voice of mind - by ルイランノキ |
刀の刃先を村の住人に向けたのはシドだった。
「よせ。怖がってるだろ……」
と、ジャックが止めに入る。
「知ってるだろうに知らねぇとか嘘つくからだろうが」
「ほ、本当に知らない! 知っていたら話している!」
シドに脅されている男は両手をあげて言った。
「なら答える奴が出てくるまで殺してくしかねーな。お前は一人目だ」
「た、頼むっ! 本当に知らないんだ! 信じてくれよ!! 俺には家族がいるんだ! 殺されるかもしれないのに嘘なんかつかないッ!」
「…………」
「シド。もういい。他をあたるぞ」
ベンはシドの肩に手を置いた。
「ぜってー嘘だ」
「命がけで守るようなことか? 本当に知らないんだろう、少なくともこいつは」
「チッ」
シドは舌打ちをして刀を下ろした。
男は怯えたように頭を下げ、そそくさとその場を後にした。
「アリアンの塔にはなにか重大な秘密が隠されている。そう思わせるな」
ベンはそう言って周囲を見遣る。
「この村の連中とどう関わってんだよ」
「さぁな」
「……秘密ってなんだ?」
と、ジャック。
「わからないから調べてるんだろうが」
ため息交じりにベンは答え、続けた。
「──まぁ、俺が思うのは歴史の真実だな。アリアンがなにを企んでいたのか、きっとわかる。それにシュバルツ様をすぐにでも目覚めさせる方法もわかるかもしれん。だから奴等より先に見つける必要がある。シュバルツ様を再び眠らせる方法までも見つかったら未来はない」
「なるほど……」
その様子を遠目から見ていたルイたちは、険しい表情で死角に移動した。
「協力し合いましょうと約束した以上、伝えないわけにはいきませんね」
「カイの言うおばあさんから話を聞いた後でもいいんじゃない? シドは心配だけど、村人を脅したりはするけど本当に殺したりはしないよ」
その言葉に、ルイは嫌な光景を思い出した。第三部隊と戦ったあと、シドがアジトに戻って来たときのことだ。まだ息が残っていた仲間の首を、平然と刎ねた。
「ルイ?」
と、アールは浮かない表情のルイを覗き込む。
「あ、いえ。そうですね。でも、彼らに少しでも疑われると面倒です。なぜすぐに知らせなかったのかと問題視されてしまうと……」
「わかった。じゃあ一応知らせよう」
一行はシドらと合流し、子供から得た情報を伝えた。はじめは子供の言うことなど信用できないと言っていたベンだったが、他に手がかりはないことから一先ずその老婆を探すことに手を貸すと決めた。
「おばあさんの名前は?」
と、アールはカイに訊く。
「ちょこちょこばあちゃん」
「なにそれ……」
「歩くときの歩幅が小さくてちょこちょこ歩くからちょこちょこばあちゃんって呼んでるらしいんだ。だから名前はわかんないんだって」
「使えねーな」
と、シドが呟くように言った。
その呟きに、前は当たり前のやり取りが、今はもう懐かしい。
「物知りでちょこちょこ歩くおばあちゃんってだけでもわかる人はわかるかな」
「問題は住人が教えてくださるかどうかですね」
と、ルイ。
「脅せばいい」
と、シド。
「脅すの禁止」
シドの言葉に、アールがそう返した。だけど少しぎこちない。
比較的話しかけやすそうな30代半ばの女性に、ルイは声をかけた。女性は一行を見て警戒したのか、顔は笑顔で対応しているものの一歩後ろに下がった。それもそのはず、ぞろぞろと仮面や白塗りがいる余所者がルイの後ろにいるのだから、彼女に与えるその威圧感は半端ではなかった。
「物知りなお婆さんがいると聞きました。子供たちからは“ちょこちょこおばあちゃん”と呼ばれているそうです。ご存知ありませんか?」
「わからないわ、ごめんなさい……」
本当なのか嘘なのか、彼女はそう言ってその場を立ち去った。
「もっとねばらないとぉー」
と、カイ。
「あれだけ警戒されると無理に聞き出すのは酷かと……」
そのルイの言葉に、アールは三部隊を見遣った。
「あの……ベンさん?」
「なんだ」
「申し訳ないんだけど、村人が警戒するから……」
言葉を濁しながら、クラウンとジョーカーに目を遣った。
ジムも二人を見遣り、察した。
「我々はここで待機していよう」
「ありがとうございます。おばあさんのことがわかったら知らせますので」
アールはルイと目配せをして、場所を移動することにした。
「私も待機していたほうがいいだろう……」
と、ヴァイスは足を止めた。
「まぁヴァイスんはミステリアスだもんねぇ。見る人によっちゃ、怖いかもー」
カイはそう言って、彼の肩にいるスーに手を伸ばした。すると、珍しくスーはカイの手に移動した。
「じゃあヴァイスもまた後でね」
「あぁ」
ルイ、カイ、アール、スーは子供たちから聞かされたお婆さんの捜索を開始した。あまり待たせると苛立たせてしまうかもしれない。早めに突き止めたいが、そのお婆さんを知っていても教えてくれる住人を探すのが困難だ。
また子供に訊くのがいいだろうかと、村の奥へ歩み進めていると、くもりなく透き通ったガラスのように美しい弦楽器の音が聴こえてきた。その音を辿ってみると、小さな空き地にたどり着いた。空き地の中央に、20代前半くらいの女性が腰を下ろしてバイオリンを弾いている。そしてその女性を囲むように5人の子供たちが腰を下ろし、体を揺らしながらその音色を聴き入っていた。
「綺麗な人……」
と、アールが呟いた。
一行は時を忘れてその音色に耳を傾けていた。
女性は一通りバイオリンを弾き終えると「今日はもうおしまいね」と言って立ち上がった。聴き足りなかったのか子供たちは少し残念そうにしている。その中のひとりの少女が一同に気付いて、「あの人だれ?」と人差し指を向けてきた。バイオリンを弾いていた女性がこちらを見遣り、小さく会釈をした。
「素敵な曲ですね」
と、人畜無害なルイが話しかける。「音色も美しく、聴き入ってしまいました」
「まぁ! ありがとう。嬉しいわ。旅人さん?」
「えぇ。ちょっとお尋ねしたいのですが」
「なにかしら」
「この村で、一番物知りなおばあさんを探しています。子供たちからは“ちょこちょこおばあさん”と呼ばれているようですが」
「あ……」
と、少し戸惑いを見せたが、代わりに子供たちが反応を見せた。
「知ってるー! ここからあっちに歩いたら看板があってね、その横の細い道を通った先にある家だよ!」
「こら」
と、女性は小さな声で叱った。
「ありがとうございます、助かりました」
ルイは丁寧にそう言って、頭を下げた。
あれ? と思ったのはアールだった。盗み見るようにカイの横顔を見遣る。そっぽを向いて、あまり関心がないようだ。
「カイ?」
「ん? なに?」
と、振り返る。
「さっきの女の人綺麗だったよね」
「え? あぁ、うん、とっても」
「…………」
──なんじゃこの反応。いつものカイならもっと騒いでいそうなのに。
「早速行ってみましょうか」
ルイが歩き出すと、アールたちも後に続いた。
カイの様子がおかしいのは、きっとシドのせいだろう。あれほどの女の子好きなカイも、今はそんなことにうつつをぬかしている場合ではないと思っているのかもしれない。
アールはルイの後ろを歩きながら、漠然と思う。──つまらないな、と。
シドがいなくて、カイがおとなしいなんて。こんなの、つまらない。
とても、寂しいよ。
Thank you... |