voice of mind - by ルイランノキ


 アーテの館4…『コンサート』

 
入場料を支払ったルイは、はぐれないようにとアールの手を掴んだ。少しだけ意識が彼女の小さな手に向けられる。
 
午前9時10分。既に会場は開かれており、人気絶頂中のエイミーを見ようと予想を越えた大勢の人たちで溢れかえり視界を塞いでいた。出店もいくつか出ており、目的地へ向かうのも一苦労だ。コンサートが行われるステージは遥か奥だった。
 
「すっごい人!」
 と、アール。
「はぐれないで下さいね。なるべく先頭へ行きましょう」
 
目的はエイミーとの接触だ。コンサートを見るだけなら遠くてもかまわないが、話を試みるとなるとなるべく近いほうがいい。
 
「控え室とかないのかな?! 声を掛けられる瞬間ってあるのかな?」
 さすがにコンサート中に声をかけることは出来ない。
「フリップボードを用意してくるべきでしたね!」
「なるほど!」
 
アイドルのコンサートのようにうちわでもいい。そこにメッセージを書いておけば見てもらえる可能性は高い。
人を掻き分けて前へ前へと進んでみたものの、既にステージ前では持参した敷物を敷いてまで場所取りをしている人が多くいた。
 
「これ以上は進めませんね……」
「これじゃあ例えフリップを持ってても気付かれない」
「最前列にいる方に駄目元で頼んでみましょうか」
「そこまでしてくれなくていいよ……」
 でも、ここまで来てただコンサートを見て帰るなどしたくはない。
「いざとなったら関係者以外立ち入り禁止の場所に入り込んででもエイミーと話ができないかがんばってみる!」
「取り押さえられてしまいますよ……」
「でもさすがに捕まりはしないでしょ? 追い出されるだけなら怒られてもいいよ。危険人物とみなされてもなんとしてでもエイミーの耳に届けば……」
 と、誰かがアールの背中にぶつかり、よろめいた。「わっ!」
「大丈夫ですか?」
 と、抱きしめる形でアールを支えた。
「コンサートが始まったら余計に人が集まって窒息しそうだ……」
 と、至近距離で見上げられ、ルイはドキリとした。
 
辺りは人々の熱気と出店から漂う食べ物の匂いが合わさって気分が悪くなりそうな空気が充満している。チャリティコンサートの開催時間が近づくにつれてますます人が増え、後ろから押しくらまんじゅうのように押されて身動きが取れなくなっていった。
ルイはなるべくアールが潰されないようにと体を張って守るが、限界がある。子供連れの親は子供をおぶったり肩車をしているが、後ろの客から見えないと怒鳴られている。どこからか喧嘩をしている声まで聞こえてくる始末だ。
 
「危険ですので押さないで下さい!」
 と、警備員が注意を促している。
 
「アールさん大丈夫ですか?!」
「スーちゃん連れてくればよかった! スーちゃんなら!」
「あ、スーさんならいますよ」
「え?」
 
ぬるっと、ルイの襟からスーが顔を出した。欠伸をして、眠そうな目だ。
 
「スーちゃん!来てたの?!」
「はぐれると互いに捜せないと思い、コートの中へ入っておくように言っておりました」
「ねぇスーちゃん、これからあのステージに出てくるエイミーっていう女性とどうしても話がしたいの! わかる?」
 
スーは拍手をして“わかる”と表現した。
 
「ですがスーさんを近づけさせることが出来てもスーさんは話が出来ませんよ?」
 と、ルイ。
「そっか……メッセージ書いた紙を持たせても駄目かな?」
「エイミーさんの元まで届けることができたとしても内容によってはただのファンからだと思って気に留めてもらえないかもしれません……」
「内容……」
 アールはごそごそとシキンチャク袋からノートとペンを取り出し、考えた。
 
一瞬でも見てもらえたら。その一瞬で伝える文章。気に留めてもらえる文字。余計な言葉は省いて、単刀直入に。
アールは破り取ったノートの端にひとこと書いて、スーに託した。
 
「必ず届けて。本人に。急がなくていいから」
 
スーは手を作って敬礼をして見せた。そして筒状に丸めた紙切れを持って地面に降り立ち、人の足の間を縫うように人ごみの中へ消えていった。
 
「スーちゃんいつ敬礼なんて覚えたんだろう……」
「わかりやすい表現になりましたね」
「必ずって無理言っちゃった……」
「スーさんならきっと任務をこなしてくださると思いますよ」
 
それから開催時刻になり、集まった人々が一斉に歓声を上げた。ステージ上にエイミーが現われると、よりいっそう辺りの熱気が上昇。アールの身長ではステージが見えなかったが、エイミーの声はマイクのスピーカーを通してしかと聞き取れた。
 
《みなさん、こんにちはー! エイミーです! 今日はチャリティコンサートに足を運んできてくださってどうもありがとう! いっぱい楽しんで行ってね!》
 
曲が流れ出し、彼女の美しい歌声が会場を包み込んだ。
 

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