voice of mind - by ルイランノキ


 アーテの館5…『エイミー』

 
チャリティコンサートでエイミーは5曲歌い、休憩を挟んで更に5曲歌い、計10曲を披露した。
客のボルテージも最大限にアップし、熱狂的に彼女の名前を呼ぶ声がステージ上にいる彼女の元へと届けられた。
 
エイミーの挨拶が終った後、客は一斉に引き始めた。そのせいでまた人の群れに押し流されてゆく。ルイはアールの手を強く握り、引き寄せた。スーの戻りを待つまでは会場の外へ押し出されるわけにはいかない。
 
「端へ移動しましょう!」
 と、アールの肩を抱いてなるべく密着しながら寿司詰め状態の人ごみを抜けてゆく。
 
せっかちな客が「退け!邪魔だ!」などと叫んでいる一方で、「押さないで下さい!」と叫んでいる女性の声もする。警備員がどこにいるのかも見えず、誘導する声さえもかき消されてしまっている。
アールは押しつぶされながらもルイに寄り添ってなんとか端へと移動した。グッタリと膝をつき、お洒落してこなくてよかったと思った。
 
「主催者はこんなにも人が集まるとは思っていなかったようですね……」
 と、ルイも腰を下ろした。
 
端に移動したとはいえ、同じく端に避難してきた人たちが既にベンチなどを占領している。コンサートを見終わった客と、出店に並んでいる客が入り混じって大渋滞だ。
 
「スーちゃん踏み潰されてないといいけど……」
 
たとえ踏まれてもスーはスライムだからなんともないのだが、踏まれれば嫌な気持ちにはなるだろう。
 
「しばらくここで待機していましょう。なにか飲み物などいりませんか? もう少し客が引いたら買いに行ってきますが」
「ううん、ルイもしんどいでしょ? 気を遣ってくれなくて大丈夫だよ」
 ルイの優しさにはいつも心和まされる。そしてなにより、安心する。
「陽が照りそうなので、人が空いたら日陰に移動しましょうね」
「うん」
 
エイミーのコンサートが終った後も、イベントは続いていた。無名のバンドがステージに立ち、音を奏でるも聴いている人はほとんどいない。ダンスグループがステージに立ったときはその迫力に足を止めて振り返り、観賞する人も見受けられた。
陽が照り始め、ルイはアールを連れて木陰に移動した。
 
「全然人減ってない気がする……」
「ですね。むしろエイミーさんに興味がない人はこれから来るでしょうし、夜まで多そうですね」
 
アールは足を伸ばして木に寄りかかった。背中がひやりとして気持ちがいい。森の奥からは涼しい風が吹いてくる。
ルイもアールの横に座り、雑踏を眺めた。
 
「…………」
 
アールも行き交う人々を眺めながら、いつも涼しげな顔でなんでも率先してこなしてくれるルイに訊きたいことがあった。それは、私に対してうんざりしたことはないの?ということ。いくら面倒見がいいとはいえ、嫌になることくらいあるだろう。
けれど、訊くことはしなかった。訊いてもルイは答えてくれないとわかっているから。だから質問を変えた。
 
「ルイはさ、ストレス溜まることないの?」
「ストレスですか……ないこともありませんが、うまく発散していますから」
「そうなの? どうやって?」
「好きなことをやるのが一番です。料理をしたり、読書をしたり。食器を洗うのもストレス発散になりますね」
「え、ならないよ……むしろ毎日食器洗いしてたらストレスになる。洗濯物もそうだけど洗っても洗ってもきりがないじゃない」
「なるほど……そのように考えたことがありませんでした。僕は、自分が作った料理を皆さんがおいしそうに食べてくれて、食べ終えた食器をピカピカに洗ってまた新たに料理を盛るという流れがとても気持ちが良くて好きなんです。洗濯もそうです。汚せば汚すほど、綺麗になると気分もすっきりします」
「…………」
 
ルイに合った職業は、医師と、主婦業だろう。医師になれば将来安泰だし、家事も好きだから自分でやるとなると奥さんになる人は幸せだろうなと思う。
 
「子供は好き?」
 と、アール。
「僕ですか? えぇ、好きですよ」
 
駄目なところがまるでない。逆に彼に見合う女性なんているのだろうか。というか──
 
「ルイって、どんな女性が好きなの?」
 と、思う。
「え……」
 
何気なく訊いたアールの問いに、ルイは喉をつっかえてしまった。一瞬頭が真っ白になり、ある言葉が頭に浮かぶ。──僕はあなたが好きです。
 
「ルイ?」
「あ……そう……ですね、あまり考えたことはありません」
 と、目を逸らした。
「でもこれまで好きな人とかはいたでしょ? どんな子が好きだったの?」
「……なにかにがんばっている人でしょうか」
「がんばってる人? 努力家さん?」
「アールさんはどのような方が好きなのですか?」
 と、訊いてすぐに後悔した。
 
