ル イ ラ ン ノ キ


 25…「話し込み」



「ははっ……」
 と、彼は視線を落として呆れたように笑った。
「ごめんなさいっ! でもふざけてはないんです! そのっ……」
「いや、いいんだ。あんただけだよ、尚人が神隠しにあったんじゃないかって思ってくれたのは」
「え……?」

彼はしゃがみ込み、小さなロボットのおもちゃを手に取って眺めた。

「みんな、誘拐だって言うからさ。まぁ神隠しもある意味、“目に見えない何者か”に誘拐されたってことになるのかもしれないけど」
「目に見えない何者か……」
「俺は事件があった日、本当は一緒に祭りにいく予定だったんだ。でも熱を出してしまって、俺だけ家で大人しく留守番させられてた。尚人だけずるいってふて寝してたら、妙な夢を見たんだよ」
「夢……?」
「尚人が、白い狐と森の中へ消えていく夢。この神社の裏に広がってる森の中へ」
 そう言って彼は微かに笑った。「バカバカしいだろ?」
「そんなことないです……」
「いいよ無理しなくて。でも、単なる夢とは思えなかった。夢で見たようにその日、尚人がいなくなったんだからな。いなくなってからも、8月10日になると変な夢を見るんだよ。その夢には尚人は出てこないけど、白い狐が誰かを待っている夢だ。それも、今度は見知らぬ神社で」

今でも兄を思うこの人なら、私がこれからする話を信じてくれそうな気がした。
肩に掛けているバッグの中で、マナーモードにしてあるケータイが鳴っている振動を感じたが、私は構わず彼に告げた。

「多分その神社は、芒之神社だと思います」
「すすきの……?」
「さっき、鳥居の前で会ったお婆さんが話していました。ここの神様は、芒之神社に移されたと」
「神様の遷座が行われたからって、尚人まで……?」
「あの……」
 と、私は言葉を詰まらせたが、意を決して言った。
「これから話すことは、私が見た夢の話だと思って、聞いてくれますか?」

そして私は、小1の時に夏祭りに出かけて出会った“白い犬”との話から、今日この場所に至るまでの話を、打ち明けた。彼は相槌も打たずに、私が話し終わるまで黙って聞いていた。
話し終えたあとも、彼は暫く黙っていた。
そして、足元に置いていたおもちゃと花束を抱え、私と向き合った。

「だったら、もうここに尚人はいないんだな……」
「話を信じてくれるんですか?」
「作り話にしては出来すぎているし、俺が見た夢にも、関連性がありそうだからな」

そう言って彼は本殿の表へと歩き出したので、私も後を追った。

「神隠しって、なんだろうな」
「え……?」

彼は参道の中央で立ち止まった。私に背を向けたまま、話を続けた。

「死んだってわけじゃ……ないよな。俺が思うに、別の世界があって、そこで尚人は生きてるんじゃないかと思うんだ」
「……私もそう思います」
 私がそう答えると、彼は振り返り、優しく笑った。
「ありがとう……」
「それに、これは私が勝手に思ったことなんですけど、私の場合は幼い頃に出会ったお狐さまを怒らせたから色んな要求をされて大変な思いをしたけど、尚人くんの場合はきっと優しくて……お狐さまと出会ってずっと遊んであげているうちに時間を忘れて、気づいたときにはもう、戻れなくなっていたんじゃないかと思うんです」
「ははっ……ありがとう。でも君が出会ったお狐さまは、尚人自身かもしれないんだろ? 尚人が優しければ、そんな酷いことはしないよ」
「いえ……私が出会ったのは尚人くんじゃなくて、あくまで“お狐さま”です」
「…………?」
 彼は首を傾げた。
「お狐さまが着ていた浴衣に、尚人さんの名前が書かれていましたけど、その名前を聞いてもお狐さまは顔色ひとつ変えませんでした。その名前が何かもわかっていないようだった。……人間だったときの記憶が、もうないんだと思います。だから……」
「うん……ありがとう」

彼は小さく呟いた。その声は風に乗って消えていった。

「俺……ずっと尚人はどこかで生きてるって信じてた。それなのにみんなは俺が見た夢の話は信じないし、尚人を失ったショックで頭がおかしくなってると思われて病院にまで連れていかれたし、何より……みんな葬式で号泣しててさ。悔しかったんだ。だから君が例え夢のような話でも、俺と同じように尚人のことを考えて、生きていると言ってくれて嬉しいよ」
「葬式……?」
「あぁ……捜索願いを出してから7年過ぎると死亡扱いになるんだよ。遺体なんかねぇのに、形だけの葬式が行われて、みんな涙なんか流しやがって……」
「そうだったんですか……」

沈黙が続いた。彼は視線を落として一点を見つめていた。
きっと尚人くんのことを思い返しているのだろう。

「その芒之神社って何処にあるんだ?」
 と、彼は口を開いた。
「会いに行ってやりたいんだ。……つっても、尚人はすっかり心も体も狐に化けちまって、俺のことなんか覚えてないんだろうけど」
「覚えていなくても、心のどこかで感じる何かはあると思います」

そう言って私は芒之神社までの道を教えた。
すっかり夜が更けて、時刻は7時すぎ。時間を確認しようとして、母親から何度も着信があったことに気づいた。

「うわぁ……」
「どうしたんだ?」
「あ、いえ。ちょっと……」
 と、私は彼から少し離れて、母親に電話をかけた。

母は電話に出るやいなや怒鳴り声を上げた。

『あんた今どこにいるの?! 電話にはすぐに出なさいっていつも言ってるでしょ!』
「ごめんお母さん……気づかなかったの。今から急いで帰るから」
 と言っても帰りつく頃には10時過ぎそうだけど。
『それで今どこにいるの?!』
「……神社」
『神社? 芒之神社?』
「まぁそんなとこ……。とりあえず今から帰るから。じゃあね!」

一方的に電話を切り、ため息をついた。

「大丈夫? 周り静かだから、聞こえてたよ。お母さん?」
「あ……はい。でも大丈夫です」
「なんなら送るよ。俺はまだ車ないけど、先輩が持ってるから訊いてみる」
 と、彼は一度花束とおもちゃを足元に置いてから、ズボンのポケットからケータイをおもむろに取り出した。
「あっ、そんな結構です! 一人で帰れますから!」
 と、私は慌てて断った。
「でも女の子一人じゃ危ないよ」
「大丈夫です! それにそのっ……疑うわけじゃないんですけど、知らない人の車には乗らないようにしてるというかなんというか……物騒な世の中ですし……」
「あぁ、でも先輩っていっても……」
 と、ケータイを弄り、画像を見せてきた。
「この人だよ。見た目通り、温和な人。悪い人じゃないよ。……って言われても証明できないからムリか」

見せてくれた写メに映っていたのはふくよかな女の人だった。しかもお煎餅を食べながら幸せそうに微笑んでいる。

「ひとつ上で、美術部の先輩だったんだ。今は卒業したけど、今も可愛がってくれて、時々連絡取り合ってる」
「美術部だったんですか? 意外ですね、スポーツマンかと……」
「そうかな。まぁ中学までは野球一筋だったんだけど、足を痛めてからやめたんだ。で、昔から絵を描くのも好きだったから美術部に入部した」
「今おいくつなんですか?」
「俺? 18だよ。君は?」
「16で高校一年です……近いですね」
「そうだな」
 と、笑った顔はやっぱりお狐さまと同じ無邪気さがあった。
「やっぱりお言葉に甘えてもいいですか? お母さん怒ると面倒くさくて……」
「もちろん。先輩に頼んでみるよ」

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -