voice of mind - by ルイランノキ


 相互扶助5…『4つの鍵』

 
カイは足元に視線を落としながら、ルイについて歩いた。靴が磨り減ってきたなと思う。靴は何足か持っているが、これはもう捨てて新しいものを買い足そうか。でもそんなお金があるならお菓子かおもちゃを買いたい。可愛い靴があればいいんだけど。水玉のスニーカーとか、きのこ柄のブーツとか。シンプルなものとかっこいいデザインのものしか持っていない。冒険者用の靴は丈夫だけど地味なものが多いんだ。全然楽しくない。
 
カイが小さくため息をこぼすと、肩にいたスーが心配そうに見上げていた。
 
子供たちから聞かされたお婆さんが住んでいる家は、村の奥にある森の中にひっそりと建っていた。古びた小屋にしては大きいと思える家で、立て付けの悪いドアが横に開いた。
 
「何か用かしら」
 と、少しやつれたようにも見える若い女性が顔を出した。
「えっと、こちらに物知りなおばあさんが住んでいると聞いたのですが」
 ルイはそう言って、軽く頭を下げた。
「あなた方は?」
「そのおばあさんに、この地域にまつわる噂話について詳しくお聞きしたくお邪魔させていただきました。外から来たものです」
「…………」
 その女性はルイの斜め後ろに立っているアールに目をやったが、すぐに視線を逸らした。
「ちょっと待っててもらえる?」
「えぇ」
 
ドアが閉ざされ、ルイは振り返ってアールを見た。
 
「アールさんを気に掛けているようでしたね」
「え、そう? 確かに目は合ったけど……」
 
カイは森に目をやり、そこに立っている一本に木によじ登るクワガタを眺めている。
 
「おまたせしてごめんなさい」
 と、再び戸が開くと、女性はアールだけを見つめて言った。
「あなただけなら、中へ」
「え、私?」
 と、戸惑う。
「ごめんなさいね、祖母が警戒しているから」
「じゃああなたはお孫さん?」
 アールがそう尋ねると、こくりと頷いた。
「ルイたちはここで待ってて? 私行ってくる」
「ですが……」
 アールだけを中に入れるというのは心配だった。こちらにも警戒心はある。室内にお婆さんとこの女性しかいないとは限らない。
「あ、じゃあスーちゃん連れて入ってもいいですか?」
 アールはカイの肩に手を伸ばすと、スーはアールの手に飛び移った。
「かまいませんよ」
 と、女性。
 
ルイも少しは安心し、仕方なくカイと家の前で待機することにした。
室内に通されたアールは薄暗い電気がぶら下がっている部屋の奥で、ベッドの布団の上に座っているお婆さんと対面した。孫である女性が座布団を持ってきたため、そこに座って頭を下げた。
 
「突然すみません。私はアールっていいます。お聞きしたいことがありまして」
「そうかい。──お前は席を外しておくれ」
 と、老婆は孫に言い、女性はアールに会釈をしてから別の部屋へ移動した。
 
スーがアールの肩で瞬きをした。
 
「運命は変えられると思うかね」
 と、老婆は口を開いた。
「え……はい。そもそも運命ってよくわからなくて」
「ほう」
「未来は誰にもわからなくて白紙だと思っているから」
「ではおぬしがこの世界に来たのは運命ではなくなんだったと思うとるんじゃ?」
「……え」
「グロリアよ」
「──?!」
 
アールは咄嗟に立ち上がって首に掛けている武器に手をやった。警戒心を見せると、老婆は落ち着いた様子で笑った。
 
「敵ではない」
「でも……」
「その反応はいかがなものかと思うがね。グロリアであることを認めているのも同じ」
「あ……」
 アールは動揺を見せ、視線を落とした。
「モーメルとは古くからの友人でね」
「モーメルさん?」
 その聞きなれた名前に警戒心が解ける。腰を下ろし、老婆を見つめた。
「同じ学校に通っていたんだよ。そしてよく張り合ったもんさ。私も魔道具を作っていたけどね、もう10年前に引退したよ。病を患って、右手がうまく動かせなくなったもんでね」
「そうだったんですか……。モーメルさんとは今でも連絡を取り合ってるんですか?」
「よほどの用がないと連絡しないさ。まぁ、元気にやっていればいいとは思っているよ」
「はい、モーメルさんは元気で、現役です。ただ、毎日タバコを吸ってるから体が心配ですけど……」
「おやまぁ、まだあのタバコを吸ってるのかい。オレンジ色の」
「そうです。ご存知なんですね」
「そりゃあそうさ。あのタバコは……いや、あまり話すと怒られてしまうからやめておくよ」
「そうですか……残念」
 
途中でやめられると気になる。本人に訊いて答えてくれるような内容だろうか。
 
「あんたがここに来たのは、アリアンの塔についてだね」
 と、老婆の方から話を切り出してきた。
「あ、はい! ご存知ですか?」
「ある程度はね。先祖代々、言い伝えられている伝説さ」
 誰にでも気安く話しているわけではないと言わんばかりに、塔について話すときの口ぶりはどこか重い。
「その塔ってどこにあるんですか?」
 息を飲み、忘れないようにと集中した。
「具体的にはわからない。ただ、その塔を出現させるにはいくつかの条件をクリアしなければならない。たやすいことではないよ、時間もかかるだろうしね」
 
老婆はそう言って、自分の懐から一枚の古い紙布を取り出した。筒状に丸められており、縛っていた紐を解いて広げると、そこには地図が描かれていた。
 
「これは?」
 と、アールは数歩前に移動し、覗き込む。
「アリアン様がいた時代から残されている古い地図さ。ここに四角いスペースが4つあるだろう?」
 その地図の端に5cm四方の四角が4つ、並んで描かれている。
「ここに集めた鍵を並べて置くと、アリアンの塔が出現し、その場所が浮き上がってくるのさ」
「鍵? それを4つ集めればいいんですか?」
「あぁ」
 と、老婆はしわが刻まれた手で地図を丸めた。
「その4つの鍵はどこに?」
「私は全てを知っているわけではないさ。でも、順番に辿っていけば最後の鍵までたどり着けるはずだよ。第1の鍵があるとされる大体の場所はわかるが、本当に合っているかどうかはわからない。もう誰かの手に渡っているかもしれないし、誰かの手によって移動させられているかもしれない。それでもかまわないかい?」
「もちろんです」
 アールはシキンチャク袋から青いノートとペンを取り出した。
「第一の鍵は──」
 
アールは一字一句聞き逃すまいと老婆の言葉に耳を傾け、ノートにメモをとっていった。
そして老婆は一通り説明をし終えると、こう言った。
 
「鍵の場所を知っている者は私の知り合いのはずさ。まだ生きていればね。4つ集めたら、戻ってくるんだよ? この地図は私が先祖代々責任を持って大切に保管しておくからね」
「ありがとうございます」
 アールは筆記用具を袋にしまい、立ち上がった。
「あの、先に訊いておくのが礼儀でした。──お名前を訊いても?」
「私の名前はヴァニラ。なにも名前で呼ばなくていいさ」
「素敵な名前ですね」
 と、アールは微笑んだ。
 

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©Kamikawa
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