会いたい、会えない
「はい、唐揚げいっちょ上がり!」
「………」
「おーい賀喜、どうした?」
「えっ?あ、…すみません!」
「何だよ、今日ずっと調子悪そうだけど、平気か?」
音にいとの記事が出た日の翌日。もう二度と、音にいと会わないと誓ってから一日。
大学に行ったら美紀に心配され、バイト先でも心配されて。
多分、私は今相当酷い顔をしているんだろう。
実際、昨日の夜は一睡も出来なかった。
それでも日常はやって来る。
授業を終えてバイトに出て…いつも通りの、日常。
そう、前に戻っただけじゃない。
だから、何も変わらない。
自分にひたすらそう言い聞かせて、私は出された唐揚げをトレーに乗せた。
「何でもないです!お客様の所行ってきます」
だめ、心配かけたら。
いつも通りにしなきゃ。
唐揚げをお客様に提供してから、頬を両手でパンと叩いて気合を入れた。
キッチンへ戻った所で、カランカランと来客を告げるベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!二名様ですか?」
店長の声が聞こえた。二人分のお冷とおしぼりを用意していると、そのお客様のものと思われる男性の声が耳に届く。
「週刊文秋と申します」
……え?
「こちらに賀喜涼花さんって方が働いていますよね?お会いしたいのですが」
ドクンと大きく心臓が音を立てる。
手が震えてグラスを落としそうになった所を、必死に堪えた。
「(な、んで…ここが…)」
週刊文秋…例の記事を出した雑誌だ。
間違いない。もう、私の事が特定されている。こんなに早く…。
予想外の展開に、鼓動が鳴り止まない。
もうダメだと思いぎゅっと目を瞑っていると、
「…人違いではありませんか?」
店長の声が聞こえた。
「当店にそのような名前の従業員はおりませんが」
驚いてすぐさま目を開ける。怖くて外を覗く勇気はなくて、その場に立ち尽くすしかなかった。
店長と男の人がしばらく会話しているのが分かったけど、内容までは聞こえない。
カランとドアの開く音。
すぐに店長がキッチンに戻ってきたから、記者を追い返してくれたのだと分かった。
「店長…あの…その、」
週刊誌に載ったので追いかけられてます──そんな事、言える訳ない。
言葉を詰まらせていると、店長は優しく微笑んでくれた。
「気にしないで。多分もう来ないと思うよ」
店長は私に何を聞く訳でもなく、そっと肩を叩いてくれた。
きっと記事のことは知らないと思う。それでも状況を察して庇って、くれたんだ。
私、音にいだけじゃなくお店にまで迷惑かけてる…。追い返してはくれたけど、あの記者達も…次いつ来るか分からない。もしかしたら、しつこく何度も来るかもしれない。
いつもお世話になっているここに、大好きなこのお店に…これ以上迷惑はかけられないよ。
「店長、私──」
────
シフトが終わり、すっかり暗くなった夜道をとぼとぼと一人で歩く。
バイト終わりにこんなに暗い気持ちになったのは久々かもしれない。
働き始めた頃は毎日失敗ばかりで、帰り道よく泣いてたなぁ。それでも慣れてくると仕事が楽しくなってきて、バイト先に行くのがいつの間にか楽しみになっていて。
「なんて…言っててもしょうがないけど」
あと少し…あと少しの勤務だけでもしっかりやらないと。
そんな独り言を呟いて、辿り着いたいつものアパート。薄い明かりだけが灯る中、階段の辺りに人影が見えた。
おかしいな…いつもこの時間帯になると、誰もいないのに。
「おい、本当にここで合ってるのか?」
「そろそろ帰ってくる頃だろ」
「…っ!」
かすかに聞こえた話し声──それは先程お店で聞いた男の人と同じものだった。
「(うそ…家までバレてるの…!?)」
咄嗟に壁の影に身を隠す。
見つからないように口に手を当てて息を止めた。
一体どこで調べ上げたんだろう。
恐怖で全身が震えた。
お店と違って、助けてくれる人もいない。
音にいも、いない。
「(どうしようどうしよう…!)」
とにかく今はその場を急いで去るしかなかった。走ったせいで切れる息を整えてから、スマホの画面を開く。
とにかく、誰かに連絡を…そう思い、真っ先に表示してしまった音にいの連絡先。
電話をかけようとした所で、私は指の動きを止めた。
──「もう二度と、一十木さんには関わりません」
自ら発した言葉が、頭の中で繰り返された。
ぐっと唇を噛み締める。そうだよ、約束したじゃない。もう、音にいに頼る訳にはいかないんだ。
「あ、もしもし…美紀?うん、あのね…今日泊めてもらっても良いかな…?うん、ありがとう」
会いたいけど、会えない。もう二度と。
その現実がまた突きつけられる。私は頭に浮かぶ音にいの顔を消そうと、目をぎゅっと瞑った。
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