まさかの展開



週末の金曜日は忙しい。お店もいつもよりバタバタとしている。
仕事をしながらも、ふと思い出すのは音にいの事だった。



あの日以来、実は音にいとは会えていない。

でも、ちょくちょくLINEはしていて、近況をお互い報告し合ったりはしている。


またお店に来るね、と言ってくれてはいるけど、中々会えなくて。きっと仕事が忙しいのかなぁ、なんて思い、あまり気にしないようにしていた。



「おー賀喜、11番個室の新規2名行ってきてくんない?」
「えー、私が行くんですか?」


心底嫌そうにしている同僚の先輩。


うちのお店では10番台の個室は、所謂カップルシートと呼ばれている。その名の通りカップルが来店した時に通すことが多い席だ。
だから何となく行きづらい気持ちは分からないでもないけど…。


押し付けられたのは不満があるけど、仕事だから仕方ない。二人分のおしぼりと水をトレーに乗せて、ドアをカラカラと開けた。




「失礼しま…す…」

そこに来たお客様を見た瞬間、身体が硬直してしまった。
だって、そこにいたのは


音にいと、知らない女の子。
しかも、キスしてる。


女の子の方がこちらに気付き、ちらりと私の方を見た。


その瞬間、身体がビクンと跳ねて、トレーの上でグラスを倒し、廊下に水を零してしまった。
グラスの倒れた音で、音にいも私に気が付いた。


「…涼花」
「しっ…失礼しました。新しいものお持ちしますので、少々お待ち下さい…」


慌てて片付けをして急ぎ足でその場を去る。



「涼花ちゃんどうしたの?ミスなんて珍しいね」

店長にそう心配されても仕方ないくらい、今の私はきっと酷い顔をしている。

ドクンドクンと鳴り止まない心臓の音。
新しいお水とおしぼりを持って、再び個室のドアを開けた。




「先程は大変失礼致しました。ご注文お決まりでしょうか」
「俺はレモンサワーで。春歌はどうする?」
「カルーアミルクをお願いします。音也君は何か食べたいものありますか?」


"ハルカ"
"音也君"


へぇ、そう呼び合う仲なんだやっぱり。

かしこまりました、となるべく淡々と話す。感情が外に出ないように。




「涼花!」

オーダーを取り終え、歩き出した私を廊下で音にいが呼び止める。

泣きそうな顔を見せないように、わざと振り向かないようにした。


「あー…もしかして、さっきの見てた?」
「…大丈夫、別に誰にも言わないよ」

見てた?という問いに対する返事をするのは辛いから、そう言葉を濁して、足早に音にいから離れた。

あの光景が、何度もフラッシュバックする。その度に胸が苦しくなっていく。



そうだよね。

彼女がいる可能性をどうして考えなかったんだろう。アイドルといえど、あれだけ格好良いんだから。いないはず、ない。


零れる涙を抑えられず、手の甲で目元を擦った私は一つ深呼吸をして、急いでキッチンへ向かった。





───


「今日はごめん、気分悪くなったよね」
「…何のことですか?」

お会計の時に、音にいが気まずそうに私を見つめてくる。

私の態度、悪すぎたかなさすがに。そのことに少し反省して、自分なりに精一杯の笑顔を見せながら、預かっていたクレジットカードを返す。


なんでもないよ、と言ってちょっと悲しそうに笑った音にい。すぐにあの女の子に向き直って、二人で出口に向かって歩き出した。


「あれー?音やんに後輩ちゃん!」
「嶺ちゃん!蘭丸先輩もこんばんはー!」
「お前ら外で会う時は用心しろって言ったろ」


そんな会話が出口付近で聞こえるけれど、耳を傾ける気にはなれなかった。



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