のど風邪



最近寒暖の差が激しい。
朝の通学、風邪を引いた禎は部活はしばらく禁止と草から言われて、朝練もでられずに草と並んでほてほてと歩いていた。

禎の咽喉からこぼれ落ちる、咳。
こんこん

小さく肩をすくめて咳をする禎に草は心配そうな眼差しを向けた。

「大丈夫ですか?今日も学校は休んだほうが…」
「大丈夫だよっ。熱下がったの一昨日だもん。もうへいき」
言ってすぐ咳き込む姿に草は困ったように眉を寄せる。
「無理してぶり返しでもしたら大変ですし、結局病院にも行きませんでしたし…」
草の眉間の皺は深くなるばかりだ。
「心配性だなー、もう」
禎ははぁっ吐息を吐く。
少しつめたい空気が咽喉の刺激になってしまっているようだった。
時折こんこんと咳が転がり落ちる。

「当然です。昨日は夜更かしなどしていませんでしたか?」
「う…」
「パソコンを与えたのは失敗だったかもしれませんね」
草の深い溜息に禎は胸を張る。
「そんなこと、ないよっ。ちゃんと昨日は早く寝たもんっ!!」
一生懸命言う姿に草はほほえましく見つめる。

夜に咳が辛くて起きてしまったのか、PCは良い友達だったようだが目が赤いのでバレバレだ。

「夜更かしはほどほどにしてくださいね。人は夜10時から深夜2時の間にとても大事なホルモンが出るので、その間はできるだけ寝ていたほうがいいのですよ」
草のほろ苦い笑みをものともせず禎は笑う。

「子供じゃないんだから大丈夫だよっ。それに、そんなに遅くまで起きてないし…」
「本当に?」

真直ぐに目を見る草に、禎は目を小さくそらす。

「う…ん」

頷いた瞬間ひゅうっと冷たい風が吹いて、禎が肩をすくめる。
転がるような咳はなかなか止まらない。

「うー。咽喉イタ…」

咳のし過ぎか、咽喉が赤く腫れているのだろう。
「口を開けてください」
「やだよっ。大丈夫だもん」
禎はかたくなだった。
「ちょっとみるだけです」
「病院行けっていうもん…」
「禎さん」
「それにこんな道端で…」
「あーんしてください」
「うー。あー」

しぶしぶ小さく口を開ける禎に草はくいっと細い顎を上に向けさせる。
禎は目を閉じて耐えていた。
草の顔が近づいてくるのが気配で分かる。

「やっぱり咽喉が真赤です」言いながら舌の上に落とされたのは…。
「あれ?」

ころんと転がる甘い香り。

「オレンジの薬用のど飴です。今日はお薬代わりに舐めていてください。明日も咽喉がはれていたら、病院に行きましょうね」
手渡されるスティックの飴の包み。あと6つくらいは入っていそうだった。
「う…ん」
ころり、と口の中で飴を転がして禎はしぶしぶ頷く。

「それから、咽喉を冷すのはよくありません」
草は自分のマフラーを取って、禎の首に巻く。
しっかりと襟元に風が入らないように、禎の首元にきゅっと大きくリボン結びにする。

「大丈夫だよっ。草ちゃんの過保護っ!」
ふい、とそっぽを向く禎に草は困ったように笑い眉を寄せる。

兄弟なんか持ったことないから、草は自分が過保護かどうかなんてわからない。
でも、こんなに弟というものが気にかかる存在だとは知らなかった。
可愛い存在だとも思わなかった。

「うるさくてすみません。でも病気になってしまっては遅いのですよ。この間熱を出したときも、どうしようかとおもったのですから」
「大丈夫だよー。寝てれば治るし」
「そんな風に甘く見てはいけません」

めっと叱る草に、禎はマフラーに顎をうずめる。
草の匂いがする。
気が向いた時にたまに使うという、ミント系の入った爽やかな緑の香り。
歩き出す草の服の肘を掴んで、くんっと引っ張る。

「ね、草ちゃん」
「はい?」
「いつもこの飴舐めてるの?」

ふにっと首をかしげる禎に草は笑う。
下から見上げる表情もかわいらしくて。

「いえ、友人からすすめられて買いました。禎さんのお口にあうかもしれないと。その場で生徒会の奴らに半分とられましたが…俺はいつもこれです」

見せられた飴に禎は思わずぷっと噴出した。
「そんなの食べるのー?」
「皆さんにじじむさいと笑われますが、効きます。ユーカリやミントやタイムやアニスも入ってますし」
「そんなハーブ、言われてもわからないけど」
草の服の肘を指でつまんだまま、禎は肩をすくめてクスクスと笑いつづける。
「生徒会の奴らも笑ってましたが、そんなに変ですか?」
くるりと飴を回転させる。

――龍角散のど飴――

を愛用する高校生はなんとなく、もさい気がする。
でもそんな草も、らしくて。

「こんど、そっちもちょうだい?」
「禎さんの苦手な薬臭さがありますが大丈夫ですか?」
「うん。試してみたい」
禎は笑って草を見上げる。
草は柔らかな瞳で禎を見下ろす。

ある登校のヒトコマ。

END

追記

「なー」
「なに?ざき」
「あのさ…べつにいいんだけど」
「べつにいいなら言うなよなー」
禎は休み時間に草にもらった飴をぱくんと口にしてころりと転がす。
咽喉はひどく痛いけど、咳も出るけど、草と一緒に登校するのは大好きだから…その機会をのがしたくなかった。
「や、やっぱりよくないから、言わせてもらうけど」
「なんだよー。もう」

山崎は禎の机に腰掛けて、座っている禎を覗き込む。
まだ兄弟なのは内緒の話しなので、山崎は声のトーンを落として禎だけに聞こえるように話す。

「通学路で、兄弟で見つめあったりってのはどうかとおもうぜ」
「見つめあ…っ!!!」

そんな事してないよっと禎はふくれるが、思い出すと…。
咽喉をあーんと見てもらった気がする…。
そしてなにより通学路…山崎やほかの人にも見られていたのかもしれないと思うと、頬がかぁっと熱くなる。

「やー。絶対ありえないとは思ったが…草さんとキスでもすんのかとおもっちまった」
「キッ…――!!」
予想外の所から飛んできた言葉に禎はさすがに絶句した。
が…咽喉を見てもらったときは確かにはたから見ると・・・と考えるとかぁっと赤みがさらに増す。
「さすがに公道ではなー。草さん背たけぇし、目立ちまくってたぜ。お前ひよこみたいだし」
「うー」
「気ぃつけろ。草さん好きの女に見られたらまた痛い目にあうぞ」

山崎の忠告に、禎はきつく眉を寄せる。

「ん。Thank、ざき」

「顔、赤いけど熱でたか?草さん呼んでくる?」
「いいよっ。草ちゃん過保護だもん」

まさか、日常茶飯事でキスしているとはいえない。
近い将来、その事もばれてしまうとは・・・禎もまだ知らなかった。



END 2010 4 24

寒暖の差が激しく、つい…
皆様お体に気をつけてくださいませ。季節外れ失礼しました。


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