voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅6…『頼りない船』

 
「ルイ……ルイ……」
 と、アールの声が微かに聞こえる。「ルイ、起きて!」
「──?!」
 ルイはハッと目を覚ますと、心配そうに覗き込むアールの姿が目に映った。
「ルイ、大丈夫? 凄い汗だけど……」
「あ、はい……」
 
ルイは少しキリキリと痛む胸を押さえながら体を起こすと、冷汗をかいていた。そして周囲を見て、カイとシドがいないことに気付いた。
 
「あの…… お二人は?」
「おじさん達と意気投合してる」
「おじさん……」
「先客。お酒臭かった人達。悪い人じゃなさそうだよ」
「そうですか……」
 
ルイはまだ頭がボーッとしながらも枕元の時計に目を遣って驚いた。時刻は午前6時前。ルイにしては随分と遅い目覚めだった。
 
「す、すみません! 寝過ぎてしまったようで……」
「ううん。みんな気にしてないよ。それより顔色悪いけど、具合でも悪いの? それとも嫌な夢でも見た?」
 
嫌な夢……?
ルイはアールと目を合わせると、ドクンと心臓が波打った。夢の中で見た血まみれのアールを思い出し、動揺する。
 
「いえ、大丈夫です……」
「そう? 無理しないでね。朝食、出来てるよ」
「はい……え?」
 
朝食が出来ているとはどういうことだろう。いつもはルイが担当している。
ルイはアールがテントを出てから、慌ててタオルで汗をふき、外へ出た。外では、開けたスペースの中央に大きなテーブルが出され、朝食にしては量が多く胃がもたれそうな肉料理が並べられている。
 
「これは……?」
「おじさん……ジャックさんたちが一緒に食べようって。私も少し手伝ったの」
 と、アールは言った。
 
空は灰色の雲が覆い、雨は止んでいるが湿度は高く、また降り出してもおかしくはない天気だ。
 
「おー、やっと起きたか。ルイが寝坊なんて珍しいこともあるもんだな」
 男達と席に着き、腕相撲で力試しを楽しんでいたシドが笑いながら言った。
「すみません……」
「全員揃ったようだな、飯にすっか!」
 と、ジャックが言った。「アールちゃんは俺の隣に来い! 夕べは楽しかったな! 途中で寝ちまったようで覚えてねぇが! ガハハハハ!」
「僕たちも頂いて宜しいのでしょうか。貴重な食糧では?」
 ルイは開いている席に座りながら言った。
「かまわねぇよ! アールちゃんが手伝ってくれたし、夕べは世話になったようだしな!」
 
男達は、アールにわざと煽(おだ)てられて酒を飲まされたあげくに酔い潰れたことはすっかり忘れており、楽しかったという記憶しかないようだった。
 
「では遠慮なく、ご馳走になります」
 
男達の笑い声が朝っぱらから響き、彼等の豪快な食べっぷりが、より料理を美味しそうに見せた。しかしアールからしてみれば男臭く、ただむさ苦しいだけだった。
 
「アールちゃん、もっと食わねーか!」
 と、ジャックが肉を切り分け、アールの皿に移しながら言った。
「いえ、私はもう」
「何言ってる! シドに聞いたがアールちゃんも一応剣士だろう? 沢山食って体力つけねぇでどうする!」
「そうですけど朝からお肉はちょっと……」
「肉は食わねぇーと成長しねーぞ? そんなだからアールちゃんは背が──」
「あ"あぁああぁあぁあ! ……っと」
 ジャックが話している途中、突然シドが叫んだ。
 