見たくもない薬指に目がいく──
 
「んー、改めてそう訊かれると難しいなぁ」
 そう呟いて、表情が険しくなった。
 
──雪斗の顔を思い浮かべようとしたのに、浮かばない。目も、鼻も、口も、髪型はどんなだっただろう。
 
「そういえば、スーさん遅いですね」
 と、話を変えたのはルイだった。立ち上がり、辺りを見回した。
 
━━━━━━━━━━━
 
スーはアールたちの元から離れた後、比較的人の足が少ない場所を通ってステージに近づいた。スーも人間と同じ様に状況を理解する頭は持っている。コンサートが始まり、一先ずエイミーという女性の顔を確認した。
歌っている最中に近づこうとも思ったが、仮に彼女に近づいて悲鳴を上げられてしまっては、異様なほど興奮している人間たちの熱が一斉に冷めることだろう。スーなりに空気を読み、歌が終るのを待った。
 
コンサートが終わり、ステージをはけるエイミーの後を機材に隠れながらつけてゆくスー。時に体を縦に伸ばし、時に平たくなって隙間に入り込んで身を隠した。
そうこうしているうちにアールから託された紙切れがクシャクシャになってしまったが、落とさないように破かないように気をつけながら彼女の後を追ってゆく。

そして、控え室があると思われる建物の中へ入り込み、彼女の楽屋を見つけた。彼女に寄り添うつきっきりの男がいる。彼のショルダーバッグに入り込み、一緒に楽屋の中へ。
 
「お疲れ様でした。すぐ着替えますか?」
 と、男は訊きながら、スーが潜り込んでいるショルダーバッグをソファに置いた。
「うん。最近代謝がよくなったのかな、すぐに汗だくになっちゃって困る……」
「では着替えたら声を掛けてください、部屋の前にいますので」
 と、男は部屋を出て行った。
 
室内が静寂に包まれる。スーはそっとバッグから顔を出して様子を窺った。化粧台の前で下を向いて座っているエイミーの後姿が見える。何をしているのだろうかと、物音を立てないように気付かれないように近づくと、携帯電話をいじっているところだった。誰かにメールでも打っているのだろう。
 
スーは考えた。悲鳴を上げられてしまったらきっと部屋の外で待機しているあの男が戻ってくるに違いないからだ。そうなると追い出されるだろう。
スーはそっとクシャクシャになった紙を広げた。目に付くところに置こう。そう思い、水の入ったペットボトルなどが置かれているテーブルのど真ん中に置いて、隠れることにした。
 
「送信っと」
 
エイミーは携帯電話を化粧台に置いて立ち上がった。ハンガーラックにかけていた私服をテーブルに移動させようとして、紙切れに気付いた。
 
「……?」
 
私服を置き、拾い上げてそこに書かれている文字を見遣った。
 
 《陽月(ひづき)をご存知ですか? アール・イウビーレ》
 
「陽月……」
 その名前に反応を示した。
 
そして、どこからともなくペチペチと小さな音がした。はじめは気にならなかったが、ペチペチペチペチとしつこいほど音がするのでなんの音だろうかと周囲を見回した。
 
「なに……?」
 
テーブルの下を覗き込み、目を見開いた。スライムいたからだ。しかし彼女は悲鳴をあげなかった。なぜならそれが可愛く見えたから。スーはバッグの中に入り込んだとき、彼女のものと思われる花のコサージュを見つけていた。それを頭につけていたのだ。
けれどもエイミーはスライムに触れたこともなければ本物を見たのも初めてだった。少なからず警戒心を持ち、声を掛けてみた。
 
「こんにちは」
 
スーはエイミーが自分を警戒しているのを察し、自分からは近づかないようにした。手を作り出して、ピラピラと振ってみる。互いに様子を窺っている。
 
「ふふ、可愛い。もしかして、これ、あなたが?」
 と、紙切れを見せた。
 
スーはパチパチと手を叩いた。──その通りと言っている。
 
「あなたがアール?」
「…………」
 
スーは考え込み、両手でバツを作った。最近は意思表示のレパートリーが増えてきた。
 
「じゃあ……その人に頼まれたの?」
 
高速拍手をし、その通りだと伝える。
そのとき、ドアの前で待機している男が部屋をノックした。
 
「エイミーさん、着替えましたか?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと……メール打ってて。すぐに着替えます」
 そう答えてからスーに言った。
「ごめんね、ちょっと着替えるね」
 
エイミーは急いで私服に着替え、衣装はハンガーラックに掛けた。それから少し悩んでから、テーブルの上に移動していたスーに手を伸ばした。
 
「触ってもいい?」
 
スーは彼女を驚かさないようにと体から手をのばした。エイミーもはじめは恐る恐るチョンと指で触れた。
 
「あなたのことと、このメッセージを書いてくれた人の事を、マネージャーに話そうと思うの」
 そう言うと、スーは目をパチクリとさせた。部屋の前に入るのはエイミーのマネージャーだ。
「彼は信用できる人だから大丈夫。おいで」
 と、手のひらをスーの前に差し出した。
 
スーは何度もエイミーを見上げ、乗っていいの? と確認をしてから彼女の手の上へ。
 
「私は陽月を知っているわ。この日を待っていたの」
 そう言って、楽屋のドアを開けた。
 

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©Kamikawa
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