KISS KISS KISS 草side



Kiss Kiss Kiss



二人の生活も随分慣れて、でもまだ一年たってなくて。
そんな初冬のある昼休み。

「すみません、ちょっと失礼致します」
草は丁寧に1年の教室に頭を下げて入ってきた。
禎は草の出現に眉をひそめた。
「クラス委員はいますか?生徒会からのお知らせですが、こちらを教室に掲示しておいてください。少し早いですがクリスマスチャペルの連絡です」

クラス委員の女子が進み出て、用紙を受け取る。
「草先輩、わざわざありがとうございます。言ってくだされば、生徒会室にとりにいきましたのに…」

普段は姉御肌の女子が、やけにしおらしく草を見上げる。
ちょっと目が潤んでいるようで、禎は頬杖をつきながらそっぽを向いた。
禎の中に言葉に出来ない感情があるようで…。
すいっと山崎が禎の側に寄ってくる。

「不機嫌そうだなー。さち」
「うっさい。ざき」
「気分は『俺のおにいちゃんに色目を使うな』ってカンジ?」
「からかうなよっ」
ふいっとさらに横を向く。
「やー。だっていかにもそんな感じじゃん?お、クラス委員の楡崎嬢が草さんにアタックかました」
「え?」
禎は顔をあげる。

どうやら、二人の顔がちかずいている。

内緒話でもしているのか。

草の顔が小さく笑みほころび、楡崎嬢の耳もとで何かを話している。

「これは脈あり?草さんにしては新鮮な反応。普段女の子を近づけない感じなのにな?」

山崎は机に腰掛け、気軽に話す。
その言葉に禎は小さく唇を噛んだ。

「そ、かな?」

「ま、めずらしくないんじゃね?高校時代の関係で将来結婚とかうちの学校良くあるし。なんせ、ある程度の経済力ねぇとはいれねぇから。そこですでに振り分けられてるしー?変なの捕まえてくるよりはいいんじゃないの?」
禎はむぅっと更にふくれる。
「そんなことないよ。てか、ざき、気が早すぎ!結婚ってなんだよ」
禎は自分でも意外と思うほど気が立っていた。
「なんだよって、うちの学校じゃよくあることだぜ?」
「草ちゃんは…そんなことしないもん!」
「何で言い切れるんだよ」
ニヤリと笑う山崎に禎はぼそぼそつぶやいた。
「草ちゃん…許婚いたって…ちらっと前に聞いたし…」
その許婚を今も草が思っていることも禎は知っていて…だから。
「さち?」
目の端に滲む涙に禎は自分で驚く。
「あ…あれ?」
「どした?目にゴミでも入ったか?」
山崎の心配そうな言葉に乗って、禎は頷く。
「うん、そうみたい」

呟いた禎に、黒い影がのしかかる。

ふえっと顔をあげると草が立っていた。

「禎さん、どうしました?いじめられましたか?」

厳しい語気で禎の手を掴み、禎の目を真直ぐに見る。
そして山崎を睨みつける。

まるで子猫を襲われた親猫のように。

「ちがっ。草ちゃん」
「や。目にゴミがはいったってさちが…」
「本当に?」

草が嫌がる禎の両手を掴んでじっと見つめる。

禎はコクコクと頷く。

「そうでしたか。目にゴミが…失礼しました」

言うが早いか、草は禎の眼鏡を取って、禎の顔を押さえつける。
「大丈夫ですか?」
草の顔が息がかかるほど近づく。
「う…もう、とれ…」

言いかけた禎の涙を、草がちゅっと唇で舐めとる。
「目薬がないので…すみませんが」
じっと見られて、禎は居心地悪げにうんっと小さく頷く。
「もう大丈夫です?」
「う…ん」
「目にゴミがはいったときはこすってはいけませんよ。禎さんは目が大きいのでごみが入りやすいかもしれません」
からかうように笑う草に、なにをーと草の背中をぽかぽかと叩く。

軽やかなチャイムに草は柔和に微笑む。

「では失礼します。禎さん。山崎」
草のちょっと肩幅の広いスリムな後姿を見送って禎は山崎を見る。

山崎はあぁ…やっちまったという顔で天上を仰いでいる。

「どうしたの?ざき」
「回り見ろって…さち」
「え?」

教室を見渡すと、珍しくも休み時間後なのに誰一人身動ぎもせず禎を皆見ている。

シーンとした空気が重苦しい。

「あれ?俺なんかヘマした…?」
「草さんといちゃいちゃしてただろーが」
「いちゃいちゃ…!!」

山崎の言葉に引っかかるものはあるが思い出してみると、頬にキスされたようにしか周囲には見えなかっただろう…。

いや、実際キスされたのだが。

「あの人やっぱ天然だわ―。お前も負けてねぇけど。ってか普通教室じゃやらねぇよなー」

山崎の言葉にかぁっと禎の顔が赤くなる。
今更にわたわたと戸惑う。

「あ、え、う」
「お、先生きたぜ。ナイスタイミングってか?次の休み時間が見ものだなっ」
「うー草ちゃんのばかー」
「それは本人に言え」

山崎の突っ込みに、しばらく教室からまた様々な噂が発信されるのかと思うと気の重い禎であった。

END 2010 3 31



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