羨ましい人



「一十木音也です。歌で皆を笑顔に出来るようなアイドルになりたいと思ってます!」


早乙女学園入学式の日。はじめのホームルームの時に、笑顔で声高らかにそう宣言した音也君。キラキラしたその姿に惹かれるのに時間はかかりませんでした。


「アイドルになりたいと思ったきっかけは…小さな頃、ある女の子と約束をしたからです。今は離ればなれになっちゃったけど…いつか彼女が俺を見つけられるようにって…」
「ちょっとオトくん!とっても素敵な理由だけどココ、恋愛禁止だからね〜!」
「わ、分かってるよ!」


教室が笑いで包まれている中、私は彼から目が離せませんでした。


その頃からずっとずっと引っかかっていた、その女の子の存在。音也君がアイドルを目指す理由になっているその子が、私は羨ましくて仕方がありませんでした。




音也君とお付き合いをしてからも、その女の子の話題はよく出ていました。

「ずっと探してる人がいるんだけど、中々見つけられなくて」
度々そう呟いた音也君。
昔、その女の子と撮った写真も見せてもらったことがあって。


小さな頃の音也君と、同じくらいの年の女の子。ひまわり畑で撮ったと思われる、とっても素敵な写真。それを音也君が肌身離さず持ち歩いていることも知っていました。

だから、写真を見て…すぐにピンと来てしまったんです。




「……」
「おい、七海。大丈夫か?」
「は、はい!大丈夫です」

日向先生から音也君の携帯に入った着信。シャワーを浴びている音也君の代わりに出た時に、机の上の写真が目に入りました。


日向先生からの電話を切り、スケジュール帳に挟まれている、その写真をそっと手に取る。



「…音也君、」
キラキラの笑顔で写る音也君と、一人の女の子。ひまわり畑の景色と、二人の笑顔が切ないくらいに眩しかった。


ああ、音也君は彼女と再会してしまったのですね。今日出掛けていたのも、彼女と会っていたからだということは、容易に想像が出来ました。
それに…その彼女には、なんとなく見覚えがあって。

「確か、あの時の居酒屋の…」



その瞬間ガチャ、と浴室のドアの音が開く音がして、慌てて写真を手帳に挟む。

音也君が何事もなかったかのように、髪をタオルで拭きながら部屋まで戻ってきました。


「お風呂ありがと」
「は、はい!じゃあご飯にしましょうか!」

平然を装っているけれど、内心胸の鼓動が鳴り止みませんでした。




「あの、音也君」
「ん、何?」

カレーをスプーンで掬いながら、どうしても気になってしまったことを、

「あのその、…例の女の子とは、再会出来たのですか?」

私は直接聞いてしまいました。



「…どうしたの、突然」
「いえ、その…なんとなく思い出して、」
「そっか。実はさ、最近たまたま再会したんだよね」


隠すことなく話す音也君の言葉に耳を傾ける。正直に話してくれるのは、きっと音也君の優しさ。


そこで私はその幼馴染の女の子が、居酒屋で働く賀喜さんという方だということと、今日二人で会っていたことを知った。


「ごめんね、全然隠すつもりじゃなかったんだ」
「いえ、大丈夫ですよ」

きっと音也君は全く悪気はないのだと思います。それでも私は不安になってしまうのです。


「音也君」
「うん」
「音也君が好きなのは、私…ですか?」


音也君は少し驚いた顔をしましたが、ちょっと困ったように優しく笑ってくれました。


「うん、俺が好きなのは春歌だよ」


わざとそのような質問をして、音也君のその答えに安心してしまう私は、ずるい女なのでしょうか。




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