voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅9…『ガラス玉』

 
ルイ持参のテント内から、男達の笑い声……いや、怒鳴り声が外に響いた。
 
「いいじゃねぇーか少しくれぇ! 見て減るもんじゃねーだろ」
 と、せがむジャックに、
「ダメです!」
 と、一点張りのルイ。
 
テント内から聞こえる彼等の声にハラハラしながら、アールは1人、泉に浸かっていた。そんな彼女の入浴を堂々と覗き見したがってやまないのがジャックだ。そして、コモモとカイはジャックに便乗しようとしている。
テント内ではなにがなんでもその3人を阻止しようとしているルイの声がアールの耳に筒抜けだった。残り3名の声はしないが、アールの裸に興味が無いか、もしくは端から諦めているようだ。
 
「私の裸なんて見る価値ゼロだっつの……」
 と、タオルで体を擦りながら、アールはシェラのことを思い出して呟いた。
 
どう考えても幼稚体型の自分よりも、シェラのような女性らしく大人っぽい体の方が見る価値があるというものだ。
泉から上がってテントに戻ると、思わず顔をしかめた。男達がひとつのテント内にひしめき合って、男臭い汗のにおいとジャック達の酒の臭いが鼻をついたのだ。泉で体を洗い流したばかりだというのに、においが体に染み付いた気がしてまた泉に浸かり直したい気分になった。
 
「アールちゃん良い香り漂わしちゃって煽ってんのかぁ?」
 と、ジャック。
「もう自分のテントに帰ってください」
 アールは冷たく言い放った。
 
ジャック達がアールの入浴を覗かないようにと、ルイが自分たちのテントに招いて見張っていたのだ。
 
「つれないねぇ」
 そう言って重い腰を上げようとしたジャックに、
「ジャックさん達はこれからどうするのですか? まさかまだ女性を狙う気ではありませんよね?」
 と、ルイが尋ねた。
「今回の依頼はなかったことにするさ。元々乗り気じゃなかったしな」
「そうですか。それならいいのですが」
「あと2、3日したらログに戻って新たな依頼でも受けるとするよ」
「2、3日?」
「あぁ。受けた依頼はひとつじゃねぇからな。ランプ草を摘んで持ってく“可愛い仕事”が残ってる」
 と、ジャックは頭をかきながら苦笑いをした。
「まともな依頼ですね」
 ルイも微笑む。
「ランプ草なんか今時売れんのかよ」
 と、シドが会話に入った。
「大した額にはなんねーよ。けどまぁ……他のおっかねぇ依頼は俺達向けじゃあねぇな」
 ジャックがそう言うと、彼の仲間達は顔を見合わせて情けなく笑った。
 
ただ1人、ジムだけは終始無表情だが。
 
「あ、お前等に詫びと言っちゃなんだが良いもんやるからちょっと待ってろ」
 
そう言ってジャックは一先ずテントを出ると、コモモ達もジャックに続いてテントを出て行った。
 
「良いもんってなんだ? 酒か何かか?」
 と、あぐらをかいているシドが言う。
「お酒でも料理に使えるので有り難いですけどね」
 ルイはいつの間にかテント内に散らかっているカイの玩具を片付けながら言った。
「勿体ねぇなぁ……。料理に使うくらいなら俺が全部頂くわ」
「旅中のお酒は控えてください。──あ、お酒は治療にも使えますからやはり有り難いですね」
「お酒って決まったわけじゃないでしょお?」
 と、納得いかないカイは言った。「俺はねぇ、女の子がいっぱい載ってる雑誌だったらいいなぁとか思っちゃったりなんかしちゃったり!」
「必要ねぇな」「必要ありませんね」
 と、2人は声を揃えて言った。
「なんだよぉ。じゃあアールは何だったら嬉しい?」
 と、タオルで髪を拭いているアールにカイは尋ねた。
「私? うーん……防護服とか?」
「あぁ」
 と、3人は納得したように言った。
「けど考えてみろ。あいつらがくれる防護服は臭そうだぞ。それでもいいのか?」
「確かに臭そぉ! そして汚そう!」
 と、カイが笑いながら言う。
「シドさん、カイさん、失礼ですよ」
 と、ルイ。
「確かに臭いのは嫌だな……」
 アールはつい本音をもらす。
「アールさんまでそんな……。人のご好意をそんな風に言ってはいけませんよ。臭くても、汚くても、感謝して受け取るべきです」
 と、言ったルイに、
「誰が臭くて汚いだと?」
 と、戻ってきたジャックが不機嫌そうに言った。
「あ……いえ、違います!」
 と、ルイは慌てて訂正した。
 
そんな姿を見てアールは思わずくすりと笑った。
 
「お前等にやりたかったのはこれだ」
 そう言ってジャックは透明で小さなガラス玉をルイに渡した。
「これは……頂いても宜しいのですか?」
「あぁ。俺らみたいなやさぐれ者に使われるよりはお前らみてぇなまともな連中に使われたほうが“コイツ”も本望だろう。使えるものかどうかまではわかんねぇが……」
「いえ、とても助かります。ありがとうございます」
 と、ルイが丁寧に頭を下げると、座っていたシドとカイもわざわざ立ち上がり、2人共頭を下げた。
「おいおい大袈裟だなぁ、やめてくれよ。そこまで感謝される覚えはねぇよ」
 と、ジャックは少し困った表情で照れ臭そうに笑った。
「──それ、なに?」
 と訊いたのは何も知らないアールだった。
 
シドやカイまでも頭を下げるということは、余程の物なのだろう。アールの目には単なる透明なビー玉にしか見えなかった。
 
「アールちゃんはホントに何も知らねんだな。何も知らずに旅をするのは危険だぞ?」
 と、ジャックが警告する。
 
大抵、旅をする者なら知っていて当たり前のことをアールはまだ知らない。いや、まだ知らされていないのである。
 
「アールさん、これは亡くなった方の力が宿っている“アーム”という物です。後で詳しく説明しますね」
 と、ルイは言い、シキンチャク袋から魔法円のラベルが貼られた瓶を取り出すと、ガラス玉を中へと仕舞った。
 
その瓶の中には、大きさが疎らなガラス玉がいくつか入っていた。
 
アールは、小さなため息をつく。──後で説明するって、本当に説明してくれるのかな……。そんな不安が過ぎった。
 
「じゃあ出発すっか」
 と、シドが言った。
「えぇ?! 俺も泉に浸かりたい!」
 と、カイが訴える。
「浸かってこいよ。テント仕舞う間に」
「えぇっ5分もないじゃーん……」 
「そんなに時間ないの?」
 と、アールはずっと気になっていたことを口にした。「いつも急ぐけど、なんで時間がないの?」
 
この世界に来てから、ろくな説明もなく急かされ今まで歩き続けてきた。いい加減うんざりもしてくる。
 
「アールさん、そのことについても後で説明しますから……」
 と、ルイは申し訳なさそうに言った。
「後でっていつ……?」
「ログ街についたら、全て説明します」
 
ルイの表情に笑顔はなく、目を真っ直ぐに見つめてそう言われたからアールもそれ以上しつこく訊くことは出来なくなった。
 
 

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©Kamikawa
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