ル イ ラ ン ノ キ


 24…「神隠し」



確かに静波神社から一番近いバス停までは予想通り1時間以内に着いた。だけどそこから徒歩で2時間はかかってしまった。
真夏に2時間も歩き続けて体力は奪われるばかりだ。しかも家を出たのは午後1時。現在午後4時13分。すでに薄暗くなりはじめていた。

私は近くにあった自動販売機で水を買って、一気に飲み干した。2時間歩いている途中で何度も自販機を見つけたが、買わずに我慢した。トイレにいきたくなったら困るからだ。
漸く着いた静波神社の前にあった自販機でやっと水分補給が出来た。
それにしても……。
静波神社の鳥居の前に立ち、本殿を見遣った。近くまでいかなくても酷く古びているのがわかる。屋根に上がれば今にも崩れてしまいそうだ。長い間、誰も訪れておらず、手入れもされていない、そんな空気が漂っていた。

鳥居を潜ろうとしたとき、たまたま後ろを通りかかったお婆さんに声をかけられた。

「そこには神様はもうおらんよ」
「え……?」
 私は鳥居をくぐるのをやめて、お婆さんと向き合った。
「見ない顔だね」
「……あの、神様がいないって、どういう意味ですか?」
「9年くらい前だったか、神社合祀があってね」
「じんじゃごーし?」
「神社の合併だよ。ここの神社の祭神を他の神社に遷座させたのさ。神様がいなくなって取り壊すはずだったんだけどねぇ」
「どこに移されたんですか?」
「確か……芒之神社だよ」

静波神社で行方不明になった保坂尚人という少年と、芒之神社に現れたお狐さま。
少しずつ繋がりが見えてきた。

「あの……昔……」
「すまないがもういくよ。約束があるからね」
「あっ……ありがとうございました」
「あまり遅くまでうろうろしちゃだめだよ、物騒だからね」

私はお婆さんの背中を見送ってから、静波神社に向き直った。
神様のいない神社。私がお婆さんに訊きたかったのは、10年ほど前にこの神社で起きた事件のことだ。
私は暗くなる前にと、鳥居を潜った。心なしかひやりとした冷たい空気が全身を包み込んだような気がする。
本殿の中は、随分と荒れ果てていた。すっかり錆び付いたジュースの缶が転がっていたり、風に乗って中にまで入り込んだ枯れ葉や砂が一面を覆っている。隅々をよく見ると、蜘蛛の巣がいくつも張られていた。
とても10年ほど前まではここに地元市民が集まってお祭りが行われていたとは思えない光景だった。

私は保坂尚人という少年が忽然と姿を消したとされる本殿の裏へ向かった。──と、そこに人影が見え、ドキリとした。

「え……」

思わず身体が硬直した。そこにはいないはずのお狐さまがいたからだ。
でも、よく見ると違う。顔は私が見たお狐さまと瓜二つだが、髪は黒髪で短く、服装もチェックのワイシャツにジーンズといったラフな格好だった。
その男性は本殿の裏でしゃがみこんでいたが、私に気づくとすくと立ち上がり、怪訝な面持ちで私を見遣った。彼の足元には、花束と、ブリキで出来た可愛いロボットのおもちゃが置かれている。

「誰だ……?」
 そう言ったのは彼の方だった。
「あ……すみません。あの……」

私のほうが訊きたかった。だれ? と。

「ほさか……なおとさんの記事をたまたまネットで見つけて……」
 と、曖昧な嘘をつく。
「なおひと」
「え……?」
「なおとじゃない。“なおひと”だ」
 そう言って彼は足元に置いてある花束に視線を落とした。
「あ……すみません。貴方は……誰なんですか?」
「俺は尚人の弟。双子の弟だ」

一瞬、頭の中がパニックになる。必死に心を落ち着かせ、質問を投げかけた。

「一卵性の……?」
「そうだけど……」
 と、彼は明らかに不審者でも見るような目を私に向けた。

そりゃそうだ。ネットで記事を見たというだけでその場所に訪れ、双子だと訊いて一卵性かどうかの確認をしてきた女だ。彼からしてみれば私は謎めいていて不審者同然。

それにしても、一卵性ということは顔が似ているはずだ。お狐さまと瓜二つの保坂尚人の弟。
考えられることはひとつだけ。私が見たお狐さまは、忽然と姿を消した保坂尚人本人であるということだ。

「悪趣味だな」
 と、彼は呆れたように言った。
「興味本意で来たんだろ? たまにいるんだよそういう奴」
「ち、違う! 私はっ……調べに来たんです!」
「なにを?」
「なおひとさんについて」

風が吹いて、木々を揺らした。ありのまま話して、信じて貰えるとは思えない。だからなにか代わりになる言葉を探したけれど、うまく見つからない。

「調べるって?」
「……ごめんなさい私……ふざけたこと言うなって思われるかもしれないけど、決してふざけてるわけじゃなくてっ」
「なに」
「尚人さん、神隠しに合ったんじゃないかと思ったんです……」

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©Kamikawa
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