ル イ ラ ン ノ キ


 3…「芒之神社」



そして迎えた8月10日。

芒之神社は自宅から徒歩30分で行ける距離だ。歩いて行くか、自転車で行くか迷ったけれど、自転車で行くことにした。なにかあったときに即効帰宅出来るように。

自分の部屋でうろちょろしながら何を持って行こうかと悩む。もし手紙を寄こしてきた人が変態だったらと考えると、身を守る何かが必要だ。

「スタンガンなんかないしなぁ……」

そう思ったとき、勉強机の上にあるペン立てに刺さっていたハサミが目に入った。

「……いやいや、いくらなんでも」

脅しにはいいかもしれないけれど、もしも刺してしまうようなことがあったらと思うと気が引けた。
ふと私はいいものを思い出して、机の一番下の引き出しを開けて探りはじめた。
がらくたが沢山入っている。友達からもらったキーホルダーやストラップ、インクが切れたペンに使わなくなったヘアピン、落書きしてあるノートなど捨てるに捨てられないものから、捨てられるけどなぜか入っている物などがごちゃごちゃしている。

「あった!」

そのガラクタの中から見つけ出したのは、小学生のときに父がくれた防犯ブザーだ。ぱっと見、単なるひよこのストラップに見えるけれど、チェーンを引っ張ると大きな音が鳴る。結局使うこともなく平穏にやり過ごした小学生時代だったが、今になって活躍するかもしれないとは……。

それから財布を持っていくことにした。何事もなかったときに、かき氷でも食べて帰ろうと思った。でも念のため、財布には1000円札を一枚だけ入れておくことにした。これでもし財布を奪われても千円だけの被害で済む。
あとはケータイだけで十分だろう。あまり変な物を持ち歩くと、なにかあったときに私の方が疑われてしまいそうだ。

私は部屋の時計を見て、現在の時刻を確認した。──午後7時前。
服装は肩が出る大きめなTシャツに、ショートパンツを合わせた。
ふと鏡を見る。髪型を変えようか。横に纏めて、和柄のシュシュでとめてみる。一応メイクもしておこう。
地元のお祭りは知り合いが多いはず。きっと中には友達もいて、浴衣を着て目一杯お洒落をしているはずだ。その中に地味な格好で入って行くのは年頃の女として少しばかり抵抗がある。
サンダルも、お婆ちゃん家に履いて行った安物のビーチサンダルではなく、ちょっとヒールがあるお洒落なサンダルを選ぶことにした。あまりお洒落をし過ぎても、近所のおじさんに冷やかされそうで面倒くさい。

準備を整えてからリビングに行くと、母がソファに座ってテレビを見ていた。私に目をやり、口煩く訊いてくる。

「あらなに、あんたどっか行くの?」
「まあね」
「だったら早く言いなさいよ夕飯つくってあるのに」
「すぐ帰るよ」
 そう言って台所で麦茶をついだ。

リビングに戻り、8時になったら家を出ようと思いながらソファに座ってお茶を飲んだ。落ち着かない。母がジロジロと見てくる視線が嫌でもわかる。

「なによ」
「あんたお祭りにでも行くの?」
「まあね」
「誰と行くの?」
「誰だっていいじゃん」
「いいわけないでしょ。まさか男と行くんじゃないでしょうね」
「ひとりで行くのっ!」

麦茶を一気に飲み干して、グラスを流しに持って行った。ため息が出る。心配してるのはわかるけど、言い方ってものがある。

8時までまだ時間があったけれど、私は早々と家を出た。通学のときに使い慣れている自転車に跨がり、芒之神社へと向かった。

      

神社が近づくにつれて太鼓の音が入った民謡が聴こえてくる。浴衣を着た人もちらほらと姿を見せ、私の鼓動は速まっていった。

自転車置場は神社を囲む塀の横にあり、すでに何台か並んでいて、倒れている自転車もあった。空いているスペースを探すのに少し時間を要した。
奥では20代前半くらいのいかにも怖そうな金髪の男達が数人集まってタバコを吸っている。絡まれたら厄介だ。どうか手紙を寄こしてきた人があの中にいませんように。
私は目を合わさないようにして、そそくさと自転車を停めてその場を離れた。

神社の石段を上がると、いい匂いが漂って来る。出店に出されている焼きそばやタコ焼き、イカ飯などの匂い。お腹の虫が鳴る。
私はケータイを開いて時間を確認した。──7時30分。

「あれ? りんじゃない?」

前から声を掛けられて顔を上げると、紫色の浴衣を身に纏った友達のなつこだった。満開の桜柄が綺麗で、目鼻立ちがいい彼女によく似合っている。

「なつこ……隣の人は?」
 なつこの隣に、浴衣姿の男が立っていた。同い年には見えない。年上だろうか。
「あ、彼氏ー。りんは?」
「ひとりー」
 私はなつこの喋り方を真似た。

なつこは予想通り、彼氏とお祭りに来ていた。なつこは恋多き女。つい先日別の彼氏と別れたって聞いたのに。

「珍しいねー、りんが夏祭りくんの」
「まあね。暇つぶし。それじゃ邪魔しちゃ悪いから、私行くね」

なつこに手を振り、彼氏さんに軽く頭を下げて人混みに紛れた。
本殿を目掛けて雑踏を掻き分けながら歩く。小学一年生のときとは違い、昔よりは周りがよく見える。幼い頃は距離を感じていた本殿までの道も、今ではすぐに辿り着く。

本殿を前にして、お賽銭をあげようかと思ったけれど、財布に千円札しか入れなかったことを思い出し、後悔した。小銭くらい入れておけばよかった。

そういえば、手紙にはこう書かれていた。

≪8月10日のすすきの神じゃのなつ祭りであなたにあいたい。午ご8時10ぷん、すすきの神じゃの裏にあるスギノキの下で≫

神社の裏って、敷地の裏じゃないよね? 本殿の裏に杉の木なんかあったっけ? 時間はまだ早いけれど、本殿の裏に回ってみることにした。

本殿の裏には車三台分のスペースが設けられ、その周りに大きな森が広がっている。そしてよく見なくても杉の木が沢山生えていて笑ってしまった。

「ちょっ……どの杉の木よ」

そう呟いて、幼い頃に座っていた場所に腰を下ろした。白い犬を思い出す。

人懐っこかった気がする。もしかしたら飼い犬だったのかもしれない。古い記憶は所々曖昧でハッキリしない。首輪をしていたかどうかも覚えていない。
ただ、薄暗くなっていた中で妙に白く明るく見えたふわふわな毛並みだけは、よく覚えている。

私はケータイを開き、適当に暇を潰した。

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -