分かっていても、好き



「そういえば賀喜ちゃんって、音やんと昔からの知り合いなんだって?」
「…!な、なんで!」
「音也が嬉しそうに話してましたよ。昔からの馴染みだと」


お店にやって来た寿さんと一ノ瀬さん。頼まれたビールとウーロン茶をテーブルに置いた瞬間、笑顔で話しかけてきたお二人。

まさか、音にい…私のことを話してたなんて…!!別に大丈夫だけど…その名前にまたドキっとしてしまう。


「あの、音にいの小さい頃の話とかって…」
「何となく聞いてるよ。施設で育ったとかって」
「そうですか。私、そこの施設で一緒に生活していたことがあって、それで」
「あぁ、そうだったんですね」

聞いてしまったことを申し訳なさそうにする一ノ瀬さん。別に何も気を遣うことはないのになぁ。
実際、音にいも周りに話している訳だしね。


そういえば、あれ以来お店来てないな、音にい。




「あ、音やんも呼んでるからもうすぐ来るよ」
「えっ!」


ちょっと待って!
いざ来るとなると話は別だ。さすがに、ちょっと気まずい。
そんな私の考えをよそに、大きな音を立てて個室のドアが開いた。



「お待たせー!遅くなってごめん!」
「音やーん!お疲れ様!」


ドアを勢いよく開けて元気よく部屋に入ってくる音にい。気付かれない内にそっと戻ろう、おしぼりとお水は他の人に持ってきてもらおうと思い、そっと部屋を出ようとした、けど。



「あ、涼花だ!今日もバイトお疲れ!」


わぁ、やっぱり気付かれてしまった。

でも意外にも音にいは普通だ。その態度に少しだけ拍子抜けしてしまう。
気まずく思ってるのは、私だけだったりする…?


「こ、こんばんは…えっと、レモンサワーで良い?」
「うん!ありがとー!」


笑顔で答える音にいに安心するけど、なんとなくモヤモヤする。音にいにとっては、この前のキス事件は大したことじゃなかったのかなって。




モヤモヤを振り切るように、席を立つ。部屋を出てキッチンへ向かって歩き出そうとしたら「涼花!」と音にいに呼び止められた。


あのさ、と言いながら音にいも部屋を出て、個室のドアを閉めた。お店が空いていることもあり、今廊下には私と音にいの二人きりだ。



「音にい…?」
「あの、この間は本当にごめん!」


私に向かって勢いよく頭を下げる。この間…というのは多分キスの事だと、思う。



「あんな所で、本当不謹慎だった。涼花に不快な思いをさせたこと、ずっと気になってて」
「ちょ、そんな謝らないでよ」
「涼花、さすがに怒ってると思って…連絡も中々出来なかった。本当、ごめんね。他人のあんなシーン見たら、誰だって嫌な思いするよね」


いつもの明るい声じゃない、低いトーン。
あぁ、本当に心から謝ってくれてるんだなと分かった。





「…音にい、顔上げて?」


でもね、違うんだよ音にい。
私は人のキスシーンを見たから怒ってるんじゃない。
音にいが他の人とキスをしていたことに、傷ついてるんだよ。


でもそんなこと、今この場で話したら…それは告白になってしまう。

グッと気持ちを抑える。
音にいはゆっくりと顔を上げた。



「怒ってたわけじゃないよ、ちょっと驚いただけ」
「涼花…」
「だから、うーん…音にいが、謝るような事じゃ、ないんだよ」

その言葉を聞いて、音にいは安心したような顔になる。



「涼花、俺…これからも涼花と仲良くしたい。たくさん色んなこと話したい。だからこれからも会ってくれる…?」


本当、音にいはずるい人。
好きな人からそんな顔でそんなこと言われて、
…断れる訳、ないじゃない。




「…また、連絡して」
「本当!?ありがとう涼花!」


一瞬、頭にあの春歌さんの顔が浮かんだ。
それでも、これからも音にいと会うことを選んでしまった私。


分かってる。音にいは純粋な気持ちで、昔からの馴染みとして仲良くしたいから誘ってるんだって。


分かってる。ここで私が音にいと会うことを選んだって恋が叶う訳じゃないことくらい。



それでも、音にいのことが大好きな私は、一体どうすれば良いのだろうか。



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