voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅8…『属印-ゾクイン-』◆

 
アールは腰を下ろし、コートを脱ごうとして「痛ッ?!」と、声を上げた。左腕にまた激痛が走る。微かに熱を帯びているようだ。
ルイは、顔をしかめながらコートを脱ぐアールを手伝うと、そっと彼女の左腕に触れ、診察を始めた。
 
「骨に皹が入っているようですね」
「え?! ほんと?! なんで分かるの?」
「医眼光という治療魔法によって診ることが出来ます。手で触れ、痛みを発している場所を見つけ出し、その原因を知ることが出来ます。僕の場合は頭の中でレントゲンで撮ったような骨の皹や、体内の何処かに炎症をきたしている様子など映像化されて見ることができます。あまり複雑過ぎる症状だと難しいのですが」
「魔法なの? じゃあ診るだけでも魔力を使ってるんだよね? 大丈夫?」
「えぇ。僕の心配より、今はご自身の心配をなされたほうがいいですよ」
 ルイはアールの優しさに笑顔で答えた。「でも、今から僕が治しますから、安心してください」
「魔力使いすぎちゃうんじゃない?」
「小さな皹ですし、大丈夫です。少し熱いので我慢してくださいね」
「熱い?」
 
ルイはアールの左腕を両手で優しく包み込み、目を閉じた。ルイの手から緑色の光が放たれ、彼女の患部を覆う。
 
 なにこれ……熱い……。
 
ルイが触れている部分だけがジリジリと熱を帯び始めた。カイロを直接肌に押し当てているような熱さがある。次第に緑色の光が消え、感じていた熱も和らいだ。
 
「もう大丈夫ですよ」
「え? もう?」
「腕を動かしてみてください」
 
恐る恐るゆっくりと腕を上げてみると、全く痛みは感じなかった。左腕だけがまだポカポカと温かい。
 
「凄い……治ってる!」
 ルイがアールの腕を包み込んで治すまで5分もかからなかった。
「次は背中を」
 
背中は常にジンジンと痛みを発していた。自分で確認するのも抵抗があるというのに、やはり人に見せるのは正直嫌だったが、ルイは旅において医者のような存在だ。アールはルイに背中を向け、服を脱いで上半身だけ下着姿になった。
 
「血が滲んでいますね、それから明日には痣が出来ると思います。こちらも治療魔法で治してしまいましょう」
「血?」
「虫刺されを掻きむしったときの傷が開いたのだと思います」
「そっか、じゃあ魔法はいいよ。後で泉に浸かろうかな。時間ない?」
「いえ、大丈夫ですが……」
「ところで、ジャックさん達はシドが?」
 と、アールは服を着ながら言った。
「えぇ。あっという間に」
「え、でも……ジャックさん達の方が強いのかと思ってた……」
「すみません。あれはわざと負けたのですよ。魔物より人を相手にする方が危険ですから、まずは様子を見ることが先決だと思いまして。しかしシドさんはカッとなるタイプですから、僕が飛ばされた後、ドルフィさんと戦闘になりましたよね。でも戦闘中も僕やカイさんのことを気にかけてくれていたので、合図を送りました」
「合図?」
「胸に拳を2、3回当てるのですが、戦闘を控えてくださいという合図です。予め決めておいたことなのですが、アールさんにも話しておくべきでしたね。不安にさせてしまい、申し訳ありません」
「そうだったんだ……。でも良かった」
 見捨てられたわけじゃなかったんだ……と、アールはほっとした。
 
暫くして、外からシドの声が響いた。
 
「おーい! 戻ったぞ! コイツ等どうすんだ!」
「行きましょう」
 ルイとアールがテントから出ると、シドと一緒に戻っていたカイが心配そうにアールに駆け寄った。
「アールぅ! 大丈夫だったぁ?」
「うん、大丈夫」
「で、コイツ等どうすんだ」
 シドは、結界の中で不機嫌そうに座り込んでいるジャック達を見下ろしながら言った。 
「ジャックさん、お尋ねしたいことがあります」
 ルイは地面に膝をついて、結界越しに言った。
「なんだよ! 話すことはねーぞ!」
「ジャックさんは魔力をお持ちですか? 防護魔法を破る……もしくは弱める力です」
「そんな大それた力持ってりゃ苦労してねぇよ」
 と、ジャックは顔をしかめた。
「そうですか……」
「お前のコートが破れた原因はコイツらだと思ったのか?」
 シドが腕を組んでルイに言った。
「えぇ。でも、彼等ではないようですね」
「おい、もういいだろ。解放してくれよ」
 ジャックはすっかり観念していた。狭い結界の中で男4人閉じ込められているのだ。たまったもんじゃない。
「まだ質問があります。貴方達は何者ですか? 目的は? なぜ僕達を襲ったのです?」
「質問はひとつずつにしてくれよ。それに、言えば解放してくれんのかぁ?」
「正直に言えば怪我することなく、解放してやる」
 と、シドは刀を抜いて結界に向けた。
「チッ。お前等を甘く見ちまったようだなぁ……。俺達はただの請負人だ。ログ街で依頼を受けて出てきた」
「何の依頼ですか?」
「15〜18歳の若い女を連れて来いって依頼だ。家出娘か、身寄りのない娘であることも条件だ。連れてくだけで報酬は50万だぜ」
 