ジャックが言いそびれたことは大体見当がつく。シドは話題を変えた。
 
「この肉ウメェな!!」
「そうか? ただのマゴイだぜ? 食べ慣れてるだろ」
 と、ジャックが答えると、
「ヒヒヒヒッ!」
 と、コモモが不気味な笑い方をした。
 
アールは、またマゴイと聞いてどんな獣なのか想像せざるおえなかった。
その時、カイが突然苦しそうに咳込み始めた。
 
「ゲホッ!? ぐっ……ゲホッ!!」
「カイさん? 大丈夫ですか?」
 席を立って心配そうに歩み寄ったルイに対して、
「がっつき過ぎなんだよ。ちゃんと噛んで食えよ……」
 と、シドは見向きもせずに呆れて言った。
「ゲホッ!! ゲホッ!! う"っ……」
 カイの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「え……ちょっと大丈夫?!」
 アールも立ち上がってルイの後ろからカイの様子を伺おうとした時、男の手がルイの襟首を掴んでグイッ! とカイから引き離した。
「え?!」
 突然のことにアールは驚いて一瞬何が起きたのか理解出来なかった。カイからルイを引き離したのは、ジャックだった。
「お前が魔導士かな?」
 ジャックはルイの襟首を掴んだまま、せせら笑う。
「離してください。これは何の真似ですか……」
 と、ルイはジャックを睨み付けた。
 その間も、カイは苦しそうに咳き込み、とうとう椅子から転げて地べたに横たわってしまった。
 シドも状況を察して席を立った。
「あのままじゃあ死んじゃうなぁ」
 そうジャックが言うと、コモモ達が不気味に笑う。
 
アールはカイの元に駆け寄り、背中をさすった。 
シドは急に変わった男達の態度に警戒して刀を抜くと、ジャックの仲間であるドルフィが腰にかけてある2本の刃物を取り出し、身構えた。その表情はこの状況を楽しんでいるように見える。
 
「あなた達は一体……」
 ルイが彼等の正体を訊き出そうとした瞬間、ルイの襟首を掴んでいたジャックはそのまま思いっきり後ろへルイを放り投げた。
 ルイは軽々と飛ばされ、10メートルほど先にある木に叩き付けられた。
「ルイッ!!」
 シドとアールが声を揃えて叫んだ。
 
2人の目には、ジャックがまるで人形を放り投げたかのように見え、目を疑った。
 
「俺はなぁ、こう見えて怪力の持ち主なんだよ」
 ジャックは愉快にルイを放り投げた右手をヒラヒラさせながら言った。
「テメェ?!」
 頭に血が上ったシドがジャックに斬り掛かろうとしたが、ドルフィがいとも簡単にシドの刀を止めてみせた。
「貴様の相手は俺様だ」
「なんだとッ?! 上等だッ!!」
 じめじめとした砂煙が舞い、シドとドルフィの一騎打ちが始まった──。
 
アールはカイの背中を摩り続けていたが、一向に良くなる気配がなかった。そして軽々と投げ飛ばされ、胸を押さえて苦しんでいるルイのことも気にかけていた。
 
 そうだ……なにか薬……
 
アールは腰にかけてあるシキンチャク袋から薬を取り出そうとした。だが、焦るあまり上手く取り出せない。
 
「なーにを探しているのかなぁ?」
「──?!」
 ジャックの手がアールの腕へと伸び、ガッシリと掴んで引っ張り上げながらアールを立ち上がらせた。
「痛い!」
「すまないねぇ、怪力なもんで! ガハハハハッ!!」
 アールはジャックの手を振り払おうとしたが、びくともしない。
「少年を助けてほしいか?」
「当たり前でしょ!」
「じゃ、助けてあげる変わりに俺達のお願いを聞いてもらっちゃおうかなぁ!」
「冗談でしょ! 何をしたのか知らないけどカイをあんな目に合わせたのアンタ達でしょ?!」
「威勢がいいねぇ。だが早く助けないと、死んじゃうよ?」
 
カイの顔はすっかり血が上り、充血した目を見開いていた。苦しそうに口を開けてうめき声を上げている。
 
「カイ……カイ!!」
「助けてあげるよ」
 と、ジャックはアールに顔を近づけ、悪意に満ちた笑みで言った。
「お願いって何?!」
「アンタだ。アールちゃんが俺達の仲間になるっていうなら、助けてあげてもいい」
 
詳しいことを訊いている暇などなかった。
 
「わかった! 仲間になるから早くカイを助けて!」
 アールの言葉に、ジャックはにやりと笑った。
「コモモ、くーすーり!」
 と命令した。
 
コモモは終始楽しそうに笑いながら手に持っていた液体の薬をカイの口へと流し込んだ。カイは顔をしかめたが、直ぐに呼吸も落ち着き、顔色も戻っていった。アールはホッと一息ついたが、背後から声を掛けて来たドルフィの言葉に唖然とした。
 
「君のところの剣士は役立たずだな」
「え……?」
 
アールの目に、息を切らして倒れ込んでいるシドの姿が映った。
 
 

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©Kamikawa
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