかい笑顔。こんな子が隣にいるなら…そりゃどんなに仕事が忙しくても、ナギもちゃんと学校に行くはずだなって思った。
「つまり、なまえとナギは付き合っているのか」
「へ!?」
「違うよ兄さん!今の会話のどこでそう思ったの!?」
「違うのか」
「違う」
こういう時に滅多に口を挟まない綺羅が珍しく、間に入った。ちゃんと否定をしてくれて助かる。ほんと兄さんは、すぐに早とちりするんだから…。少しだけ気まずそうに眉を下げたみょうじさんと目が合ってしまうものだから、「大丈夫だよ」の意味を込めてひとまず笑顔を作ってみた。
「もうすぐ恋人になる予定…だろう」
「そ、そうと決まった訳じゃないです!」
「けどまぁ、告白はナギちゃんからせんとあかんな」
ケラケラと笑うヴァンを見たら、ナギはさぞかし怒るだろう…。あーほら、みょうじさんも顔を真っ赤にして俯いちゃったじゃないか。その様子を見るにみょうじさんの気持ちは明白だ。ナギは良いなぁ、こんな可愛い子に想ってもらってるなんて…あぁ、青春が眩しい。
あれよこれよと聞き出そうとする大人達の質問に、みょうじさんが一つ一つ健気に答えている最中──慌ただしい音と共に、リビングの扉が勢い良く開いた。
「もうなまえ!家には勝手に来ないでって言ったでしょー!?」
息を切らして中に入ってきたのは噂のご本人だ。そしてこの状況を見たナギの顔はだんだんと青ざめていく。「ぜ、全員揃って何してるの…!」と肩をわなわなと震わせた。
「ご、ごめんなさいナギくん。今日テストの範囲が配られたから…早く渡さないとナギくんが困るかなって思って…」
「そ、それは別に良いけどさ…。何か変なことされてない?」
「なーんもしてへんで!なぁなまえちゃん」
「楽しく、談笑していただけだ」
ヴァンと綺羅が口々にシラを切る。今まで散々彼女を困らせていた癖に!「ほんと?」という鋭い視線が俺に突き刺さったけどそのあまりの迫力に、ひとまず頷くしかなかった。俺は誤魔化すように立ち上がり、オレンジジュースの入ったグラスをナギの前に置く。
「ナギ…おかえり」
「はいはい、シオン。ただいまのハグね」
「ナギは今日も可愛い」
「う…今日は可愛いって言わないで」
「何故だ…!いつもは喜ぶではないか!」
「それは…」
「コイツの前ではカッコつけてぇんだろ」
「大和!」
大和のからかいに顔を真っ赤にするナギを見るに、二人は結局は両想いらしい。大和と言い合いをするナギも、ナギが帰ってきてからナギの事ばかり見ているみょうじさんも、本当に、微笑ましい。
「せっかくだから夕飯でも食べて行きなさい」
「えっ…けど」
「親御さんには俺から電話を入れよう。駅まではナギに送らせる。瑛二、一人増えても問題ないな?」
「それは全然大丈夫だけど…」
「ちょっと!勝手に話進めないでよ!」
ダンっとテーブルを叩いたナギは怒りつつも、少し嬉しそう。ナギと兄さんの顔を見比べオロオロするみょうじさんの顔も、少しずつ綻んでいく。
あぁ…やっぱり良いなぁ、こういうの。
「みょうじさん、ハンバーグは好き?」
すっかりほだされてしまった俺は、椅子に座るみょうじさんに膝を曲げて視線を合わせた。ぱぁっと目を輝かせた彼女は、とっても可愛らしく笑った。
「はい!大好きです!」
みょうじさんを見ているとナギが彼女を好きになる理由もちょっと分かる気がする、本人に言ったら怒られるから言わないけれど。
アイドルだって淡い青春を味わっても良いじゃないか、ナギのようにこんな小さな年齢から頑張っている子は特に。それが一時のものだとしても永遠に変わったとしても。兎にも角にも俺は、この若い二人の幸せを、ひっそりと願うのだった。
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