voice of mind - by ルイランノキ


 相互扶助6…『謎の女』

 
「アールさん遅いですね」
 と、ルイは腕時計を見遣った。
「そだね」
 カイは軽い返事をして、大あくびをした。
「カイさん、最近随分とお疲れのようですね」
「ん? うん、まぁ、みんなもそうでしょ?」
「そうですが……」
 
若い女性を見れば疲れなど吹っ飛ぶくらいの勢いで元気になるカイが、最近はあまりそういった姿を見ない。ルイもまた、アールと同じようにカイを気に掛けていた。
 
その頃、離れた場所で待機をしているシドたちも痺れを切らしていた。
 
「おっせーな……」
 と、シドは腕を組んで苛立ちを見せた。
「裏切ったわけではなかろう」
 と、ベン。
「裏切れるわけねーよ」
「そうか」
「あいつらにそんな度胸はねぇだろうしな。女を守ることに必死だ。自ら危険な判断はしないだろ」
「よく知っているんだな」
「…………」
 ベンの言葉に、シドは鋭い目つきを向けた。
「なんだ、別に煽っているわけじゃない。感心しているんだ」
「どうだか」
 
そんな二人のやり取りを、クラウンとジョーカーは黙って見ていた。ジャックはというと、何も出来ずに彼らと共に行動を続けるしかなかった。自分ひとりいなくなったところで彼らは困りもしないだろうと、そんなことを思いながらシドの様子を気にかけていた。少しでも組織の中に身を置く自分に対してわだかまりのようなものが見え隠れし、アール等に対して仲間意識が少なからずあるのならば、その手助けが出来やしないだろうか。今も、彼女たちはシドを仲間に戻すことをきっと考えている。属印さえなければ、そしてシドの気持ちさえはっきりしていれば、なにも迷うことはないのだが。
 
そこに、足音が近づいてきた。アールたちが戻ってきたのである。
 
「なにかわかったか」
 と、ベン。
「えぇ、アールさんのお陰で」
 そう言って、ルイはアールから既に聞いた話を彼らにも伝えた。
「4つの鍵?」
 と、眉間にシワが寄る。
 
組織の連中はこぞって面倒くさそうにため息をつき、腕を組んだ。
 
「えぇ、ですから二手に別れようとも思ったのですが、ヴァニラさんが言うには第二の鍵を手に入れるには第一の鍵が必要だそうです。順番に辿っていけば最後の鍵までたどり着けるだろうと」
「くっそめんどくせーな……」
 と、シド。
「とにかく、第一の鍵はリンドン村にあるそうです」
「村はもう勘弁だねーえ」
 と、クラウン。「なにもないと暇でしょうがない」
「ねぇ、ヴァイスは?」
 と、アール。
 
全員が辺りを見回したが、ここから見える範囲には見当たらない。
 
「どこへ行かれたのでしょう。連絡してみますね」
 と、携帯電話を取り出すルイ。
「まとまりがないな」
 ベンは呆れたように言った。
「ベンさんはリンドン村ってどこにあるか知ってますか?」
 ルイがヴァイスに連絡を取っている間に、アールがそう尋ねた。
「さあな、小さい村なんて沢山ありすぎていちいち記憶していない。余程特徴のある村なら覚えているが」
「地図とか持ってます?」
 
ベンは黙ってジャックを見遣った。ジャックは慌ててシキンチャク袋から地図を取り出して広げた。それを見たアールは、ジャックの立ち位置を理解した。彼は完全に戦力外で、持ち物係になっている。
 
「村の名前しか聞いていないのか」
 と、ベンはアールを見遣る。
「ヴァニラさんも詳しくは知らないみたいで。でも知り合いがいるからその人を訪ねてみろって。それと、無駄足になる可能性もなくはないって」
「下っ端の連中が使えないとこんな面倒な仕事も俺たちがしないといけないのか」
 と、苦笑した。
 
下っ端。第三部隊より下位にいた部隊のことだろう。
 
「これまでそのアリアンの塔について調べていた部隊とかあったんですか?」
「さぁな。同じ組織とはいえ、互いに情報交換をしていたわけではない。部隊によって任される仕事の内容が違うからな」
「グロリアをとっ捕まえろ、っていう命令は同じだけどねーえ」
 と、アールの隣にクラウンが移動した。不気味に笑いかけてくる。
 
電話を終えたルイがアールの手を引いてクラウンから距離を取らせた。
 
「ヴァイスさんが先に行ってくれと。すぐに合流するとのことです」
「いつもどこに行ってるの?」
 と、アールはカイの肩にいたスーに訊くも、スーはパチパチと拍手をするだけだった。
 
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ギルトが見た未来。それは絶望。
彼はそこに光が射す方法を、いくつも枝わかれした道を辿っては戻り、何通りも試して漸く見つけ出した、たった一本だけの道順。
 
