君と旅の続きを

プーっと音が鳴り新幹線がホームに入ってきた。音を立てて開くドアに足を踏み入れる。中は当然グリーン車だ。普段一人きりの出張なら使わないけど今日は良いだろう。後ろを振り返り、私は全員揃っていることをもう一度確認した。


「乗り遅れた人いませんねー?荷物は荷台に積んでください!足元広い方が楽ですから」
「いえーい!グリーン車ひっろー!」
「この新幹線かっけぇな!なぁみょうじ、外出て写真撮ってきていい?」
「翔ちゃん僕も行きます〜」
「はいそこ!私の話聞いてますかー!?」

一応言っておこう。私は学校の引率の先生ではない。アイドルグループのしがないマネージャーなのです。
このはしゃぎよう…旅の帰り(正確にはライブの遠征帰り)だと言うのにハイテンションなのは国民的アイドルである7人の男の子。この元気、分けて欲しいくらいだわ…もう私はヘトヘトだと言うのに!やはり若さと体力の差だろうか…。


「レディ、トランク積むよ」
「あ、神宮寺さん…ありがとうございます」

背伸びして自分のトランクを上に積もうとした私から、神宮寺さんがサッとそれを取り上げた。軽々と上に運んでくれる。ちくしょうかっこいいな…。乗った駅は始発だから、まだ発車まで時間はある。腕時計で時刻を見てから、私はチケットで座席の確認をした。


「じゃあ座りましょう、座席は学生寮の同室ペアで良いですか?愛島さんは私の隣で──」
「えー!やだぁー!」
「断る」
「一十木さん聖川さん!文句言わない!」


当然新幹線なので二人がけの席だ。この人達、良い年して新幹線やバスの座席で度々揉めるので、大抵私が強制的に決めてしまうんだけど、

「私も反対です。長距離の移動で音也の隣など…疲れが取れません」
「オレもやだなぁ、聖川の小言うるさいんだもん」
「わかるわかる!トキヤなんてそれに加えて寝ちゃうと歯ぎしりすごいからさ」
「ウォトヤ!!黙りなさい!」
「お前らなぁ…マネージャー困ってんだろ…」
「僕は翔ちゃんとお隣で良いですよぉ」
「ワタシはなまえと隣、嬉しいです!」
「あ!なまえ!飲み物買い忘れたから買ってきて良いー?」
「(あぁ、うるせぇ…)」

と、つい言ってしまいそうになった言葉はなんとか飲み込んだ。誰一人として席に着こうとしない…あんたらは修学旅行の男子学生か!そして勝手に自販機まで買いに行かないの一十木さんは!すぐに戻ってきたから良いけどさもう!私の分のお水まで買ってきてくれてイケメンだなもう!


「そうやって言うからホテルはクロスユニットにしたじゃありませんか…移動くらい我慢してください」
「断る」
「(頑なだなこの御曹司め…)わ、分かりましたよ!それなら五十音順にします!それならいいですか!」
「えー?そうなるとえっと…一十木と一ノ瀬ってどっちが前?」
「私が前ですよ…馬鹿なんですか」
「良いから!さっさと前から順に座ってください!聖川さんは私の隣でお願いします」
「えー聖川の隣がレディなの?なんか嫌だなぁ」
「黙れ神宮寺早く座りなさい!」
「お前…半分聖川みたいになってんぞ」




『間もなく発車します。座席にお座り下さい──』
「はぁ…やっと落ち着いた…」

車内のアナウンスが流れ、列車が発進した。さすがに走り始めるとみんな大人しく座っている。騒がしく話している声はするけど、まぁ良いだろう。ライブ、頑張ってくれていたし。

