voice of mind - by ルイランノキ


 アーテの館2…『誕生日』

 
朝食を囲む食卓は、気持ちのいい朝とは思えないほど空気がじめじめとしていた。
アールもカイも食欲がない。ルイもあまり食欲はなかったが、残すのはもったいないのでテンポよく機械のように口へ運んでは噛んで飲み込んでいく。
 
「カイさん、食べられませんか?」
 箸を持ったカイの手が止まっていた。
「あー…うん。なんかもういいやー」
 と、箸を置いた。
 
向かい側に座っているアールはそれを見て少し困った。自分も食欲はないが、いつもは自分の分も食べてくれるカイが珍しく食欲がないとなると残すわけにはいかない。
 
「アールさんも、食欲がないのでしたら無理しなくていいですよ?」
「ううん、大丈夫。残すのもったいないし」
 そのとなりではこれもまた珍しく、ヴァイスが黙々と食事を進めていた。
 
最悪な夢を見て、朝から気分が悪かった。夢の中でもシオンを殺してしまった。幻覚を見たからだろうか。夢診断など信じないが、意味があるのなら知りたいと思った。リアルすぎる夢。首を刎ねたときの剣から伝わる感触が起きた後も手に残っていた。
 
「…………」
 箸が止まる。
「アールさん……」
 と、ルイが言いかけたとき、携帯電話が鳴った。
 
アールのケータイだった。箸を置いて確認すると、ワオンの名前が表示されている。
 
「もしもし?」
 と、電話に出た。
『俺だ。元気か?』
「はい。どうしたんですか?」
『昨日、何の日か知ってたか?』
「え? 昨日? ……わからないです」
『ミシェルの誕生日だ』
「そうなんですか?」
 と、アールの表情が少し明るくなった。
 
ルイは食事をしながらアールが誰と話しているのか気になってしょうがなかった。カイもベッドに横になりながら耳を澄ませている。
 
『やっぱ知らなかったか。お願いするようなことじゃねんだが、祝いの一言でも送ってやってくんねーか? メールでもいい』
「それはもちろん!」
『実はな、俺のせいで最悪の誕生日にしちまったんだ』
「なにをやらかしたんですか……」
 と、苦笑する。
『すっぽかした。すっかり忘れててな』
「最低……」
 
その一言に、相手の声が聞こえないルイたちはより電話相手が誰でなにを話しているのか気になった。ヴァイスは表情ひとつ変えないものの、気になってはいる。スーもまた、水が入っているグラスの中からアールを見上げている。
 
『謝ったんだがな……』
「謝ったって……」
『そうなんだ。で、今度の休みに改めて祝うことにした』
「今度は忘れないようにね」
『あたりまえだ! ……ところで最近どうだ?』
「どうって?」
『なんかあったか? なにもないならいいが』
「特に何も……」
『そうか……。まぁ、こっちも新生活は順調だから心配はいらねぇ。いや、誕生日忘れた時点で順調と言えるかどうかわからんが……』
「新生活?」
 と、小首を傾げる。
『おう、新しいとこでな。仕事も見つかって、その辺は順調だ』
「新しいとこって……もう引っ越したんですか?」
『ん? なんだ、聞いてなかったのか』
「…………」
 
アールは視線を落とした。しばらく連絡を取らない間に、ミシェルとの距離が出来てしまったように思えた。なにも聞かされていない。新生活でバタバタしていて知らせる余裕がなかったのかもしれないけれど。
 
『ミシェルのやつ、随分とアールちゃんに気を遣っているみてぇだな』
「え……?」
『いや、実はアールちゃんも呼んで誕生日パーティを開こうと提案したんだが、断られた。アールちゃんは暇じゃないんだからってな』
「そう……」
『けどいつも心配してる。こっちからは連絡しづらいようだから、たまにはそっちから連絡してやってくれ』
「うん、わかりました」
『んじゃ、まぁそういうことで。身体には気をつけるんだぞ? みんなにもよろしくな』
「はい」
 
アールは電話を切り、朝食を食べ始めた。
 
「ワオンさんからだった」
「そうでしたか」
 と、ルイ。
「ミシェル、昨日誕生日だったんだって」
「そうですか。おめでたいですね」
「…………」
「どうしました?」
 と、元気のないアールを気にかける。
「ううん。何も知らなくて。いつの間にか引っ越して新生活をはじめてたみたい。順調らしいからよかったけど……」
 
よかった、けど?
なんだか寂しい。それに、別世界で生きているような気がする。ミシェルが幸せになるほど、自分と比べてしまう。そんな自分に嫌悪感を抱いてしまう。
 
「あとで少し時間ある?」
 と、アール。
「えぇ、コンサートは10時からのようですし」
「誕生日メッセージ、カードに手書きで書いて送ろうと思うの。ルイも書いてくれる?」
「もちろんです」
「プレゼントはー…」
 と、表情が曇る。金銭面でプレゼントまで用意して送る余裕が今はない。「落ち着いたらでいいかな」
「いくらか出しましょうか」
 と、優しいルイ。シドがいないとそんな彼を注意する者もいない。
「ううん。気持ちが大事だし、余裕が出来たときにゆっくり探して買うことにする。カードはどうしよう」
「バースデーカードならあるけどー」
 と、カイがシキンチャク袋をあさり、取り出した。
「ほんと? 使っていいの?」
「うん。それ間違えて買っちゃったやつだし」
 と、アールに手渡した。
 
ケーキを食べようとしているウサギのイラストが描かれている可愛いバースデーカードだ。
 
「なにと間違えたの?」
「ポストカードのやつがほしかったんだけど、それなんか二つ折りだったから」
「そっか。じゃあご飯食べたらあとで書こう。カイも書いてくれるでしょ?」
「オーケーぃ」
「ヴァイスもね」
「…………」
 ヴァイスは咳き込みそうになったのをこらえた。
「ほんとはシドにも書いてもらいたかったけど……」
 
落ち込むアールに、スーがパチパチと自分を叩いた。──僕が書きますと言っている。
 

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©Kamikawa
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