その道筋を計画どおりに辿って絶望という闇に包まれた未来を照らすには、ひとりでは不可能で。
何十億人もの世界の人々を救うには、犠牲になる命も避けることは出来なくて。
 
その膨大な計画を知らされたモーメルさんたちは、どう思ったことだろう。
 
誰もが平和な未来を夢見ている。自分という人間がこの世界に誕生し、命を受け継いでゆく。ここは母なる大地。
 
それを、何者かもわからない、別の、見知らぬ世界から来た一人の女に託す覚悟。
きっと計り知れなかったことだろう。
 
どこからともなく悲鳴が聞こえてきて、世界の絶望が襲い掛かってくる恐怖に泣き叫ぶ声が、どんどん大きくなって……
そんな未来が来るかもしれない。
 
私は耐えられるだろうか。
私は、勇敢に立ち向かっていけるだろうか。
 
そのために私は私を、そして流れを、進むべき道を、
受け入れなければならない。
 
こんな私のために走り回り、汗も血も流した仲間を裏切りたくはない。

 
━━━━━━━━━━━
 
山の奥地で、丸々と太ったドルバードが横たわっていた。傷ひとつなく、息もしている。ドルバードは深い眠りの中に誘われていた。
そこに歩み寄ってきたのはフード付きの真っ黒いロングコートを身にまとった女だった。
 
「どんな悪い子も、私の手にかかればあっという間におねんねしちゃうのよね」
 そしてドルバードの首にかかっていたペンダントを奪い取った。随分と錆付いている。
「“スイミン”を操るわけではなかったんだな」
 と、男がひとり、近づいてきた。腕には属印が捺されている。
「そんなつまらない魔法なんて取得しないわよ」
 女は振り返り、男にペンダントを渡した。
 
以前モーメルとミシェルを助けたショートヘアの女、ローザだ。
 
「何をしたんだ? あまり見かけない魔法だが」
「秘密よ。弱点を探られちゃ困るもの」
「仲間だろ。それに俺はベタな四大元素の魔法しか取得していないんだ」
「だから教えろって? 嫌よ」
「興味があるだけだよ」
 と、二人は山を下りてゆく。
「私は同じ組織の仲間であろうと信じないの。信じているのはシュバルツ様と、シュバルツ様に一番近いノワル様とブラン様だけ」
「徹底してんだな。そんなんじゃ男もいないだろう」
「そうでもないわよ。信じてる男はいないけど、遊びには苦労してないわ」
「へぇ……じゃあ俺とも遊んでもらえるわけ?」
 と、男は口元を緩ませた。
「いくら遊びでもねぇ、相手は選ぶから」
 と、女は突き放すと、男は笑った。
「そりゃ残念だ!」
「それよりそのペンダント、そんなに価値があるわけ?」
「そりゃそうさ。名だたる魔術師がまだ小さかったドルバードを捕まえてそいつの寿命をいじくってまでこれを託したんだぞ。あのドルバードは200年以上は生きてる。そのわりにまだ現役って感じですばしっこいからなかなか捕まらない」
「よくそのペンダントで首が絞まらなかったわね。成長と共に大きくなったの?」
「そりゃそうだろう、余程のバカじゃない限り普通のペンダントを預けたりしない」
 
男は立ち止まり、ペンダントトップを食い入るように見遣った。そして、爪を差し込んでロケットペンダントのように開いた。
 
「なにそれ、ロケットだったの?」
「お目当てはこれさ」
 と、小さなガラスの破片を手のひらに乗せた。
「なによそれ」
「特殊なアーム玉の欠片だよ」
「集めるとひとつのアーム玉が出来上がるってわけ?」
「話が早いな」
「他に思いつかなかっただけよ。割れてても大丈夫なの?」
「わざと割ってバラバラにしだんだ。強力なアーム玉だからな」
「どんな?」
「…………」
 男は無言で女を見遣り、欠片をペンダントにしまった。
「なによ」
「お前は仲間だろうが信じないんだろう? んじゃ、俺も信じない」
「ちょっとなによそれ。ドルバードに手こずってんの見兼ねて助けてあげたのに」
「助けてくれなんて言ったか?」
「攻撃ひとつ食らわせられなかったくせに。ありがたいと思いなさいよ」
「まぁ……それはな」
「ブラン様とノワル様が知ったらどう思うかしらね。そんな使えない人間が組織にいるのか!ってビックリするでしょうね」
「それは脅しか? 今は新しい魔力を取得したばかりで鈍っているだけだ」
「そ? じゃあそう伝えておくわね」
 と、スタスタと歩く。
「まてまて。わかった。教えてやるから上に報告はしないでくれ。ローザ」
「ローザさんって呼んでもらえる?」
「なんでそんな偉そうなんだ……」
 

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