聖川さんに窓際の席を譲ってもらった私は、コンセントにノートパソコンの電源を繋いでスイッチを入れた。


「みょうじ、こんな時にまで仕事か?」
「すみません、少しだけ残ってて…あ、聖川さんは気にせず休まれて下さい」

聖川さんは「そうか」とだけ言って、それ以降は私に話しかける事はなかった。きっと私が集中出来るよう配慮してくれてるんだろう。そのご厚意に甘えて、パソコンのキーボードを叩く。えっとメールのチェックと領収書のデータ入力…あぁあと、公式ブログの更新もしなくちゃ。


やる事はたくさんあるのに、ちょうど良い空調と心地良い揺れ。昨夜はライブの打ち上げで寝るのが遅かったこともあり、次第に私の意識は遠のいていった──。












「トキヤトイレ長いよ〜。俺待ちくたびれちゃった」
「口を慎みなさい!全くあなたは…」

車内でも年甲斐なく騒がしい音也達には心底呆れる。愛島さんと隣ならと安心してましたが、後ろからひっきりなしに話しかけるこの男のせいで全く休む事が出来なかった。仕舞いにはトイレにまでついてくると言う…あなたは修学旅行中の男子学生ですか。


「車内は走らないで下さいよ」
「分かってる!て、あれ?」

自席へ戻ろうとした音也が座らずにその場に立ち止まった。今度は何かと思い、小さく溜息を吐いて音也の視線の先を見る。

そこは聖川さんとみょうじさんが座る席──妙に静かな様子が気になり覗いてみると…



「…みょうじさん?」
「えーっ!マサずるーい」


そこには聖川さんの肩に頭を預け、眠りこけるみょうじさんの姿があった。

自身の唇に人差し指を当て、微笑む聖川さん。一方のみょうじさんはと言うと音也の大きな声にも気が付かないくらい、深い眠りに入っているようだった。


音也と目を合わせ自然と笑い合った。いつでも私達の為に全力を注いでくれるみょうじさん。相当疲れも溜まっている事だろう。口を半開きにしたその顔は、いつものテキパキとしたマネージャーの顔とは違い、年相応の女子の顔だった。


「ねぇねぇトキヤ」

私にこっそりと耳打ちする音也の言葉に頷き、他のメンバーの顔を見渡す。どうやら皆、考えることは同じようだ。







『あと10分程で東京駅に到着します───』
「…ん」

車内アナウンスの声で、閉じていた目をゆっくり開いた。ぼんやりとする意識の中で、自分がいつの間にか眠ってしまっていた事に気付く。まずい、もうすぐ到着だ。


車内は静かだ。みんなきっと眠ってしまっているのだろう。そろそろ起こさないと…背もたれから背中を起こすと、私の肩から何かがパサッと落ちた。


それは私の身体を覆うようにかけられていたベージュのコートだった。…これ、聖川さんの物だ。

驚いて隣を見ると、腕組みをして瞼を閉じる聖川さんの姿。わー、寝てるところも美しい…って、そうじゃなくて。


「ありがとうございます、聖川さん」

眠っている私を気遣って服を貸してくれた事はすぐに分かった。小さな声でそっとお礼を言って聖川さんを起こそうとすると、自席のテーブルが目に入った。


テーブルの上に置かれてる缶コーヒー、おにぎり、お菓子…ピヨちゃんのクッション。そしてテーブルに貼られている付箋…そこには一言だけどメッセージが記されていて。


【いつもお疲れ様です】


一ノ瀬さんの字だ。だけどきっと、みんなで示し合わせて準備したんだろうと思った。


もう…これだから、マネージャーの仕事は辞められない。ST☆RISHの側を離れたくなくなってしまう。
溢れる笑顔そのままに、私は勢い良く座席を立って大きく息を吸った。


『間もなく東京駅、東京駅──…』
「みなさーん!!もうすぐ着きますよー!」


様々なリアクションでお目覚めになった7人を笑顔で見渡しながら、私は軽くなった全身を大きく伸ばした。


旅はこれで終わりだ。だけど、きっと終わりじゃない。まだまだ夢を見させて下さい…そう祈りながら。



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