幸せな時間



あの日から数日が経った。パスケースに折り畳まれて入っていた一枚の紙。

ベッドに寝転がりながら何度も眺めている。

そこには電話番号と、LINEのIDと思われる英数字が並んでいる。



「ふふっ…」


嬉しくてまた、にやけてしまう。
誰かが見ていたら確実に変な奴と思われる。



とは言いつつ、勇気が出ずまだ連絡はしていない。音にい、仕事も忙しいだろうしなぁ。でもやっぱり、会いたいなぁ。


「よし!連絡する!」


誰かに宣言するかのようにそう言って、勢いよく起き上がる。
震える手で文章を入力した。


『賀喜涼花です。この前はありがとう。音にいの仕事が落ち着いた時に、良かったらお茶でもしませんか?』
「そ、送信!」

送信ボタンを押してから、スマホを投げ出して枕に顔を埋める。
なんだか、すごく恥ずかしい。



大丈夫かな、変じゃなかったかな…きっと音にいは仕事中だろうから返事は気長に待とう。


横になりながら少しウトウトしていると、スマホのバイブ音が鳴る。画面を開くと、まさかの音にいからの返信だった。


「返信早!」

『連絡ありがとう。良かったら今日の15時どうかな?』


可愛い音符くんのスタンプと一緒に送られてきたメッセージ。


え!ていうか今日!?

時刻を見ると、時計の針は10時を指している。
ど、どどどうしよう!準備するまでの時間は一応あるけど…


でもせっかく音にいが誘ってくれたのだから。
そう思い、『了解です!』と急いで返信をしてから、慌ただしくクローゼットを開けた。




────


「ごめん涼花!待った?」
「ううん!全然大丈夫!」

昼間に外で音にいと会うのは初めてだから、なんだかソワソワしてしまう。

サングラスに帽子と、しっかり変装した音にいが連れて来てくれたのは、小さな喫茶店だった。




「涼花はいつ東京に戻ってきたの?」
「高校卒業してすぐ。でも親と縁を切った訳じゃないし、時々連絡も取ってるよ」


静かで人もあまり来ない喫茶店。
音にいが言うにはST☆RISH御用達のお店で、あまり人にも知られてないから落ち着いて過ごせるしマスコミを気にしなくても良いとのこと。



「音にいは早乙女学園を卒業したんだよね」
「そうそう、どうしてもアイドルになりたかったから」
「ST☆RISHがデビューした時に、すぐ気付いたよ。音にいだって」
「へへ、ありがとう。見ててくれたんだ」

だってずっと好きだったから。
なんてことは当然言える訳もなく。

片手でカップを持って、紅茶を啜りながら笑う音にいは、その仕草も様になるくらい昔よりグッと大人っぽく格好良くなっている。



「そういえば涼花は昔から泣き虫だったよねー!」
「ひどい!そんな事ないもん」
「本当?夜には一人でトイレに行けない〜っていつも泣いてたじゃん」
「もう、そんな昔の話しなくたっていいじゃない!」
「それと覚えてる?あの時──」


昔話に花を咲かせて、あっという間に時間は過ぎていく。
当たり前かのように気付いたらお会計をしてくれていた音にいにお礼を言って、またね、と手を振る。



こんな時間が少しでも長く続けば良いのにな。

まるで恋する乙女のように、浮かれている自分がやっぱり恥ずかしいけれど、そんな自分も嫌いじゃなかった。




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