約束
音にいの笑った顔を見る度、もっと一緒に居たくなってしまう。
「カレー美味しかったー!良いお店教えてくれてありがとね」
「ううん!知り合いに教えてもらったの。喜んでくれてよかった」
うそ。
本当は音にいが、昔からカレーが好きなのを知っていて、雑誌とネットで必死に調べたお店。
音にいに喜んで欲しいがために、ここまでする自分に内心呆れている。
あれから音にいと何度も会っている。
外でお茶したりご飯食べたり…まるでデートみたいに。
時々春歌さんの顔が頭を過ぎるけど、それでもやっぱり音にいに会いたいからと、つい連絡を取ってしまうんだ。
「ねぇ涼花、」
「ん?どうしたの?」
「今日この後さ、寄りたい所あるんだけど、付き合ってくれる?」
「う、うん」
「じゃ、行こ」
そう言って自然と私の手を引く音にい。
温かい手の感触と、小さな頃とは違う大きさにドキドキする。
──しばらく手を繋いで歩いていると、目の前の景色が見覚えのあるものだと気付く。
まさか、この方向って…
察した私は、歩いていた足を止めた。
「涼花」
「ご、ごめん」
「そんな顔しないで。施設の方には行かないよ」
眉を下げてそう言った音にいは、少し道を外れてまたしばらく歩く。
たどり着いたのは、小さな公園だった。
「ここって…」
「そ、覚えてる?」
覚えてるも何も。私にとって大切な思い出の場所…。
施設から歩いてすぐ近くにある、ここの公園には、音にいと何度も来たことがあったから。
驚く私の手を引いて、音にいは公園のブランコに座った。つられて私も横のブランコに腰を下ろす。
少し体を揺らしてみたら、キコキコと音を立てた。
「外出の時にこっそり抜け出して…」
「そうそう!音にいってばいつも私を引っ張ってここに来たよね!」
「なんだよー!涼花だってノリノリだったじゃん!」
「寮母さんに見つかった時は二人で一緒に怒られたっけ!」
そんな懐かしい昔話をする。
あの頃…私と音にいはいつも一緒に居て離れなかった。
あの頃からずっと、私は音にいのことが大好きだった。
私の初恋は、音にいだったから。
「涼花はさ、施設には顔出さないの?」
ブランコを漕ぎながら音にいが私にそう尋ねた。
私が施設を出てから一度も顔を出してないこと、バレてるんだ。
「寮母さん、会いたがってるよ」
「あの、その…」
ブランコの鉄の鎖にかける手に、ぎゅっと力を入れる。音にいは揺らしていた身体を止めて、じっと私を見つめていた。
「私も会いたいの。でも、なんとなく…ずっと行ってない場所に帰るのも怖くて…。それに、」
もちろん私だって施設に顔を出したいし、寮母さんに元気だよって伝えたい。けど、
「それに、何?」
「…ううん、何でもない。今度、一緒に行ってくれる?」
あそこは音にいとの思い出が多すぎるから。
訪れたらきっと、音にいへの想いが溢れて、会いたくて堪らなくなるから。
それが私が施設へ行けない、一番の理由だった。
それを隠して微笑めば、音にいは「じゃあ次行こう!約束だよ」と笑ってくれた。
…約束、か。
あれは確か、今日みたいに夕焼けが綺麗な日だったっけ。
───
「涼花!おれ、ぜったいアイドルになるよ!そしたら、涼花を迎えに行くから!」
「音にい…ほんとう…?約束してくれる?」
「うん!だから、おれたちが大人になったら…」
「おれと、結婚してくれる?」
「涼花?」
「……っ!?」
「涼花、なんで、泣いてるの…?」
私の顔に驚いた音にいは、立ち上がって私の正面に立った。
目の前の音にいは動揺していて、それでいて悲しそうな顔をしている。
ここの公園で交わした約束。
どうして、今…思い出しちゃうんだろう。
ねぇ、音にい。覚えてる?
私達ここで、小さいながらも将来を誓い合ったんだよ。
目の前に立っているのは大人になった音にいなのに。
私の目にはずっと小さな頃の音にいの笑顔が浮かんでいて…どうしようもなく涙が止まらなくなった。
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