voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅7…『人間』

 
「お嬢ちゃんの選択は正解だったな。こんな頼りない仲間と一緒にいても危険な目に合うだけさ!」
 口元をニヤつかせ、勝ち誇ったようにそう言ったドルフィの言葉など、アールの耳には入っていなかった。
 
アールは呆然と仲間達を見据えていた。カイも、ルイも、シドも、地面に腰を下ろして俯いている。カイはまだしも、シドだけはこんな奴らに負けるはずがないと思っていた。力なく座り込んでいる彼らが信じられなかった。
 
 こんなあっさり負けてしまうなんて……。
 
「若造、お嬢ちゃんは俺達が貰ったから、さっさとここから出て行くんだな! ガッハッハッハッ!」
 
高笑いするジャックに、アールは肩を抱き寄せられた。抵抗する気力もない。
 
シドは顔をしかめて立ち上がる。黙ったまま刀を腰に仕舞い、座り込んでいたルイに歩み寄って手を貸した。そして2人はアールの前を横切ると、すっかり落ち着いて座り込んでいたカイに手を貸した。無言でテントを片付け始める。
 
「素直なところは褒めてやろう。しかし情けない野郎共だな。仲間を1人奪われたってのに、奪い返そうともしないとは。アールちゃん可哀相になぁ!」
 と、ジャックは同情の言葉をアールに投げ掛けた。
 
 私はこれからどうなるんだろう……。
 
不安に押し潰されそうになった。自分の目的は無事に元の世界へ帰ることだ。その為には使命を果たすしかない。説明不足の旅を続けるには、ルイ達と共に行動するしかない。だけど、彼等は今、彼女を失っても取り返そうともしない。
シドからお前を認めたわけじゃないと言われたことを思い出す。精神的に崩れ始めている今、もう、見切りをつけられてしまったのだろうか。
 
──本当にこれでおしまいなの? こんな呆気なく見捨てられてしまうの? 始めからこうなると決まっていたの? もう、帰れないの?
 
アールの不安をよそに、ルイ達はテントを片付けるとアールに背を向けて休息所を出ようとした。カイだけは、何度も振り返ってアールを見遣った。彼女を取り戻したい気持ちはあっても自分の力だけではどうにもなりそうになく、もどかしく思っていた。
 
「おいおい、本当に何も言わずに出てく気かよ。それじゃああまりにもお嬢ちゃんが可哀相すぎだぜっ」
 と、ドルフィがせせら笑う。
 
人生なんて自分次第でどうにでもなる。アールはそう自分に言い聞かせた。良くも悪くも、行動すれば今の状況から抜け出せるのは確かだ。行動に出して今より悪くなったら、そしたらまた新たな行動に出る。 良い結果が出るまで何度も。──何度も。
 
「離して」
「あ?」
「離してって言ってんの!!」
 アールは自分の肩に手を回していたジャックから離れようと試みたが、物凄い力で抱き寄せられた。
「おっと、逃げんじゃねーよ」
 袖を捲くっているジャックの腕が首を絞めた。
 力では勝てないと思い、今度はジャックの毛むくじゃらの腕に噛み付いた。 
「イッデ?!」
 ジャックが一瞬怯んだ隙を見て彼から逃げ出すと、距離を取って腰の剣を抜いた。剣先をジャックの首に向ける。
「お嬢ちゃん、俺と勝負して勝てると思ってんのか?」
 
アールは口の中に違和感を感じて不快な表情を浮かべた。ジャックの腕毛が口に入ったのだ。唾を吐き出してジャックに斬り掛かった。勿論本気で斬るつもりはない。ジャックもそれをわかっているからか怯む様子もなく軽々と交わして武器を持っているアールの右手首を掴んだ。ジャックの手はアールの手首をギリギリと締め付けてゆく。
 