ルイ、カイ、シドは、顔を見合わせると少し気まずそうにアールに目を向けた。
 
「それで……私を?」
 と、アールは妙に冷静にジャックに訊いた。
「あぁ、ちょうど良いところに来てくれたと思ってな」
「私10代じゃないんですけどね」
「えッ?!」
 ジャック達は声を揃えて驚いた。
「──で、連れてったらどうなるの?」
「さぁな、俺達は報酬貰うだけだ。連れてった女がどうなるかは知らねぇよ」
「そんな怪しい仕事引き受けるなんて信じられない……」
「うるせぇな。俺達も生き抜く為にゃ手段選んでる暇なんてねぇんだよ。好きでこんなことやってるわけじゃねぇ」
 ルイが一歩、前に出だ。
「他にも依頼はあるはずですが、なぜ人身売買のような仕事に手を出したのですか」
「以前は魔物退治の依頼を受けていたが、死にかけたんだよ。そんで怖気づいて楽な仕事がしたくなっただけだ。もういいだろ、ガキに説教なんかされたくねーよ」
「わかりました。結界を解きますが、妙な真似はしないでくださいね」
 そう警告してから、ルイは結界に手を翳した。シドは念のためジャック達に刀を向けたままだ。
「そう警戒すんなよ、俺達はあんたらより弱いんだからよ」
「そんなんまだ分かんねぇだろ。力を隠し持ってる可能性はある」
 と、シドは言った。
 
漸く結界から出られたジャック達は大きく背伸びをした。
 
「んんっ……漸く出られたぜ。そんなに不安なら今ここで裸になってやろうか? 属印者じゃねぇことくらいなら分かるだろうよ」
「ぞくいんしゃ?」
 と、アールは首を傾げて言った。
「俺知ってるかもー!」
 と、カイが言う。「どっかの組織とか団体に所属している人の印だよねぇ」
「そしき?」
 と、アールはまた質問をする。
「何も知らないんだな」
 と、ドルフィが呆れたように言った。「仲間の証として肌に刻んだ印を属印と言うのさ。大きな組織ほど属印がある。大きな組織ってことは、力もそれなりにあるってことだ」
 

 
「んじゃ、さっさと脱げよ。男の裸なんか見たくねーけどな」
 シドがそう言うと、ジャック達は服を脱ぎはじめた。
 
ズボンまで脱ぎはじめたのでアールは直ぐに彼等に背を向けた。そんなアールを楽しそうに見ているカイ。
彼等の言った通り、体のどこにも属印はなかった。
 
「もう大丈夫ですよ」
 と、ルイがアールに言った。そしてアールに説明するように続けた。
「属印には魔力が込められているのです。 仲間を裏切ったり、仲間との契約を破ると何等かの代償を負うのです」
「まじか?!」
 と、ジャックが驚き、続けた。
「属印を捺したら仲間から抜けるのは難しいっていう話なら聞いたことあったが……まさか爆弾抱えてるようなもんだとはなぁ」
「大概は属印を刻まれた後に知らされますからね。仲間を増やす為なら卑怯な手も使うのでしょう」
 
ジャックとルイの話を聞いていたアールだったが、ずっと気になっていることがあった。まだ一度も喋っていない人物がジャックの仲間に1名いた。鼻にピアスをしてる“ジム”である。
彼等と出会った夜から、一言も発していないのだ。表情も笑うわけでもなく、怒るわけでもなく、常に無表情を決め込んでいる。お酒を飲んでいた時も1人だけ静かに黙々と飲んでいた。戦闘の時もただ傍観していただけだ。一体何者なのだろう?
そう思いながらアールはジムを眺めていると、彼と目が合ってドキリとした。
 

 
 やばっ……ちょっと怖いかも。
 
目を逸らしても、ジムはじっとアールを凝視していた。そして彼はスタスタとアールの前まで歩み寄り、立ち止まった。
 
「え……な、なに?」
 
ジムは冷めたような目でアールを見下ろしている。ルイ達も何事かと思わず会話を中断させ、2人に目を遣った。
 
「あ、あの……なんでしょうか」
 蛇に睨まれた蛙って、こんな感じなのだろうかとアールは思った。
 
しかし、ジムは表情ひとつ変えることなく、アールの頭にポンッと手を置いて、自分のテントの中へと入って行った。──辺りが静まり返る。
 
「今のは一体……?」
 呆然と立ち尽くしているアールに、ジャックは大笑いをした。
「ガハハハハハ! アイツはどうやらアールちゃんを気に入ったらしいな! 気に入ったと言っても、別に女としてじゃねぇな。面白い人間だな、とでも思ったんだろう」
「気に入られても困るけど」
 アールは気まずそうに言う。「でもあの人、無口だね」
「あぁ、アイツは喋れねぇからな。声帯潰されちまってよ、声が出ないんだ。まぁ元々無口な方だったけどな」
「声帯が? なぜそんなことに……」
 と、ルイが訊く。
「マヌケな話だ。ギクバラという木の実を食っちまって喉が焼けたんだ。直ぐに治して貰ったが声だけは戻らなかった」
「ギクバラ? 素人だとバラツエと間違えてしまう毒のある実ですね」
「あぁ。この話は聞かなかったことにしてくれよ、マヌケな話は知られたくないもんだ」
 
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -