君の涙の訳は
夕日が照らす涼花の頬に、つたった一筋の涙。
隣に座ってた俺は、急いで立ち上がって彼女の顔を覗き込んだ。
「あ…え、やだ…なんでだろ、ごめん突然…」
涼花も動揺しているけど、俺はそれ以上に焦っている。話の流れからして俺のせいだと、思った。
ダメだ。
涼花の泣いている所を見ると、胸が締め付けられて苦しい。
「ご、ごめん!何か嫌なこと言っちゃったかな…」
「違うの!音にいの、せいじゃ、ないから…」
それなのに涼花の目から溢れるそれが止まることはなかった。
ぽろぽろと涙を流す涼花を見て、自然と身体が動く。
「…っ音にい!?」
「ごめん、泣かないで…俺、涼花の涙に弱い」
ブランコに座る涼花を、少し屈んでそっと抱き締めた。自分より細くて小さな身体。震えるその肩が、愛しいとさえ思ってしまった。
小さな頃を思い出す。
よくこうして、泣いた涼花を慰めていたっけ。
少し身体を離して、その場にしゃがむ。じっと涼花の顔を見ると、夕日のせいかそうじゃないか分からないけど、真っ赤になっていて。まだ目元に残っている涙を自分の親指で優しく拭った。
「昔から泣き虫だなぁ、涼花は」
「うっ…ごめん」
「ううん、良いんだよ。俺がその度に元気にしてあげるから」
昔みたいに、くだらないこと言って笑わせて。歌を歌って元気づけて。
小さな頃の俺は、涼花が笑顔になるためならなんだって出来る気がした。
いや、今もそれは…変わらないのかもしれない。
「ふふ、ありがと」
涼花がようやく、笑ってくれた。
その笑顔に心から、安心する。
「ごめんね、音にい。そろそろ帰ろうか」
「うん!」
そっと涼花の手を引いて立ち上がらせると、元気を出してくれた涼花がぴょんと元気よく立ち上がった。
手を繋いで、夕日を眺める。帰るのが、いつもに増して今日は名残惜しかった。
涼花の手のひらは、小さな頃より更に小さくなった気がして。それが余計に時間が経過していることを感じさせる。
「あ、」
「ん?どうしたの?」
「ごめん電話だ…ちょっと待って」
ゆっくりと手を離してポケットからスマホを出す。
七海春歌…画面に表示された名前に涼花の顔をちらりと見たら、出ていいよと目で合図してくれた。
「あーもしもし…うん、相談?…今から?…分かった、じゃあ事務所向かうね」
通話を切って涼花の方へ向き直ると、彼女はじゃあ帰ろう!と明るく背中を押してくれた。
公園の前でタクシーを拾う。
ドアが自動で開いて乗り込もうとすると…
「音にい!!」
大きな声で涼花に呼び止められた。
「約束っ…」
「え…」
「あの日の約束、覚えてる…!?」
せっかく泣き止んだのに、また泣きそうな涼花の顔。
「昔、ここで…!」
それに反応しようとするのに、喉が震えて上手く言葉が出ない。こんな時に限って息が詰まって、声が何も出なかった。
「すみません、乗らないんですか?」
「あっ!はい…ごめんなさい、乗ります」
タクシーの運転手から怪訝そうな視線を向けられ、耐えられず結局そのままタクシーに乗り込んで、事務所へと向かった。涼花がじっと見送ってくれるのを、窓からずっと見つめていたけど、その距離はどんどんと開くばかりだった。
───
「ふぅ、」
事務所での春歌との打ち合わせも終わり、自宅へ戻る。床に適当に鞄を放って、ベッドへ身を投げ出した。
目を瞑っても、浮かんでくるのは涼花の姿ばかり。握った手の温かさとか、抱き締めた感触とか。思い出すのはそんな事ばかりだ。
俺は春歌と付き合っているのに…
このままで、良いんだろうか。
ふと、小さな頃の思い出が頭の中を駆け巡った。
───
「もうすぐ音也は誕生日ね」
「うんっ!」
「プレゼント、何が欲しい?」
「えーっ!なんでもいいの?」
「あげられるものなら、ね」
「おれね、涼花をお嫁さんにしたい!」
俺はベッドから起き上がり、自分の机の引き出しから、ある物を取り出した。
小さな赤い宝石がついた、おもちゃの指輪。
すぐに涼花をお嫁さんにすることは出来ないから、と寮母さんが俺の誕生日に、二つ買ってくれたものだった。
一つは自分が、もう一つはあの公園で涼花に渡した。
──『約束!覚えてるっ…!?』
「…忘れる訳ないだろ、」
昔から、心に棲みついていた彼女の存在。
忘れられなかった。あの頃の約束も。
俺にとって、涼花はやっぱり特別な存在なんだ。
[ 16/40 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]