「人に刃物を向けるときは本気で向けることだな」
 ジャックはアールの耳元でそう呟くと、彼女の髪を鷲掴みにしてそのまま力の限り投げ飛ばした。
「アールッ!!」
 休息所を出ようとしていたカイが叫ぶと、舌打ちをしたシドが風を切ってジャックの元へ駆け寄り、刀を振るった。──相手に避ける間も与えぬ速さだった。
「ぐはぁ?!」
 ジャックは胸を押さえながら地面に倒れこんだ。
「ジャック!! ──このッ?!」
 ドルフィが慌ててシドに襲い掛かろうとしたが、シドの刀はドルフィの武器を高々と跳ね飛ばした。そしてあっという間にドルフィも地面へと倒れ込んだ。
「殺しゃしねーよ」
 シドはそう言い捨て、ただただ慌てふためいていたコモモの首に刀を突き立てた。
「ヒィ?! こ、殺さないでくりゃ!」
「殺さねぇーって。だが、ただで済むと思うなッ!」
「取り敢えず大人しくしていてもらいますよ」
 と、ルイはジャック達を一つの結界に閉じ込めた。
「俺アール捜してくる!」
 カイは慌ててアールが飛ばされた森の奥へと駆けて行った。
「僕達も行きましょう!」
「コイツ等どうすんだ」
「今は後回しです!」
 と、ルイは言い放ち、カイの後を追った。
 
ズキン、ズキンと背中から走る痛み。アールは地面を見下ろしていた。
10メートル以上の高さはあるだろうか。体が宙に浮いている。どうやらジャックに飛ばされ、木の枝に背中の服が引っ掛かり、宙ぶらりん状況のようだ。思い切り背中から木にぶつかったせいでまた痣が増えたのではないかとため息をついた。
 
「アールぅ?! どこー?!」
 カイの声が遠くから聞こえた。
 
少しして、アールはカイの姿を確認出来たが、彼はアールに気付いていないようだった。居場所を知らせたいが、いつ落ちるか分からない状態で声を出す気にはなれない。気付いて! と念を送るも、カイは反対方向に歩いて行く。
 
 なんで向こうに行くかな……。
 
しかし見つけて貰ったとしてもどうやってここから助けてくれるのだろう。シドならこの高さからでも平気で飛び降りそうだが。
アールはいつ落下するか分からない恐怖を感じていた。
 
「アールさん! どこですか?!」
 
ルイの声がして思わず声を出しそうになり、冷汗が出た。声を出しただけで落ちるとは思えないが、背筋がゾッとする。ルイは少しずつアールの方へと近づいてくる。
 
 お願い気付いて……。
 
その時、左腕がズキンと激しく痛み、アールは反射的に左腕を庇おうと右腕を動かしてしまった。枝がミシミシと音を立てる。
 
「お……落ちるっ!!」
「アールさん!」
 
太い枝がバキッと音を立てて折れ、アールの体は落下した。
 
「剛柔結界!」
 
ルイが咄嗟にロッドを振りかざすと、アールの体は丸い柔かな結界に包まれ、ゆっくりと下降し、地面へと降り立った。その結界はまるでシャボン玉のようだった。
 
「大丈夫ですか? 立ち上がれますか?」
 ルイが駆け寄り、言った。
「うん、ありがとう。でも背中が痛くて……あと左腕も」
「とりあえずテントに戻って診てみましょう」
「あ、カイは? 奥に行っちゃったけど……」
「本当ですか? 心配ですがカイさんのことはシドさんに任せましょう」
 
ルイの手を借りながら休息所に戻ると、ジャック達を閉じ込めている結界の上にあぐらをかいてシドが座っていた。
 
「おっせーぞ」
「すみません。シドさん、カイさんを捜してきてもらえませんか? 僕はアールさんの治療にかかります」
 と、ルイはテントを広げながら言った。
「ったく。世話が焼けるな」
 シドはブツブツと文句を言いながら結界から飛び降り、アールに近づくと彼女の背中に目を遣った。
「なんで破れてんだ? お前が着てんのはルイのコートだろ?」
「えッ?!」
 ルイとアールは声を揃えて驚いた。
 
ルイもアールの背中に回って確認すると、確かに引っ掻いたような穴がある。
 
「どうして……」
「ごめん、私の扱いが悪かったのかな……。受け身下手だし……」
「いえ……」
 
乱暴に扱ってもそう簡単に破けるような防護服ではなかった。例えナイフで切り裂こうとしても破れないはずなのに。
ルイはジャック達に目を向けた。一見、彼等が魔力を持っているようには思えなかったが、隠している可能性はある。魔力次第では防護服の力を弱め、穴を開けることができるかもしれない。
しかし今はアールの怪我を確認するのが先決。ルイはアールと一先ずテントへと入った。
 
 

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