voice of mind - by ルイランノキ


 アーテの館1…『ふたり』

 

 
ムスッと頬を膨らませてだんまりを決めているのはミシェルだった。そんな彼女の前で土下座をして何度も何度も謝っているのはワオンである。
 
「すまん! 悪気はなかったんだ! 本当だ!」
「悪気があったら大問題よ!」
「そ、そうだな!」
「悪気がないのも問題よ!」
「どっちにしろ問題だな!」
「わかってるならちゃんと謝って!!」
 
もう何度も真剣に謝っているんだけどな、と思っていることは口に出せるわけもなく。
 
「すまなかった! 許してくれ!」
「“許してくれ”っておかしくない?! 許してくれって頼むのっておかしくない?! 頼める立場なの?! 許してほしいんだったら態度で示してよ! 頼んで許してもらうのっておかしくない?!」
「おかしいです! ごもっともです! すみません!!」
 
さっきから土下座を続けて何度も何度も謝って態度で示してるつもりなんだけどな、と思っていることはやっぱり口に出せるわけもなく。
 
「……しばらく、実家に帰ります」
「え、実家?」
「モーメルさん家」
「…………」
 
箪笥を開けて荷造りをはじめたミシェル。ワオンは土下座をしたまま近寄って、再び頭を下げた。床に額をぶつける。
 
「ここにいてくれ……許してもえるまでなんでもする!」
「…………」
「お願いします!」
「…………」
 
ミシェルがなぜこんなにも腹を立てているのか。それはワオンが浮気をしたから……ではなく、昨日はミシェルの誕生日だったからである。仕事から帰ってお祝いしようと約束していたのに、ワオンはすっかり忘れて新しい職場の同僚と飲みに行き、朝帰り。
ミシェルが怒るのも無理はなかった。冷蔵庫には一口も食べられていないケーキと、開けられていないシャンパンが入っている。深夜3時過ぎまで待っていたが、連絡しても出ないため、鍵を閉めてふて寝。
その頃ワオンは飲みすぎて酔いつぶれていた。
帰宅したのは午前6時だった。「開けてくれー頭がいてぇーよー」と玄関の前で叫び、起こされ、酒臭いワオンを家に入れ、まだ忘れているワオンの目に飛び込んできたのはテーブルの上に用意されていたケーキや手料理だった。
 
ミシェルは黙ったままケーキや料理を冷蔵庫にしまい、ワオンから謝ってくるのを待った。そして、怒り爆発である。
 
「初めて……好きな人とちゃんとした誕生日過ごせるって楽しみにしてたのに……」
「ごめん……」
「張り切って料理もつくったのに……」
「ほんとごめん……」
「ずっと待ってたんだよ? 電話しても出ないし……事故にあったんじゃないかって思ったし……」
「ミシェル……」
「結局一人で過ごして終っちゃったじゃない……」
 と、涙があふれる。
「ほんとすまなかった……。改めて誕生日パーティしないか? アールちゃんとか呼んでよぉ!」
「それはだめ」
 と、涙を袖で拭いた。
「なんでだ。アールちゃんだってミシェルの誕生日だって知ったら駆けつけてくれるだろうよ」
「アールちゃんは暇じゃないんだから」
 と、立ち上がる。
「けどよ、一応知らせてるんだろ? つーか誕生日だってことは知ってるんだろ?」
「ううん。知らない。教えてないもの」
 と、棚の上にある箱に手を伸ばした。
「それくらいはいいんじゃねぇのか? 呼び出すのはあれかもしんねぇが……」
「自分から今日誕生日なの、なんて言えないわよ。プレゼントとかお祝いのメッセージ催促してるみたいで」
「俺は言うけどなぁ……」
 と、視線を落とすワオンの前に、ミシェルはしゃがみこんだ。
「──はいこれ。頭痛いんでしょ?」
 と、二日酔いに効く薬を渡した。
「めんぼくねぇ……」
「じゃ、私はこれから仕事に行ってくるから。そっちは夜勤でしょ? それまでゆっくり休んでなさい」
 
ミシェルはそう言って着替えを持ってお風呂場へ。
 
「あの……実家に帰るという話は……?」
 と、風呂場の曇りガラス越しに訊くワオン。
「やめた。そのかわり今度の休みに壮大に祝ってよね?」
「ああもちろんだ! 世界一幸せな女にしてやる!」
「誕生日すっぽかされた穴埋めなのに世界一幸せになんて無理でしょ。マイナスからのスタートなのに」
「……すまん。本当に」
 

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©Kamikawa
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