意外な来訪者



『約束!覚えてる…!?』


何故あんな事言ってしまったんだろう。

きっと、覚えてなんていないのに。
それに、突然あんな事を言われて音にいだって驚いたはず。


困った様子の音にいの顔が、目に焼き付いている。あぁ、後悔…言わなければ良かった。



どうせ足掻いたって、頑張ったって。
音にいが…あんなに可愛い彼女より私を選ぶことなんて、ない。
それは、分かっていたはずなのに。





「…賀喜ちゃん」
「……」
「賀喜ちゃん、大丈夫?」
「あっ…えと、なんですか」
「さっきからずっと上の空だよ」


今日、珍しく一人でお店にやって来たのは寿さんだった。カウンターでグラスを拭きながら少しお話していたのだけど、どうやらボーっとしてしまったみたい。ごめんなさい、と一言謝ってグラスを棚に戻した。



「最近、何かあった?」
「ん、まぁ色々…です、」
「どうしたの?僕で良かったら聞くよ?」


そう言ってくれた寿さんの言葉に甘えて、音にいとの事を少しだけ話した。今日、お店が空いていて良かったな。もちろん、相手が一十木音也ということは伏せて、だけど。





真剣に話を聞いてくれた寿さんは、枝豆を摘みながらんー、と唸っている。

「なるほどねぇ…」
「…もう、どうしたら良いか」
「でもこのままいたって何も解決しないよ?ちゃんと気持ちは伝えた方が良いんじゃないかな」
「そ、そんなこと…!」
「出来ない?でも好きなんでしょ?」


それはもちろん、私は音にいのことが大好きだ。

でも…それでも頭を過ぎるのはやっぱり春歌さんのことで。


あんなにお似合いな二人を引き離してまで奪うだなんて…そんな事、出来ないよ。
少なくとも今の私に、そこまでの勇気は出ない。



「まぁ僕は音やんの事も彼女の事も知ってるから、奪えだなんて言い辛いけど」
「そうなんですよねぇ……って、えぇっ!?」
「あ、もしかしてビンゴ?」


目の前の寿さんはグラスに口をつけたままニヤリと笑った。何が起こったのか飲み込めない私は、ただあたふたするしかなかった。だ、だってそんな…私、音にいの名前なんて一切出していないのに。


「な、なんで」
「大人のカン、かな」
「うっ…」
「大丈夫、音やんにも誰にも言わないよ」


あぁバレてしまった。寿さんと音にいが一緒にお店来た時、これからどう接すれば良いの。



「ずっと昔から好きだったんです」
「うん」
「いつか会えたらなってずっと願ってて…再会出来た時は、あぁ運命かなって…ちょっと浮かれちゃいました」
「うん」
「でも音にいには既にもっと大切な人がいて、もうそんなの…どうしようもないなって」
「そっか。辛かったね」


寿さんに私の気持ちを知られてしまうという悩みの種が増えてしまったことに困惑しながらも、寿さんに話を聞いてもらって少し気持ちが軽くなった気がする。



「寿さん、その、」
「いーえ、大丈夫。僕は賀喜ちゃんの事も応援してるから。頑張ってね」
「…はい!鶏のレモン塩唐揚げ、サービスです!」
「わぁーい、やった!ありがとう賀喜ちゃん!」


ありがとうございます、寿さん。

美味しそうに唐揚げを頬張る寿さんに心の中でお礼を言った。








────


「賀喜、上がりのところ悪い」
「…はい?」


それはシフトも終わり、控え室で着替え終わって、今まさに帰ろうとしていた所だった。

ドアから顔を覗かせたのは、まだ勤務中の先輩。なんだろうと思って、ドアの先まで向かう。



「何かありました?」
「お前指名で客が来てんだよ。今日はもう上がりって言ったんだけど、待ってるって聞かなくてさ」
「そうですか、誰だろう」


もしかして音にいかな。
さっき寿さんと話した時は今日来るとか言ってなかったけど…。



「とりあえずカウンターに座ってもらってるんだけど、どうする?追い返す?」
「大丈夫です、今行きますね」
「おう、悪いな時間外に」


仕事に戻った先輩の後に続いて、鞄を持ってお店に戻る。



カウンターに座っていたのは、意外すぎる人物だった。

その姿を見て、心臓が大きく音を立てる。






「あの、突然お邪魔してすみません」


どくん、


「はじめまして…」


どくん。


「七海春歌と申します」



どうして彼女がここに…?




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